楽しい市に暗雲が
方角としては間違いないはずだ。アマリアは新月寮に至る道まで門番達を案内していた。といっても、山のふもとまでなのでろくに案内できたかもわからない。応援もきてくれるようだ。彼女に出来るのはここまでなのだろう。
「アマリア様、このへんで結構です。ご協力感謝します」
「なにかあったらうちらが怒られるんでー。ささ、お送りしますからね」
詰めていた門番達の中でついてきたのが、よりによって因縁がある門番コンビだった。
「いえ、市とは目と鼻の先ですから。ご負担かけるわけには」
「それが仕事ですからー!手荷物検査もねっ?」
「……はい。それではご足労おかけしますが」
アマリアは従うことにした。そのまま人通りの多い場所へと戻ろうとしたが。
「先輩」
「エディ!良かったわ、無事……で」
林から姿を現わしたのはエディだった。何事もなさそうなことにアマリアは安心するが、エディは浮かない顔をしていた。喜べる状況ではなさそうだ。
「……姿、見失った。確かに気配を追えていたはずなのに」
「そうなのね……」
沈む二人に割って入ってきたのは、門番の一人だった。
「こらこーら、お二人は学生さんに過ぎませんからねー?あとは我々に任せてくださいって!」
柔らかな声で学生二人を窘める。エディはアマリアを見る。彼女が兵達を呼んだのだと理解した。
「……わかりました」
エディは素直にそう返事する。
「うんうん」
「……彼女だけお願いします。俺は残るので」
「わかってないし!君も学生さん、ね!本当にね、我々が怒られるの、ね!」
呆れる門番をよそにエディは周囲を見渡す。
「……近くにいる」
場が静まり返る。レオンの姿など見当たらない。それでもエディは確信をもっていた。
―風を切る音がした。
「!」
風圧がエディの頬を掠めた。彼が咄嗟に下がっていなければ、直撃していたところだろう。
「……!」
「―下がって」
「!」
駆け寄ろうとしたアマリアに対し声を荒げたのは門番の一人だった。いつもの軽いノリは鳴りを潜めている。それだけ緊迫している状況なのだろう。
「ふぅ……」
息を荒くしている獣は、レオンだった。
「ちっ……」
舌打ちをした彼は、獲物をしとめ損ねたことに悪態をついているかのようだった。
気が済まなかったレオンは、エディに襲いかかる。
「……手荒にいく」
突進してきたレオンをいなすと、そのまま彼を投げ飛ばした。
「ぐっ」
「すまない、レオン様!」
「うう……。ううう!」
体格のいい門番兵がそのままレオンを拘束した。押さえつけられたレオンが呻きながらももがいている。
「せんぱーい。そのままでーす。様子おかしいレオン様、お願いしまーす」
「お前というやつは……」
すっかりいつもの調子に戻った門番が先輩の兵に押し付ける。レオンはその下で暴れたままだ。呻いていた彼が、何やら叫び始めている。
「……に」
「ん?」
「……なに!?本当、なんなの、これ!?」
「んん?」
「あの、ほんと、くるしいの!ほんと、かんべん、して!」
息絶え絶えながらも、レオンは抗議しているようだ。事態が呑み込めない一同は、苦しむレオンを見守っていた。
「いや、見守らないで!ギブギブ!こっちはただでさえびびってたのに!エディ君は投げ飛ばしてくるし、ガチムチさんはプレスかけてくるし!」
「し、失礼致しました。レオン様……?ガチムチ……?」
警戒はしつつも、レオンの拘束を解いた。普段のレオンではあるが、襲いかかってきたのも事実だ。エディも距離をとりつつ問う。
「……どういうことだ」
「どうもこうも。エディ君お顔コワい」
「……」
「……いや、うん。びっくりさせちゃったね。てっきり『お仲間』かと思って」
「仲間?」
「うん。だからオレ、びびっちゃってー。パニくっちゃてさー。ごめんごめん」
レオンの響く笑い声は異質だった。彼以外の人間は固い表情のままだからだ。
「失礼します、レオン様。お仲間とは?」
「はいはーい、案内しますねー」
門番の問いにもすぐには答えを見せない。実際に見た方が早いだろうと、レオンは手招きをした。
「……ご令嬢?本当はこのままお送りしようと思ったんですけどー。すみませーん、このままご同行願えます?増援がつき次第、お戻りいただけるんでー」
「ご容赦願いたい。不測の事態故、この者一人でお守りできるとは限りませんので」
「……そうなんですよー。自分はまだ若輩ですからねぇ」
変に分断させるよりは、このまま大人しくしていた方が良さそうだった。
「いえ、よろしくお願い致します」
あの時のように。襲われているエディをみて飛び出すようなことはしてはならないと、アマリアは自身を戒めた。
「いやいや、アマリア先輩気にしないでー?警備の人達もいるし、なんてったってオレ!未来の騎士様がいるんだからさ。逆に側にいてくれた方が安全だし安心だって!」
「レオン様……」
レオンは殊更明るく言う。緊迫した状況下ではあるが、少しでも空気を和ませようとしてくれているようだった。
「……先輩には俺がついておく」
「あー、うん。だよねー。もうそれでいいんじゃね?」
エディがすかさず二人の間に立った。いつもの陽気なレオン相手でも、エディは緊張の糸を緩めることはなかった。レオンも特に反対する気もないようで、歩き始める。レオンは道案内に徹することにしたようだ。