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見送る家族と旅立つ次女



「お父さんはな、大反対だぞ!」

「お母さんもね。いや、学ぶのはいいのよ。でも『そこ』は反対よ」

 広間に戻る前の通路にて、いきなり大声で迎えられた。興奮しながら反対し続けているのはアマリアの父だ。その隣で母も強く頷いている。

 帰り際に伯爵夫人が挨拶をしたようだ。その時に頭を下げていきさつを話したらしい。アマリアの両親もまだ彼の記憶はあったようだ。だが、消えるのも時間の問題だろう。

「あ……」

 それを心配そうに見守っていたのが、姉だった。姉に気をとられている内に、母が語り始める。

「……思えば、当たり前のように苦労させてきたものね。家の事も仕事の事も任せきりで。私達がもっとしっかりしていればよかったのだけれど。……それこそ、本当にやりたい事をさせてあげられなかったわね……」

「……あー、そうだな。すまねぇ」

「―それは違います、父上、母上」

 アマリアは首を振った。目の前の母、そしてきっと父も娘の境遇に申し訳思っていたのだろう。世の令嬢のように贅沢や優雅な暮らしをさせてあげられたなかったと。

「違うのです」

 羨む気持ちも、妬む気持ちもないわけではない。もっと暮らしに余裕があれば、と両親に不満を抱く事もある。それでもアマリアは思う。

「私はこの暮らしに満足しています」

「……なんだよ。だったら、行くことないだろ!それに当主の俺がこの有様だ!いいよ、もう!両家の婚約がなんだ!惚れた野郎と幸せになってくれりゃ、いいんだよ!何もそんな婚約者に拘る事はないんだぞ。そもそも彼は本当は―」

「父上」

 アマリアは静かにそう呼んだ。すまない、と父も答えた。

「ここでの生活は幸せです。けれど、彼がいないのだとしたら。それは―」

「……」

「!」

 姉と目が合う。おそらくずっとアマリアを見ていたのだろう。彼女の立場では声に出しては伝えられないこと、それを目で訴えていた。懇願しているかのようだった。妹が危険な目に遭うかもしれない。婚約者という約束された相手もいる。声に出してはならない彼女の秘めたる願い。

「……姉上」

 姉の事もある。アマリアは何としても押し通す事にした。

「父上、母上。そして姉上。彼は私の大切な人です。私は彼に会いたいのです」

「……。知ってるよ。わかってるよ。長い付き合いだもんな。でもだからって、送り出せるものか」

「……アマリア。あなたたちの婚約は家同士のものだからね。何かあるくらいなら破談になるべきだわ」

 伯爵夫人にとっては息子が大事で。それと同じように彼女の両親にとっては、当然自分達の娘の方が可愛い。大切に思ってくれているからこそ、反対しているのだとアマリアは実感した。

「お願いします、父上。母上。今、行かなければ。―私はきっと後悔します」

「アマリア、お前……」

「家同士の婚約者なのは重々承知です。けれども、長い時間彼と過ごしてきました。彼が私にとって大切な人には変わりありません。彼を失ってしまったら……」

 どのような顔をしているのだろうか。頭を下げたアマリアにはわからない。

「彼を失ってしまったら、私は―」

 彼女自身もだ。どのような表情で彼への思いを語ったのだろうか。

「……駄目なもんは、駄目だ!」

「……あなたの気持ちはわかる。けれど易々と頷けないの」

 酒瓶を持ち上げる音がした。それから両親は去っていったようだ。アマリアは頭を上げる事が出来なかった。

「……ありがとう、アマリア」

「姉上……」

 アマリアと彼女の姉だけとなった。

 姉はやはり彼の事を覚えている。やはり、とアマリアは思った。そうであろうと。

「……本当に、ごめんなさい。あなたが危険な目に遭うかもしれないというのに……」

「姉、上?」

「……それでも、あなたの選択を望んでいた自分もいて。―なんて、卑しくて、汚らわしいことか!」

「……」

 これが、『本来の在るべき姿』なのか。綺麗事だけではなくて。激情もぶつけて。家族の誰よりも優先する。本当に一番だといえる存在だからこそ、なりふり構っていられない。

「姉上は間違っていないと思います」

「……アマリア」

「行ってきます、姉上」

 色々な想いを背負ってしまった。アマリアの決意は変わらない。


 二日後。早々と学園より通知が来た。入学許可証が同封されていた。伯爵家が巨額の寄付を行った事、それが入学につながったかは定かではない。

 ひとまず第一関門は突破出来た。

「やった……!」

 自室にて。長机の前に腰かけながらも、アマリアは小さく喜ぶ。頭上に掲げて許可証を眺めていた。そして、ラッピングされた箱の中にあるのは、学園の制服だ。白を基調としたワンピースに羽織る為のボレロ。ゆったりとしたデザインに彼女は安心した。短いスカートだったなら、足を露出しなくてはならない。彼女としては抵抗があた。

