目指すは彼の劇場
眠りについたアマリアが目を覚ました先。そこはすっかりおなじみの劇場街だった。ここは変わらずも賑やかなことに、アマリアは安心する。
だが、ほっともしていられない。今、注目を浴びている劇場があるはずだ。アマリアは情報を集めることにする。
「せーんぱい」
少年の声だ。だが、エディではない。
「……レオン様」
「えへへ、エディ君真似てみた。出待ち出待ち」
今のレオンの態度にしおらしさなどどこにもない。へらへらと笑ったままだ。
「失礼するわ」
気まずいのもあるが、今、アマリアはとても急いでいる。いつもの悪ふざけというのなら尚更だった。
「えー、つれなくない?俺、せっかく待ってたのに。わざわざアンタのこと」
「あなたは……」
たとえ待っていてくれていたとしても、アマリアは相手をする気にはなれなかった。しかも今のレオンは、あの時のレオンを彷彿させる。だから尚更の事、はっきりと断ることにした。
「たとえ待っていてくれたとしても。私、忙しいの」
「えー。エディ君ならいいの?」
「エディなら……。いえ、エディ……?」
事情を知っているエディなら、と口にするところだった。アマリアはエディでも断ると続けようとしたが、思い当たることがあった。笑顔を崩さないレオンのことだ。
「……よく、知ってたわね。エディが入口で待っていてくれること。それをあなた、現実でも指摘していたでしょう。それだけじゃないわ。劇場街で芸を披露してくれたウサギがいた。あれは―レオン様だったのね」
アマリアはこう告げる。他の着ぐるみ達を巻き込んでやったのは、レオンだろうと。
「うん、俺。なんか先輩浮かない顔していたから」
「ええ、そうね。その節はお世話になったわ」
「反応薄」
「どうとでも。あなたはそうなのね。……あなたは、劇場街の記憶があるのね。わざわざちらつかせてくれたけれど」
そうでなければ色々と説明がつかない。アマリアは確信していた。
「んー、そんなとこ」
「あなたも反応薄いじゃない」
「お互い様ってやつ?」
「ふう……」
レオンがどうして記憶を共有出来ているのか。気になるといえば当然のことではあった。それでも今は優先したいことがあった。
「あっちだってさ」
「人、集まっているって」
「怖いものみたさだけど……」
話し声がすると思ったら、渦中の人物の劇場へと向かう生徒達だった。それを眺めていたレオンは、アマリアにある提案をする。
「そうだ!アンタも見に来る?俺の劇場。わりと近いんだ」
「あなたの劇場ですって!?」
さらりと言ってくれるが、とんでもない発言だった。人気者であるレオンが注目を浴びるのは当然とはいえ、劇場と絡ませてくろとなるとアマリアの心中は穏やかではなかった。
「そうそう。つっても、俺が芸披露しているくらいだから、普通だけどね。普通も普通」
「あなたの腕前は素晴らしいとは思うけれど。……私、行くわ」
レオンの口ぶりからは深刻さがうかがえない。そのまま背中を見せ、彼の元を去ろうとする。
「うーん。……やっぱり、アンタはやめた方がいいかもね。アンタの『天敵』もなんかいるし」
「天敵?」
真っ先に思い浮かんだのは某少年だ。だが、その存在をレオンは知る由はないだろうとアマリアは思った。劇場街を闊歩しているウサギたちを指しているのだろうと、アマリアは結論づけた。レオンは随分と彼らを手なづけているようでもある。
「ご忠告いただいわけだし、今度こそ行くわね」
「……あはは、それでいいんじゃない。はは、あはは!」
「……」
レオンの不気味な笑いは続く。それに背を向けながらも、アマリアは駆けだしていく。
ほとんどの生徒が劇場入りしてしまったので、アマリアはろくに情報を得られずにいた。となると、頼りになるのはウサギの着ぐるみ達だ。
「さて、あてになるのかしら」
以前のように定型文で返されたらと思うと、アマリアは辟易していた。だが、中には会話が出来たウサギもいた。また彼女に出逢えるのを願うしかない。
「あら!」
ちょうど一体確認できたので、アマリアは全力で駆け寄っていく。
「げ!」
比較的説明してくれるウサギではないようだ。あのウサギならもっとふてぶてしいはずである。だが、意思の疎通はできる。アマリアの狙いはこのウサギに定めたようだ。
アマリアに気付いたウサギは逃走をはかる。こうして敬遠されている理由はアマリアは百も承知だった。十分過ぎる理由であることもだ。ひとまずそれは捨て置く。
「お待ちになって!」
劇場街だと、いつもより体は軽い。アマリアは見事な跳躍でうさぎに飛び掛かった。
「助けてぇ―!王様ー!!」
「お、およしなさい。あの者を呼ぶなどあってはならないこと!私はただ、知りたいことがあるだけです」
「ひいい、助けてぇぇ!」
「ひ、人聞きの悪いこと」
と、アマリアは言うが。そういう彼女はウサギにのしかかっている状態になっている。どこからどう見ても悪人だ。
「私は教えていただきたいだけですから」
「それなら下りてよ!」
「それはなりません。逃げられては困りますから」
ひっ、とウサギが小さく悲鳴をあげる。そろそろアマリアの良心が痛くなってきた。
「どうか教えてくださいませんか?その方の名前は。―ダミアン・アプト。彼の劇場へと向かいたいのです」
ダミアンは生徒会役員であり、銀縁眼鏡の少年の名だ。きっと彼の劇場も人が集まっているだろうと、アマリアは考えた。
「……」
「あの……?」
ウサギはぴたりと制止した。やはり圧し掛かったのはまずかったか、とアマリアは思い始める。
「……お気に入り登録、完了しました。該当の劇場までご案内します」
「!?」
ウサギが発光するも一瞬、アマリアと共に姿を消した。