選択肢発生ー激辛どっちだ!?-
屋台からは香ばしい匂いが漂ってきた。自国の郷土料理はもちろんのこと、異国の見慣れない料理もちらほらと目にする。学園の許可を得て販売しているので味などの保証されているだろうが、それでもどぎつい色の菓子などを見るアマリアは心配してしまう。
「アマリア先輩、初めてでしょ?ほら、さっきから見てるこれ。気になってるでしょー?」
「ええ、その通りよ。食べ物でこの色が成立しているなんて、大したものね……」
まじまじと見ては妙に感心しているアマリアを見て、レオンは笑う。
「はは、大したもの。これ、すっげえ甘いけど美味しいよ」
「あら、そうなのね」
「うん。オレもたまに買ってる。すみませーん、これ一つください」
「あっ」
ここが奢り時かとアマリアが払おうとするより前に、すでにレオンが会計を済ませていた。
「待っててくださる、レオン様?今、硬貨渡すわね」
「んー。そういや先輩甘いもの平気?」
「ええ、好……んっぐ!?」
「ま、平気そうな人だよねー」
返事を待たずに球状のそれを人様の口の中に放り込んだのはレオンだ。不意ではあったが、甘味はしっかりとアマリアの口内に伝わった。見た目を裏切るほどの美味しさだった。
「ごほん……。ええ、美味しかったわ。ご馳走様」
「だよねー」
「次こそはご馳走させてもらうわ」
「うんうん」
適当な返事をしながら、レオンは次の店に目をつける。そして注文しているのは具沢山な茶色の物体とご飯が併せて盛り付けられているものだった。そのスープのような物体がやたらとどろっとしているのが特色だ。アマリアが初めて目にする料理だった。
「あれ、カレー初めて?アマリア先輩に激辛を体感してもらおうと思ったけど、やめとくか」
「あら、そうなの?私、辛いのも好……って、レオン様?」
今度は二人分の支払いを終えていた。お菓子の分も合わせてアマリアは払おうとする。
「そっかー、先輩辛いのも平気な人かー。ふーん」
その前にとレオンはにこにこしながら、アマリアに選ばせようとする。選ばせようとしていた。
「激辛どっちだ!?」
「!」
「こうしようよ。オレは平気なんだけど、激辛あてた先輩はかわいそ過ぎるからさ。オレに奢ってもらうってことで」
甘いお菓子のはおすそ分けだから対象外だとレオンは付け足す。
「二分の一でしょう?さすがに悪いわ」
「そういってもさ、埒明かなくない?ここらでさ、この話終わらせない?」
「……それもそうね」
二者択一なのか。どのみち受け取らないと話は進まなさそうだ。激辛をひいたレオンも気の毒な気もするが、彼は辛いものは平気という。それならば、自分は普通の方を選択しなくては、と思った。奢るという目的も果たせるからだ。
見た目だけではわからなかったアマリアは、勘から選ぶことにした。
「こ、こちらいただくわ」
「ふーん?」
やたらとにやにやしているレオンを見て、アマリアは選択を誤ってしまったと思った。
「……あれ、クロエ先輩?」
「クロエ先輩!?」
レオンがアマリアの後方を指さす。悲しいかな、アマリアは条件反射に振り向いてしまった。だが、振り返ったはいいがクロエの姿は確認できなかった。
「すげー、走り回ってたから。クロエ先輩」
「本当にお忙しいのね、クロエ先輩……」
「そうそう。いつも忙しそうにしているし。リゲルのとこは毎回にぎわってるし。ってことでそろそろいってみようかー」
「えっ」
気がつけばアマリアはカレーを持たされていた。レオンはにやついたままだ。
「激辛って、どれほどかしら……?」
「さあー?」
「……いただきます」
おそらく自分が選んだものだろうと、アマリアは覚悟を決めてそれを口に運ぶ。そして口にした彼女は首を傾げる。
「……?」
辛みは確かにある。だが、舌をやけつくすような辛さではない。程よく辛く、それが旨さを引き立てている。
「大丈夫だった、アマリア先輩?」
「ええ、美味しいわ。とっても美味しい。となると、あなたが辛い方かしら」
「そうなるね」
レオンは平然としている。激辛料理は平気といった体だ。
「では私、支払うわね……」
これは必要経費だと自身に言いきかせ、アマリアは相手に手渡した。
収まるところに収まったとアマリアは安堵しているが。
「……参ったなぁ、普段はここまで辛いのには手を出さないんだけど」
「!」
アマリアは青褪めた。結果としてアマリアは美味しいカレーにありつけたが、レオンは激辛を味わうことになるのか。
「レオン様、私がそちらを食べるわ。ちょうど激辛に挑戦してみたかったところなの」
「先輩……、人良すぎじゃない?」
「そういうのではないわ。私がそうしたいだけ。ほら、交換しましょう?」
