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集団登下校する事態

「―というわけで、不審者が学園内にいる可能性があります。警備の方々が巡回してくれてはいるけれど、みんなも出来るだけ一人での行動は控えてください。それと目撃情報も募っているというから、少しでも気になったことは教えてあげてね」

 夕食後、寮長のクロエによる緊急招集がかけられた。新月寮の寮生ほとんどがダイニングルームに集まっている。眠気に抗わないエディもそうだが、個人主義過ぎる寮生だったりなんなりで、一同が揃うことはなかった。

 被害者であるリリー、そして居合わせたアマリア達のことも現時点では伏せられていたが、学園中に知れ渡るのも時間の問題だろう。

「……」

 尋常じゃない様子だったレオンのことも知られてしまうのだろうか。彼も被害者であるはずだ。 

 そう、彼はさらわれた少女を助けに行った。そうして少女をさらった犯人は発見したものの、その人物は何者かに深手を負わされていた。人さらいだけではなく、他にも不審者、いや違う。あれだけ痛めつけた人物はもはや。

―異常者。

「……いいえ」

 それは言い過ぎ考え過ぎと、アマリアは脳内で訂正した。あの飄々としたレオンが心を乱すほどのことなのだろう。そのはずだ。

―早く捕まればいいのに。

―本当にな。外部からの侵入者か。やばいよな。異常事態。

―暖房器具が壊れたのも関係してるのかな。

 そう、寮の暖房器具が壊れていた原因も不明のままである。侵入者が関与しているかは定かではないが、寮生達はそう思えてならなかった。

「では、本日はこれくらいで。みんな、くれぐれも気をつけてね」

 必要な連絡を終えたクロエにより、集いはお開きとなった。不安を抱えた寮生たちはその話で持ちきりだった。クロエは部屋に戻っていく生徒達を見守っている。情報提供はなさそうだと判断したクロエは、自室に戻ろうとしていた。

「ふう……」

「クロエ先輩」

「わ、びっくりした。アマリアさんかー」

 クロエは一人ため息をついていた。ぬっと現れたアマリアにクロエは本当に驚かせられたようだ。

「失礼致しました。……クロエ先輩、お疲れ様です」

「ん、ありがと」

 いつも活発で動き回っているクロエも疲労しきっていたようだ。商会の手伝いと今回の騒動。さすがの彼女も疲れたことだろう。

「そうそう、アマリアさん。今回案内してあげられなくてごめんね。次回はちゃんと対策しておくから」

「いえいえ、そんな。お気遣いなく」

「ううん、今回こんなことになっちゃったけど。本当はもっと良さ知ってもらいたいから。ほら、アマリアさん。リゲル商会にも来られなかったじゃない?だからね、次回こそは。……次回、あるはずだから」

