生徒会の裏側
不審者の情報は途切れたまま。そして、生徒会による締め付けも続く。学園内の雰囲気は悪くなる一方だった。生徒達の顔色もどこか悪い。
「……」
アマリアは教室の椅子に座り、一人考えていた。あの堅物会長との架け橋になると豪語した少年のことだ。彼が生徒達の話を受け付けているとは聞くが、それなのに一向に変化がないのだ。ただただ鬱屈とした日々が過ぎていく。ちなみに劇場街にも大きな変化はみられなかった。行き詰っているといえた。
ベルが鳴る。いつもより早められたベルだ。一日の授業を終えた彼らの帰寮を促す役割である。まだ日が落ちるには早い。クラスメイト達がむくれながらも帰寮の準備を始めている。アマリアもエディと帰る約束をしていた。ぎりぎりまで眠りこける彼を迎えにいくことにしていた。
四年生の廊下をアマリアは歩く。かつての賑やかな雰囲気は消え失せていた。それこそレオンを筆頭とした四年生達の楽しげな声もなく―。
「あっれー、アマリア先輩じゃん。なんか、久しぶり?」
「……レオン様」
レオンが声かけてきた。いつもの友人達はいなく、レオン一人だった。
「って、そうでもないし。あれか、先輩、エディ君待ちか」
「……ええ」
「エディ君。今回はさらにディープ。大、爆、睡。ぜんっぜん、起きねーのな、あいつ」
「そうね。起きない時は本腰入れないとなのよね」
レオンと会ったのは、あの市以来だった。何てことなく話すレオンだったので、アマリアも普通に応じることにした。
「……んー。アマリア先輩、暇?エディ君起きるまで暇じゃない?」
「暇、かしら。いえ、違うわね。今、このような有様でしょう?早く帰らないとでしょうし」
「いやいや。暇じゃん?エディ君起きるまで」
「……レオン様?」
どうしてもアマリアを暇人扱いしたいようだ。
「お時間とらせないからさ、ちょっと付き合ってよ。オレはさ、もう暇で暇で!」
暇だー!と腕を伸ばしながら廊下で絶叫した。アマリアは思わず周囲を見る。幸い人通りもほとんどなく、それでもって生徒会の一員もいなかった。
「レオン様。お誘いは嬉しいのだけれど、日を改めない?」
「いやいや。絶対乗った方がいいって。ほんとすぐ済むし」
「絶対と言われても。今は時期が―」
「絶対乗った方がいいよ。アマリア先輩の為、だよ?」
「……レオン様?」
レオンをまとう空気が一変した。アマリアがどうしても気になるところだった。
陽気で朗らかな少年のはずなのに、どこか掴みどころがない。
「ま、男と二人きりっていったら、エディ君怒りそうだし。いいや、オレ一人でぶらぶらしてこよっと」
「エディは……」
「じゃーねー。……あーあ、せっかく『劇場街』のヒントあげようと思ったのにー」
「!?」
劇場街。レオンは確かにそう口にした。アマリアは思わず追いかけようとする。すたすたと歩くレオンとの距離は開く一方だ。
「くっ……」
アマリアは致し方なく尾行することにした。レオンの真意がわからない今、彼の動向を見守ることにした。
「……はは。そんな警戒しなくても。今はなんもしないよー」
「い、今?」
「うん。だって、不埒なことしたら怒られちゃうし。やばくない?」
「ふ、ふらち……?」
「あー、向かう先行ってなかったかー。―生徒会室だよ」
「……生徒会室」
会長に直談判でもする気か、はたまた部屋の外で聞き耳を立てるのか。気持ちレオンと距離を取りつつも、アマリアは彼についていくことにした。
すれ違う生徒もまばらだ。静まり返る廊下を二人は歩く。
やはり生徒達の顔色は優れない。保健室に連れていかれた生徒もいるという。
全員が全員というわけではない。だが、生徒会による圧政がこうも不調をもたらすものであるだろうか。確かに厳しい規則が設けられ、行動も制限されている。
「……」
それだけ、正体不明の侵入者に怯えているのだろうか。
生徒会室の近くまでやってきたので、喋り通しだったレオンも黙る。ここで話しでもして生徒会役員に気が付かれては厄介だ。アマリアもそうすることにした。
「……ふう」
生徒会室の前で誰かが立っていた。見覚えのある下級生だった。彼女は確か、リリーという少女だ。侵入者にさらわれた被害者である。そんな彼女が扉を叩こうとしてはやめる、を繰り返していた。
「……あ」
声を掛けようとして迷っているアマリアの視線に少女は気が付く。それとすぐ近くのレオンを見るとリリーは体をびくつかせてしまった。そしてそのまま走り去ってしまった。アマリアは声をかけられずじまいだった。
レオンはレオンで少女を気に留めることもない。アマリアを手招きをしていた。
彼がアマリアを連れていこうとしているのは生徒会室の隣の部屋だった。レオンは隠し持っていた針金で、何てことなくドアを解錠する。仰天するアマリアの腕を引っ張ると、そのまま部屋に引きずりこんだ。
「……!?」
