エディの優しさに甘えたくても
アマリアとエディは活気が失われた廊下を歩く。夕日が差し込むこの廊下も、いつもならもっと賑わいをみせていた。それがこうも静かになってしまうとは、アマリアは考えてもみなかった。
―見たか、生徒会。毎日毎日、よくやるわ。
―あんなのいいからさ、クソ規則どうにかしてくれって。
―会長が悪なのは当然として。あの『眼鏡』なんなん?
いつもの噂話だが、アマリアの足がふと止まる。銀縁眼鏡の生徒会役員のことだろうか。
「彼は確か―」
アマリアに助け船を出してくれたり、今回も生徒の声に耳を貸そうとしている。善良な生徒のはずだ。そのはずなのに、噂話からは好意的な感情はみてとれない。
「あいつ、何もしてなくないか?それどころか」
「!」
男子生徒の言葉にアマリアはひっかかりを覚える。生徒達の不満を聞いてくれているのは事実のようだ。それでも。
それで、何かが変わったのだろうか。変わらないだけならまだしも、より雰囲気は悪くなっていく一方ではないのか。
「……まずいわね」
「え、なに。ぼうっとしてた」
エディ、と声をかけようとする。その当のエディは上の空だったのか反応が遅れたようだ。聞き返されるがアマリアは何でもないと返す。
「……先輩、あのさ」
確かにアマリアの会話には出遅れたが、エディにはわかっていた。今の彼女の考えそうなことは見当がついていた。
寮に帰ってきても、重い空気のままだった。
夕飯時に寮生達が食堂に集う。彼らの話題も生徒会のことが中心だった。中でもあげられていたのは、とある生徒である。アマリアにとって憩いの場である新月寮でさえも、重苦しい空気のままだった。
本日は色々なことがあり過ぎた。アマリアは食欲がわかないながらも夕食をすませ、一人食堂をあとにした。
「……」
―生徒達の不満は溜まる一方だ。そして、それはいまや一人の生徒会役員に向けられている。
「よくない、よくないわ……。このままでは」
「先輩」
「エディ……」
自室の前で待っていたのはエディだった。そういえば、とアマリアは思い出す。エディも早々とご飯を済ませていた。そして、彼の存在を気に留めないほど。
「色々あったこと承知で言わせてもらう。……思い詰めないで」
「!」
アマリアに色々とのしかかってる不安事。エディはきっと色々と勘付いてはいる。
「先輩を一人にしたくない。今は特にそう」
薄暗い廊下に、ろくな照明もない。彼は今、どのような表情をしているのだろうか。アマリアに推し量ることは出来なかった。
「談話室、確か使えたはず。気晴らしにでもなれば」
「そう……」
心配してくれているのだろう。エディの隣はアマリアにとって心地の良いものだ。そうして彼と穏やかに過ごせたならどれほどいいだろうか。それでもアマリアは首を振った。
「……心配かけたわね。私は大丈夫だから」
「先輩」
「ふふ。エディこそ帰る途中に寝ないようにね?私、送ろうかしら。って、それはそれでどうかと思うわね。―おやすみなさい、エディ」
アマリアは笑顔のまま、自身の部屋へと入っていった。そのまま扉にもたれかかる。少しの間があったものの、エディが去っていく足音はした。彼はいなくなった。アマリアはそのままへたりこんだ。
「……しっかりしなさい、私」
あのままエディに委ねていたらどうなっていたか。アマリアとしては、彼といると居心地がいい。だからこそ、甘えて縋って、そして何もかも打ち明けてしまったかもしれない。今でも彼にはかなり心を開いている。そのことはアマリアは素直に認める。
「……しっかりしなくては」
それでも、とアマリアは自身を奮い立たせる。今、自分が出来る事を問う。
「―行きましょう」
悪趣味に騒々しく。あの夜の街へと繰り出すことにした。今宵は殊更騒がしくなることだろうとアマリアは思った。向かうのは、劇場街だ。
アマリアのやらかしが続くかもしれません。
彼女の選択肢は合ってたのでしょうか。