「はい」

 クロエは気遣ってくれているようだ。自身が気落ちしながらでありながら。

「クロエ先輩、何か飲まれますか?」

「……うん、ホットミルクがいい」

「はい、お作りしますね」

 気休め程度の提案かもしれないとアマリアは思ったが、クロエの表情は少しは和らいだようだ。アマリアはほっとする。

 近頃は比較的穏やかであった学園内。けれども、いずれ荒れるかもしれない。引き金はこの騒動だ。ただの憂いであるようにとアマリアは願った。


 翌朝。いつもは賑やかな寮内も本日は静かだった。静かながらもどこか落ち着かない。嫌な朝だ。

「―エディ、おはよう。起きているかしら?」

 朝の準備を終えたアマリアはエディの部屋の前に立つ。

 いつもなら、まず寝息で返ってくる。それか例の定型文だ。眠ったままの状態で扉を開けてきたこともある。それが日常だ。お馴染みの朝の風景だ。

「……おはよう、先輩。起きてる」

「お、おはよう」

 扉を開けたのはエディだ。しっかりと起きていて、しかも制服とコートも着用していた。あのエディがすでに身支度を済ませていた。

「不思議そうな顔してる」

「……ええ、正直」

「本当に正直。あんた、不安がってる。だから一人にしたくなくて」

 アマリアはどきりとした。自分が思っていた以上に顔に出てしまっていたのかと。

「いいえ、不安なんて。それは全くもって大丈夫よ」

「そこも正直でいいだろ」

「……ふふ」

 本当は不安まみれであることを、エディには見透かされていたようだ。アマリアはお手上げとばかりに笑った。

「それでは、エディも一緒に行きましょう。集団登校なんですって」

「……集団登校」

 エディは面を食らった顔をしたが、真顔に戻る。そして一人納得した。

「……まあ、それがいいと思う。心おきなく寝るか」

「……エディ?ひとまず学園に着くまでは、頑張りましょう?」

「眠くなってきた……」

 気でも抜けてしまったのか、エディは今にも眠りそうだった。それも立ちながらである。

「立ちながらでも歩きながらでも、睡眠ってきちんととれているのかしら!?とれてないと思うのよ、エディ!」

「……ん、とれてるんじゃない?」

「とれてない。とれてないわ、エディ……」

 アマリアの力説に対してもエディの反応は薄かった。アマリアは脱力した。

「……ほんと、ねむい」

「大声で話しかけてもうるさがらないのね……。それほどまで……」

 制服とコートを着たままであるが、エディにはこのままお眠り願うしかないのか。アマリアは何とも言えない気持ちになる。

「……わかったわ、エディ。あなた一人での登校になるのも心配なのよ。本日は休んでもいい気がするわ。あなたならきちんと大人しくしてられるでしょうし」

「やっぱり、行く」

 どうしろというのか。アマリアは途方に暮れそうになった。

「気合で起きてる。先輩の言う通り、学園に着くまでは根性いれる」

「……ええ、そうね。もうそれでいいと思うわ。疲れたら寄りかかってね」

「ん……」

 もうこの際それで良かった。アマリアは観念した。投げやりだった。とはいってもエディのフォローはする所存ではあった。

 寮の玄関先ではクロエを中心とし、下の学年の生徒が集められていた。そして付き添うのは強面の先輩達だった。昨夜のクロエの招集はさぼっても、この時ばかりは付き合ってくれたようだ。集団登校希望者が揃ったところで、学園へ向かうことになった。

 まばらな会話の中、学園へ歩き進めている。学園の本校舎まで歩いてきたはいいが、新月寮の面々は気になっていたことがあった。

 ここまでの道で満月寮生の姿がなかったのである。いつもならばこれ見よがしに煌びやかに歩いているはずなのにだ。

「これで全員か、新月寮生!」

 待ち構えていたのは生徒会のメンツだった。規律正しく横並びしており、中心では生徒会長が仁王立ちをしていた。その後方ではバツの悪そうにしている生徒達の姿があった。先行していた新月寮の面々だった。

「……ふむ!揃ったか。今!この場に!いる全員だ!今だぞ、今!」

「なんで俺見た?」

 ちらりと会長がエディを見たことにエディ当人は気が付いたようだ。頑張って起きているエディは不満そうに会長を見ている。そんなエディをお構いなしに生徒会長は高らかに告げる。

「全員遅刻だ!」

「えー!?」

 驚きは一瞬、そのあとブーイングが止まなくなっていた。新月寮の彼らは納得がいってなかった。時間前、それも集団登校の分も考慮して早めにきたのだ。エディだった頑張って起きていた。

「ねえねえ、会長さん?私たち、けっこう早くきてるよね?急に時間変更にでもなったの?それなら教えてくれてもいいんじゃないかな?」

 クロエはやんわりと抗議する。だが、クロエのその言葉に彼はこう言う。

「教える?ふん、至極当然のことだろう。警備の方々に負担がいっている現状、我々生徒の出来ることはなにか。より、模範的に。より、清く正しく!自ずからわかるものではないだろうか?」

「うん、それも正しいと思う。……そうだね、こちらでも言うべきだったと思う。いつもよりちゃんとしなくちゃって。だから会長さん。今回は寮長である私の落ち度です」

 クロエは引き下がる選択をしたようだ。少しでも自身の寮生達が不利にならないように。クロエは寮長として責任を取ると告げようとしたが。

「……クロエ先輩。あなたの監督責任を問う気はない。―生徒達の代表は我々だ。私達が生徒達を正しく導く。たとえ相手が先輩とて、そこは譲る気はない!」

 生徒会長は堂々と言い切った。感動したと、生徒会の生徒から一斉に拍手が起こる。

「ふふふ、皆ありがとう。よりよい学園としていこう!」

「はい、会長!」

「ついて参ります、会長!」

 生徒会長をよいしょしていたのは、銀縁眼鏡の少年も含まれていた。異様に盛り上がったあと、会長は近くにいたおかっぱ頭の女子生徒に頼み事をする。

「ああ、君。今回のペナルティを記載しておいてくれないか。ふむ、いちいち全員の名前を書く必要もないか。―新月寮生一同。これで十分だ」

「はい、会長。話が早くて助かります」

 生徒会の女生徒は手にした名簿に記していく。とはいえ、表記する内容は短い。すぐ終えた。一緒くたにされた彼らは面白くない。けれども、おいそれと反抗することは出来なかった。

 相手は信頼の厚い生徒会だ。アマリアも彼らには少なからず恩がある。間違ってはいない。まだ、話はわかる範囲だ。新月寮差別はされてはいても、そこは甘んずるしかなかった。

 住む寮で差別されるのはいつものこと。それだけで済めばまだ良かったのかもしれない。

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