レオンと密室、二人きり
いつもの先輩呼びではなく、アンタと冷たく言い捨てる。エディのような呼び方とは違う。どこまでも冷たい響きだった。それと共にアマリアとの距離を詰める。レオンの表情は無表情なまま、だが。
「一体何を……?」
彼はこう言ってきた。
「……アンタってさ、可愛いよね。人のモノだけどさ、別に関係ないってかんじ」
「何を言っているの……?」
「関係ないっていってんの。アンタがエディ君のものだとしても、どうだっていいよ。つか、いつものことだし。他人の女寝取るの」
「な、なにを……!」
今のは聞き間違えだろうか。エディどうこうの下りもそうだが、今、レオンは何といったのか。
「なに、アンタ意味わかってんだ。そうだよ、見ての通り。俺、たくさん女とヤったから」
「……」
「意味わかってるとは思うけど。何人も女抱いた」
「レオン様、あなた……」
性的な意味が込められていた。急な事態にアマリアは追いつけない。それでもアマリアは抵抗しようとする。たとえ力が及ばずとも。
「はは、可愛い。……強がっちゃってさぁ」
「あなたはという人は……」
怖くて仕方ない。力の差もある相手だ。そして、異性でもある。それでもアマリアは渇いた笑いをするレオンを探る。
「か、可愛いなんて言えたのね」
「は、急に何?」
声が震えのは仕方ない。それでもアマリアは続ける。
「確かにあなたはいつも人に囲まれている。交友関係も華やかで、いつだって人に好かれている。浮いた話だっていくつもあるでしょうね」
「だから何」
レオンの声がさらに低くなる。萎縮はするもアマリアは話を止める気などなかった。
「私はこちらに来て浅いもの。あなたの恋愛事情はわからない。でもね。……私は、あなたは朴訥とした方だと思っていた」
「はっ、しょうもな。人を見る目なさすぎ」
「どう言われても撤回しないわ。私はあなたのことはよくも知らない。けれど、思ったの。……家族の話をしてくれたあの時のあなたが、本当のあなただって」
「……」
「撤回なんてしないわよ」
レオンは黙る。だが、すぐに彼がしたのはアマリアを嘲笑うことだった。
「……馬鹿なの、アンタって。空気読めないにも限度あるでしょ」
「ええ、よく言われるわ」
不思議とアマリアは落ち着いてきた。ようやくレオンが見えてきた気がしたからだ。
「……なんなの、マジで。つか、本当に何!」
馬鹿にするように笑っていたレオンも、次第に顔を歪めていく。ようやくアマリアと離れた。誘惑するような甘い雰囲気は消え失せ、ただ凍てつくような空気のみが残る。
「……馬鹿馬鹿しい。……はあ」
沈黙が長く続いていたが、レオンはわざとらしくため息をつく。
「……めんどくさくなってきた。このへんにしておこ」
レオンはそっぽ向きながらも話を続ける。
「アンタってさ。クラスの優男君の人の良さにつけこんだり」
「それは……」
クラスメイトの、アマリアのパートナー役を引き受けてくれる男子生徒のことを指しているのだろう。つけこんだつもりはないが、彼の善意に甘えている自覚はある。彼女には耳が痛い話だった。
「あのヨルク先輩にも無謀にも挑んでいるって」
「それも……」
クラスメイトのこともそうだが、誤解だった。ヨルクとは小鳥の件以来、たまに雑談をするようにはなった。だが、その内容は小鳥や温室の植物のことがほとんどだ。「エディ君を下僕扱いしていることも―」
「それはさすがにどうかと思っているわ」
アマリアは知っている。エディといる時にどう見られているのかを。傍から見ると、あくどい令嬢と逆らえない異国の留学生と見られているのだと。彼女は自覚していた。だからといって、エディを下僕呼ばわりするのはあんまりだと思っていた。
「はは、下僕とかないない。……実際、そんなことないのにね」
「レオン様……?」
「……オレも、わかってるよ。アマリア先輩のことあれこれ言う人いるけど、本当は違うって。実際接してみてさ。ああ、違うんだって」
「……」
「ごめん」
アマリアが彼にかける言葉に迷っている間に、レオンの方から謝られた。レオンは頭を下げながら、もう一度言う。
「……本当にごめん。これはすることじゃなかった。―何やってんだよ、本当に」
「それはそうね……」
アマリアは責めようとは思った。散々怖い思いをした。あの時はレオンは本気かどうかもわからず、もしかしたら最悪な展開となっていたかもしれない。
「……今、あなたの顔を見る気分ではないの。先に戻らせてもらうわ」
アマリアはわからなかった。レオンのこともそうだが、自分自身のこともだ。
