これってデート?
「あ、先輩」
「まあ」
有力情報通り、門で待ち構えていたのはエディだった。広場は人で賑わったままであったが、アマリアは不思議とすぐエディを見つけることが出来た。エディが歩み寄ってきたので、アマリアも彼に近づいていく。
「なんと……」
エディも制服のコートに制服のズボンだった。レオンもそうだ。アマリアは悩む。だが、ここで指定のコートの下は私服だと言い張るのは、彼女の性質上困難だった。自分も制服だと居直ることにしたようだ。
エディは眠たそうではあるが、意識ははっきりとしているようだ。そんなエディが話をする。
「先輩が市に行ったって耳にしたから。今からでも合流できるかって。……ん?」
「そうだったのね。……エディ?」
エディがアマリアを見つめている。正確にはアマリアの髪型をだ。
「……いつもと違う」
「ああ、髪型かしら。良い機会だし、挑戦してみたかったの」
「……へえ」
エディがまじまじと見ている。
「どうしてもやってみたかったの……」
アマリアの頬が紅潮し始める。
「……先輩」
それにつられたからなのか、エディの顔もどこか赤い。照れるアマリアをみて、何かをこらえているかのようだ。
「……クロエ先輩とのおそろい」
「ああそう」
エディは一瞬にして平静となった。
「……で、あいつは何してるの」
気を取り戻したエディは、後ろでこそこそとしているレオンに目を向ける。見つかったかとレオンもゆっくりとやってきた。
「ああ、もう!エディ君ってば、オレのことスルーしてくれていいのに。いい感じかなって、オレ空気読んであげたのに!」
「いい感じ……」
「つってもクロエ先輩とののろけ話聞かされてただけど!」
「……」
「つか、どんだけ入口で待ってんの!いつも入口待機しすぎじゃない、エディ君!」
「……別にいいだろ」
「別にいいけどね!」
笑い続けるレオンに対して、エディは眉をしかめる。
「ああ、別に構わない。先輩、そいつと回っていたの?」
これ以上相手にしていられないと、エディはアマリアに話を振ることにした。クロエとののろけ話など訂正したい箇所はいくつかあったが、今はこのまま話を進めることにする。
「そうなの、エディ。レオン様にはとてもお世話になったの」
「オレも楽しかったよ。ねー」
「ええ、楽しかったわ。ねー。……はっ!」
レオンが体をかかげてきたので、アマリアもそれにつられた。エディは正直イラっときていた。
「とまあ、アマリア先輩をエスコートしてきたわけだけど。オレもほら、先約があってさ?この人にはエディ君ついてればいいかなって」
「……?」
エディはその言葉に不思議そうな顔をする。
「なに、きょとんとしてるの。エディ君、かわいいんだけど」
「きょとんいうな。てっきり、このまま一緒に行動すると思ってたから」
いつものようにうざ絡みされるのだと、エディは暗に言っている。それに異議を唱えるのはレオンだ。何を言うのだとレオンは言う。
「いやいやエディ君。オレ、先約あるから。これから美女に囲まれる予定だから。あとうぇーいな先輩たちに可愛がられる予定でもあるから」
「おまえ……。いや、いい」
「だから、なに」
「いや、いい」
「……。まあ、そういうことなんで。オレはここらで抜けるよ」
レオンはあくまで約束を守る気だった。二人も反対する理由はない。ここいらでレオンと別れることになった。
「じゃあまたね、二人とも!アマリア先輩もエディ君も楽しんでってー」
「レオン様、おかげさまで沢山勉強となりました。私もいっそ稼いでみたいわ」
「うんうん、いいんじゃない?やっぱ自分で稼ぐのがいいよ!」
レオンが大きく手を振っているので、アマリアも気持ち大き目に振り返す。
「ほらほらー、エディ君も!明るくいこうよ」
「……転ぶなよ」
「はい、クールな中のデレいただきましたー!やったー!」
「……だれもデレてなんて」
「あはは!ばいばーい!」
そして去り行くレオンを見守っていった。通り過ぎる人々がレオンを見ている。そんな彼も気さくに返す。相も変わらずの華が彼にはあった。
「ふふ、本当に元気な方ね」
「……まあな。で、どこから回る?」
嵐のように去っていったレオン。残された二人で回ることになる。
「そうね。エディはお昼ご飯はどうしたの?」
「朝昼兼用」
確かにそうだ。
「そ、そうね。それならいいわ」
「でも軽いのならいける。つまみながら回ろう」
「いいわね。あと、クロエ先輩のご様子も気になるわ。他にも催しがあるようだし」
「うん。あんたの行きたいところ回ろう」
「それとエディの行きたいところもね」
「……ああ」
「ふふ」