 長机の上にあるのは制服だけではない。引き出しに隠していた彼女の宝物達。一つはウィッグだ。令嬢として無難に過ごす為、被って過ごす事にしたようだ。

「……こちらもね」

 四年前にもらった婚約指輪だった。雪の結晶を象った指輪だ。ネックレスに通し、それを自身の首にかける。胸元で指輪が揺れる。彼の存在が感じ取れるようだった。

「―」 

 アマリアは、彼の名を呼んだ。喉が掠れ、うまく声にはならなかった。不安な気持ちを抱いたまま、月日は過ぎていく。


 ついに旅立つ日が来た。夜が明ける前、アマリアは一人町の入り口に立つ。夫人があらかじめ手配していた馬車が来る手筈となっていた。

「……ごめんなさい」

 両親はアマリアの話を聞き入れてくれないままだった。ついには当日を迎えてしまった。最後まで許してくれなかったのだろう、とアマリアは自身を納得させた。それならばこっそりと旅立つしかないと思い、今に至る。

 ここまで大々的な反抗は、アマリアは初めてだった。罪悪感もある。幼い弟妹達の面倒も、家事も、農業の事も全て投げうってきたのだ。それでも、彼女は望んだ。何が起こるかわからくても、彼を探す為に。

「……そろそろね」

 じきに夫人が手配してくれた馬車がやってくる時間だ。

 アマリアは背後を振り返る。生まれ育った港町とはしばらくのお別れだ。

「……?」

 入口にやってくる人影に見覚えがある。集団だ。―よく見知った彼らだった。

「どうして……?」

 あれだけ反対していた両親も。行っちゃやだ、と駄々をこねていた弟妹達もそこにはいた。家族が見送りに来ていた。家族同然である乳母も町の樹木の背後で見守っている。

「どうしてもこうもあるか!黙っていくやつがあるか!」

 やいやい、と父が前のめりになる。顔は怒り気味だ。

「ごめんなさい、父上」

「……」

「父上?」

「……本当に行くやつが、あるか」

「……父上」

 そのままアマリアの頭を撫でた。

「まあ、お父さんは最後まで反対派なんだけどな?……けど、何事も逃せない時ってあるよな。それこそ、後悔しちまうこととか」

「!」

「―行ってこい、アマリア」

 なあ、皆?と他の家族にも同意を求める。皆、答えは同じだった。

「皆も……。本当にありがとう」

 きっと心配させたままだろう。それでもアマリアの意思を尊重してくれた彼ら。アマリアは感極まって泣きそうになる。泣かないで、とやってきたのは双子達だ。 

「ねえさま、ほんとうにいっちゃうの?」

「いつかえってくるの?……かえってくるよね?」

「もちろん」

 アマリアがそう言うも、幼い彼らは不安そうにしていた。アマリアから離れようとしない。

「ほら、そのへんにしとけ」

 そんな双子をひょいと両手でかついだのは、銀髪の知的そうな青年だった。

「兄上!」

「息災だったか、皆」

 長兄にあたる人物だった。子爵家の嫡男であり、ちゃらんぽらんな父とは真逆の性格として育った。ペタイゴイツァ領を立て直してくれるだろうと、一身の期待を背負っている。

「お前こそ息災だったかー?はははー、息災息災って気取ってんなぁ!あれれー、可愛いげある次男坊は?」

「……ああ、相変わらず鬱陶しいですね、父上は」

「……お前、戻ってくる度に鬱陶しい言ってくるだろ。良くないぞ、そういうの」

「彼にはまだ職務がありましたので、現地に残してきました。そうそう、皆に宜しく言っていたぞ」

「無視すんなー?」

「……父上の疑問には答えましたが」

 彼は次兄と共に別の領地へと視察に行っていたが、彼のみ先行で帰ってきたようだ。自分だけでも妹の旅立ちを見送りたかったようだ。

「アマリア。確かに両家の子息息女が通う学園だ。だが、良くない噂も―」

「はいー、その話はとっくに終わりましたー!うちの坊ちゃんおくれてるぅ」

「くっ……」

 揉めている大人げのない二人はさておいて、次々と挨拶をしていく家族達。

「姉上、チビ達の事は僕に任せてください。農業の事も心配しないで」

「ありがとう。あなたも来年入学でしょう?準備もあるでしょうし、無理のない範囲でお願いね」

「はい!そうそう、姉上こちらをどうぞ」

 利発そうな少年は、すぐ下の弟だ。アマリアと同じ黒髪をきちんと整えている。そんな彼から手渡されたのは、一冊のアルバムだった。故郷の風景や人々の写真が収められていた。記録媒体になる道具は存在する。だが、それを一枚一枚紙に起こす必要があった。これだけの量を行うのはさぞかし大変だっただろう。