「……。うん、エディ君待ってるだろうし」
「エディ……」
アマリアは彼の名を発する。本当はエディに対してもどう接していいかわからなくなっていた。けれども何も告げずに帰るわけにもいかなかった。レオンはその場から動こうとしない。アマリアは彼を置いて帰ることにした。
「……」
部屋の扉を閉める。そのまま立ち去ろうとする。
「……本当にそれでいいの?」
彼をこのまま一人にしていいのだろうか。一度は離したドアノブに触れようとするが。
「―そこで何をしておいでですか」
「!?」
背後から声を掛けられたアマリアは、ぱっと手を離した。おかっぱ頭の少女だ。幸い、隣室を開けようとしたのは見られていないようだ。
アマリアよりも短く、そしてきっちりと切り揃えられている。いつもなら親近感を密かに覚えていた少女ではあるか、今は厄介な相手であった。彼女もまた、生徒会の一員だ。
「……それは」
「アマリア先輩?不審な動きをされますと、会長に報告しますよ?」
「……ええ、どうぞ」
「どういったおつもりで?」
アマリアが抵抗しないことを役員の少女は不思議に思った。だから問う。
「不審に思っているのは、こちらの方だわ。あなた達のやり方についてね。それで、少しでも話しをつけてやろうと思っていたところなの。……まあ、残念ね。会長達は不在だったのよ」
「巡回の時間ですので、大体この時間は不在です」
「みたいね。教えてくれてありがとう、また来るわ」
「……会長には、お伝えしておきます。アマリア先輩が来訪されたと」
「えっ!……いいえ、それもまた助かるわ。お願いしますわね」
この令嬢ならば会長に詰め寄りかねないと思われているのか。少女はそれ以上追及することはなかった。隣室のレオンの存在にも気がついてないのだろう。このままやり過ごせそうだった。
「……不審、ですか。確かに今の我々のやり方では―」
「……?」
「……今の、聞き流してください。それでは失礼致します」
一礼した少女はそのままアマリアの前から去っていった。そんな彼女をアマリアは見送ると同時に、生徒会の面々の事を考える。彼らが学園をより良くしようとしているのはわかる。そして、度が過ぎている現状に疑問を抱きつつもあるのだ。誰しもがそうである。そのはずである。アマリアはそう思い込んでいた。
アマリアも今度こそ元に戻ることにする。隣室に入っていくところを目撃されたら、それこそ言い訳がたたない。レオンこそ非常にまずいだろう。アマリアは戻ることにした。
エディが待っているはずの教室に立つ。エディはエディで顔を合わせにくかった。もちろんエディが何も悪くないことは、アマリアだってわかってはいる。それでも、どういう顔をしたらいいのかわからなかった。
「……失礼しまっ」
気持ちを無理にでも落ち着けたあと、アマリアは教室の扉を開く。と、同時だった。
「先輩っ!?」
「!」
その声からしてエディなのだろう。急いだ様子の彼と衝突する寸前だった。ぶつかりはしなかったものの、エディの腕に触れる形となった。
「ご、ごめんなさい」
「いや、こっちが」
「……」
「先輩、どうしたの」
いつもならすぐ手を離すのに、そのままだった。
「やだ、びっくりさせたわね。ちゃんと離すから」
咄嗟に掴んでしまったのかもしれない。無意識にエディに触れたくなってしまったのかもしれない。アマリアは自分を恥じた。エディに指摘されたあと、すぐさま手を離した。
「いや、別にいいけど。……先輩さ」
アマリアの様子がおかしい。だからエディは問う。
「何かあった?……あいつと」
「……どなたかもわからないし、特に何もないわ」
「……そう」
エディが誰を思い当たっているか、アマリアには見当がつかなかった。仮にレオンだとしたら。それは未遂とはいえ、エディが危惧している通りではある。
「先輩が無事ならいいし、話したくなったらでいい」
「……ええ」
だが、エディはその話を続けることはなかった。代わりに差し出してきたのは自身の腕だ。
「腕くらい別にいいから」
「……ありがとう」
アマリアは遠慮がちにエディの腕に触れる。彼の温もりに触れる。ようやく落ち着けた気がした、とアマリアは一息つく。
「……」
エディが何か言いたげなのはわかる。だが、彼は深くは聞かないでいてくれいる。無理に聞き出すのをよしとはしていなかった。とはいえ。
―『あいつ』か。
口の動きだけだったので、アマリアの耳に届くことはない。そして彼女は知る由もなかった。エディのその時の表情を―。