エディが微かに笑ったので、アマリアも嬉しくなった。
彼が楽しみにしてくれていることも。こうして休日でも二人で出かけられたことも。二人で。
「……」
特に深い意味などないはずだ。学園でも二人でいることが多い。いつも二人でいるとレオンに指摘されるほどにだ。
「……」
こうして二人で、二人きりで回ることにも深い意味などはないだろう。ましてや逢引などではないと。
「急に黙られても」
「そ、そうね。ごめんなさい」
「謝られることじゃないけど」
「そうね、ごめんなさい……」
「……」
エディはそのまま黙ってしまった。今のアマリアは横にいる彼のことを見られない。視線はレオンがいた先に向けられたままだ。
「……わかりやす」
「!」
エディはそっと彼女の耳に触れた。いつものように隠れていない。彼女の黒髪が編み込まれたことにより、耳がさらされていたのだ。真っ赤に、そして熱を持った耳が。
「……そうね。変に意識していたの、ばればれね。いつもみたく一緒にいるだけよね」
「……意識していた?」
「それ、拾われては困るわ……」
「わかった、流しておく」
「そうしてもらえると助かるわね……」
「いつもみたく、一緒にいる」
「そちらも出来れば……!?」
「……本当にわかりやすい、先輩って」
耳元でささやかれたアマリアは飛び上がりそうになる。だが、腕を掴まれたエディによってそれは制された。
「デートだと思った?」
「!?」
「……俺と二人きりになったって気がついたから。そんなとこだろ」
「それは……。その、二人で遊びに行くの範疇かと。デートなどでは決して」
「一切思わなかった?」
「それは……」
強く否定することは出来なかった。だからこそ、アマリアはごまかすように笑う。
「安心して、エディ?……私は、決して思ってないから」
「俺は思っている」
「エディ!?」
アマリアはただただ驚いた。あまりにも突然だった。何を思ってそう言い出したのかがわからなかった。
「俺は思ってる。……あんたは気付けば他の誰かといるから。あいつとかもそう」
「……?」
「『あいつ』はきっと本気だ。……そもそもあんたには」
―婚約者がいる。どこか忌々し気にエディはそう呟いた。
「そうね、私には……」
思わずエディの顔を見てしまった。アマリアにはわからない。エディはまっすぐと見つめている。けれど、何を思っているのか。その強い眼差しには、どういった思いが込められているのか。
「……」
咎められているのだろうか。婚約者がいる身で異性と二人きりでいることを。エディはそうして釘を刺そうとしてくれたのかと、アマリアはそう思い始める。
「でも俺は―」
「ごめんなさい。私本当に……」
「え」
あまりにも恥ずかしくてアマリアは再び視線を戻した。自身を恥じる彼女はエディの顔をまともに見ることは出来なかった。
「……?」
矢先のことだった。
今、アマリアの視界に入ったのは何だというのか。
人混みの中で目にしたのは、ピンク色が目立つあの存在。
現実の世界では目にすることのない、あのピンクのウサギの着ぐるみ。それだけでもアマリアは目を疑いたくなる。
「なんでウサギが……」
「私の幻覚ではないみたいね」
隣にいるエディも気が付いたようだ。もはや見間違いなどではないだろう。着ぐるみだけでも異様なのに。
「それにしても、どういうこと……?」
着ぐるみは何かを抱えて走り出している。そしてそれを追いかけているのはレオンだった。実に異様だった。
彼は。レオンはやたらと興奮していたようだった。―まるで捕食者のようだ。
「先輩、待ってて」
それだけ言うとエディは人混みをかき分けながら、追いかけていった。レオンらも、そしてエディも姿を消してしまった。
「エディ……」
消えた方角を見つめる。アマリアは胸騒ぎが止まらない。このまま何事もなく終わることがあるだろうか。
「……」
かといって、アマリアは自身が非力であるとは自覚している。いくら人より体力や腕力に自身があるとはいっても、いざという時に足を引っ張ってしまわないか。それにここは力を振る舞える夢の中ではない。―現実だ。
「なあ、今のってレオンじゃね……?」
「ええ?人違いじゃない?」
「つか、あの着ぐるみ何?余興か?」
噂になり始めてはいるが、誰しもが空見だろうと結論づけている。あの『レオン』がまさかと。それはないだろうと。アマリアだってそう思う。そう思いたかった。
「……せめて」
ちらりと見たのは入口にある門の詰め所だ。門番たちが待機しているだろう。彼らが無理でも応援は呼んでくれることだろう。今は私情を挟んでいる場合ではないと、アマリアは意を決した。