反応が遅れたアマリアはそのまま連れていかれてしまう。軽率だったと思うと同時にレオンによって壁に両手を押し付けられた。抵抗しようにも、レオンの片手の拘束によってアマリアは動けずにいた。
せめてとアマリアはレオンを見る。見上げた先の彼の表情は。
「……」
―無表情だった。レオンの目的も真意もわからない。
「しー」
アマリアの視線に気がついたレオンは、彼女への拘束を解く。そして静かにするように告げる。その隙にアマリアは距離をとろうとするも、レオンは強く彼女をみる。
「……」
「……」
レオンは何も言わない。今ならば逃げることも可能なはずなのに、アマリアの足は動かない。頭の中で警鐘が鳴っているのに、体が動いてくれないのだ。
「ははっ」
そんな彼女をみてレオンは笑った。何が笑えるというのか。彼が、わからない。
「っといけね。そこ」
小声で指さしたのはアマリアの顔のすぐ横だった。言われるがままに見たアマリアは、小さな穴を発見する。覗き穴だった。
「!」
そこから見えたのは、まずは生徒会長の後ろ姿。彼はソファに腰かけて座っていた。もう一人いる。彼と向かい合って座っているのは銀縁眼鏡の少年だ。レオンに気を取られていて気が付かなかったが、話し声もわずかならでも聞こえる。その事にアマリアはようやく気がつく。
「……」
レオンは盗み聞き目的でこの部屋に入ったのか。アマリアは自分が自意識過剰であったことに赤面しながらも安心する。だが。
「……」
いまだレオンとの距離は近いままだ。そして表情からは読み取れないレオンの内心。未だアマリアは緊張を保ったままだった。そんな彼女をみてレオンはわざとらしく肩を竦める。
「―私は、間違っているのだろうか」
「!」
今のは会長の声だ。いつものような覇気はなく、沈んだ声色だった。
「いいえ。会長は間違っておりません」
対し、相手の少年はそう断言する。
「……ああ、私とてそうは思っている。だが、学園の生徒の不安は広がる一方だ。何故だ。何故なのだ。こうすることが、彼らの安全にもつながるというのに」
「……」
これは第三者である自分が聞いていい内容だったのか。アマリアは思い詰めながらも、会長も追い詰められているということに思い当たる。彼なりに学園の生徒を思っての厳しさなのだと。
「はっ」
鼻で笑ったのはレオンだ。レオンも覗き穴を見る為に、自然とよりアマリアと近い距離になっていた。
「しっかりしてください、会長。あなたが学園を思ってのこと、皆にも伝わっていると思いますよ」
「果たしてそうだろうか……」
「ええ、そうですとも。……会長」
銀縁眼鏡の少年はゆっくりと。そしてねっとりと相手の名を呼ぶ。
「何を迷っているのですか、会長。あなたは『生徒会長』なのですよ?我々生徒の頂点に立つお方だ。もっとご自身を信じてみては?だってそうでしょう?」
「君は何を……」
「……目障りで生意気な生徒だって、本当ならばあなたにひれ伏すべきなのです。あなたがお優し過ぎるから。もっとあなたは心のままに振るうべきなのです」
「……」
「―あなたは生まれながらの『王』でしょうに」
ゆったりと言い聞かせるように少年はそう告げた。
「……失礼、巡回の時間だ。帰寮予定時間にも間に合わなくなるぞ。我々が規則を破っては元も子もない。いくぞ」
「会長!」
「今のは聞かなかったことにする。……行かないのか?私一人でも別に構わない」
聞く耳を持たなかった会長に少年は焦燥の念を抱いていた。実際に置いていかれそうになっていたので、彼は渋々に会長に続いていった。ドアが閉まる音がした。生徒会室は無人になったようだ。
「なんてこと……」
てっきり生徒会長の強行だと思っていた。だが、実際は違ったようだ。会長はまだ自分達の在りように悩んでいた。だが、そうはさせまいとしている存在がいる。それがあの銀縁眼鏡の少年だ。
「……連れてきてくれてありがとう、レオン様」
危うく一方的な見方をするところだったと、アマリアは礼を言う。
「……はは、あはは」
「……レオン様?」
レオンはひとしきり笑う。いつもの朗らかな笑いとは違う。アマリアが正直好きにはなれない、独特な笑い方だ。
「……ありがとうもいいけどさ、何か見返りないの?暇つぶしにはなったけどさ、でもさ?なんかタダ働きみたいじゃん?嫌なんだよね」
「……それは」
もう体を拘束されているわけでもないのに、アマリアはレオンから逃れられない。
「そうね。言葉だけでは足りないというのなら。重労働だっていとわないわ。……私も、あなたに訊きたいことがあるもの」
レオンは確かに『劇場街』と口にしていた。今となってになったものの、それも尋ねなくてはならないとアマリアは考えた。
「……重労働て。それさ、アンタが内容決めることなの?それに質問?じゃあ、上乗せしてもらわないと」
「……?」
「―俺が決めることでしょ。アンタに望むことって」
「あの、レオン様……!?」
「適当に理由つけて。……こうしてアンタを密室に連れ込んだんだから」