「ありがとう、大切にするわね……」

 しんみりとしたところにやってきたのは末の弟妹コンビだ。

「ちびってしつれいね!……でもいいの、わたしもレディになるの。だから、ねえさまもしんぱいしないでね」

「ぼくも、いいこにしているよ」

「ええ、ありがとう。あなた達は元々良い子達よ。でも、マーサさんの言う事もちゃんと聞いてね」

 長兄から逃げてきた双子達をアマリアは抱きしめた。後方にいた乳母のマーサと目が合う。感極まって泣いているようだ。嗚咽をもらしている彼女とはまともに会話を出来そうにない。アマリアの方から挨拶をし、乳母も弱く頷いた。

「……行ってらっしゃい、アマリア」

「はい、母上。行ってきまっ!?」

「はい、これは私から!是非持っていきなさい。護身用の得物詰め合わせよ」

「え、えもの?つ、詰め合わせ?」

 ずっしりとした箱をアマリアは受け取った。ずしりと、重みをアマリアは感じた。心配しているからこその、この重みだろう。

「そんな物騒な代物、取り上げられるに決まっているでしょう。母上」

 父との喧嘩を切り上げてきた長兄がやってきた。そして、箱をそのまま母に返す。

「何よぉ、没収って決めつけないでくれる?」

 ふてくされながらも、母は箱から取り出していく。棍棒。鉄球。そして鉈―。続々と出てくるが、物騒でなければ何だというのか。

「は、母上?こちら頂いていきますね」

 トンカチなら辛うじて日用品扱いになるかもしれない。母はまだ納得いってないようだが、どうにか場を治めた。

「これは、あいつと私からだ」

「兄上……。こちらは」

 ずっしりとした金貨入りの袋を手渡された。

「学園からの支給品はあると聞いてはいるが、念の為だ。残ったら返してくれればいい。つまり、うまく節約しろ。切り詰めていけ」

 得意だろう?と彼は笑う。アマリアは兄らしいと思った。

「はい、兄上達。ありがとうございます」

 丁重に受け取った。

「……アマリア、どうぞ」

「姉上」

 そっと歩み寄った姉が手渡したのは、上質な鞄だった。中にあるのは、書物だった。勉学に役立つものだけではない、娯楽のある物もあった。アマリアの愛読書もあれば読んだ事のないものもあっった。わざわざ新しい本を用意してくれたようだ。

「ありがとうございます、姉上」

「……ええ」

「……」

 お互い無言になる。アマリアには姉の本当の気持ちがわかっていた。だから、静かに頷いた。それ以上語る事はなかった。

 重くなってきた空気に耐え切れなくなったのか、父が乱入してきた。

「おいおいおい!何だ何だ!まるで今生の別れみたいじゃねぇか!」

「……ちょっとあなた」

「……妙なフラグ立たせてくるとはな」

「あはは……。勘弁してくださいよ、父上」

「とうさま、どうしてそういうこというの」

「おとなげないな、とうさまって」

 フルボッコだった。

「な、なんだよ!揃いも揃ってよ!」

 収拾つかなくなりそうになっていた。アマリアは慌てる。

「ち、父上もこちら大切にしますね!」

 防寒用のコートを着用した。寒がりの娘を気遣って、かなり防寒性に優れていた。

「お、似合ってるじゃん。さっすが、アマリアちゅわーん」

 父の機嫌が直ったようなので、双子達も会話を切り出す。

「わたしたちからなの」

「さいごは、ぼくたちの。どうぞ、ねえさま!」

「これは……」

 二人が描いた力作を渡された。両親に、二人の兄達。それに年が近い姉や弟。双子達に、そしてアマリア。家族の絵だった。

「……ありがとう!すごく上手よ」

 描いてくれた二人の頭を撫でる。そしてアマリアは、名残惜しそうに弟妹から手を離した。

 本当のトリは自分だと言わんばかりに、父親が前に出た。

「……まあ、考えなしに送り出しているわけじゃないぞ。月イチで手紙、だったか。それがなかった時点で殴り込みにいくからな!」

 数か月も待ってられるか、と息を巻いていた。そして真剣な面持ちになる。

「―学園にちょっとした、その、知り合いがいる。いざとなったらそいつが手助けするようには頼み込んでおく。この際、背に腹は代えられねぇ」

 蹄の音がする。迎えの馬車がやってきた。―刻限だ。 

「行って参ります!」

 自分が帰ってくるのは、この温かい場所だ。アマリアは一人頷く。

 アマリアは手を振って、馬車へと乗り込んでいった。皆も手を振り返していく。彼らの姿が見えなくなるまで。アマリアは手を振り続けた。


子供達は父の事はちゃんと好きです。でもアレだと思ってます。確かにアレなところがある人物です。

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