レオンに交換を促しても、相手はただアマリアを見たままだ。
「……知らないよ、痛い目見ても」
「……?」
射竦められたようだった。アマリアは喉を鳴らす。それは未知なる辛さに挑戦をせざるを得ないからだろうか。それとも―。
「……どうしても食べたいっていうなら、食べてみようよ。アマリア先輩、めっちゃ勇気あるー。じゃあ、挑戦いってみよー!」
「レオン様……?せめて、自分で食べ―」
いつもの朗らかなレオンに安心ししつも、事態は迫っていた。スプーンごとアマリアは口に突っ込まれてしまった。痛みに備えて思わず目をつぶる。
「……?」
予想していた辛さはやってこなかった。それどころか、ついさっき味わったカレーと同じ辛さだった。呆然としているアマリアを見てレオンはしきりに笑う。
「……先輩ってば普通に騙されちゃってる。本気で激辛買ってきたと思った?」
「もう、レオン様……?」
「ごめんごめん、ついつい悪ノリしちゃった」
眉を垂れ下げながら謝られると、強くは出れない。元々軽い悪戯に怒る気はアマリアにはなかった。
近くのベンチに腰掛け、二人は並んでカレーを食す。その間レオンは他愛もない話を続ける。彼の話のネタは尽きることもなく、気が付けばアマリアは完食していた。その直後にレオンも手を合わせていた。彼も食べ終えたようだ。
「あー、うまかった」
「ええ、ごちそうさまでした」
二人でまったりしているなか、アマリアはある視線が気になっていた。
「……」
「……」
屋台の店主が心配そうな視線を送っていたのだ。そして、水差しを持参しながら二人の元へとやってくる。
「……どうぞ、おかわりです」
「まあ、ありがとうございます」
「どうもー」
「……」
やたらと店主はレオンに視線を送っている。レオンはいつものように朗らかに笑っているだけだ。おかわりを促しても、軽くいらなーいと返された。店主は浮かない顔をしながらも、二人に一礼をしてから去っていった。
「どうなさったのかしら、あの方?」
「ねー?」
さてと、レオンは立ち上がる。どうぞと手を差し出されたアマリアは彼の手をとる。エスコートされる形だ。
「ありがとう、レオン様」
「いえいえ、このくらい。で、次はどの店いく?」
「そうね、次は―」
アマリアははっとする。レオンは確か先約があったはずだ。友人達との集まりを抜け出したのは、荒稼ぎをしたかった為。となると、もう用はないはずだ。
「レオン様。確かお約束があったはずでしょう?お付き合いありがとう。美味しかったし、楽しかったわ」
それなのにレオンがこうしてアマリアと付き合ってくれたのも、彼なりに気遣ってくれたなのかもしれない。
「ああー、そういやそうだった!」
レオンは、そういえばといった反応だった。これは忘れていたのではないだろうか。そうではないとアマリアは信じたいところだった。
「って、アマリア先輩よく知ってたね」
「ええ、まあ、ええ」
「あー、うん。アマリア先輩と同じクラスの人たちだからだね」
目が泳いだアマリアを見て、レオンは色々と察した。
「でも、先輩一人にするのもなー。せめてエディ君来てればよかったんだけど」
「いいえ、私は大丈夫よ。それに、そろそろ帰ろうとも思っていたの」
「えー、せっかくなのに。もうちょっと遅れていこっかなー」
「ほ、本当にいいのよ?」
「いやいや遠慮しなくていいってー。もっと案内するし!そうしよっかなー」
そう、レオンは気を遣ってくれている。だが、それ以上に。
「別にさ、あの人たちとそこまでしてって一緒にいたいかっていうと……」
「え……」
レオンがその集まりに乗り気でないように見えた。アマリアが思わずじっと見ると、レオンも目を見開く。そして自身の口元に手をあてた。
「……あー、いやいや。……あいつらはさ、いつだって学園でも寮でもつるめるじゃん?でも、ほら!アマリア先輩とか超レアじゃん!?」
「私はレアだったのね」
「うん、いっつもエディ君と一緒じゃん。たまに新月寮の人たち。って、やっぱアマリア先輩にはエディ君だよな!」
「!?」
そう言われるほどエディと一緒だろうか。アマリアが思い悩む間に、レオンは周りの人間に何かを尋ね始めていた。誰を相手にしても親し気にしている彼をみていると、学園の生徒の顔は網羅しているという説は、ほぼ間違いないのだろう。
「お待たせ、アマリア先輩!エディ君、門の方で見かけたって人がいた。もう一回引き返すことになるけどいいよね?」
「レオン様……?」
「はー、良かった!とりあえず約束破るのよくないし、かといってアマリア先輩一人にするのも良くないし」
レオンは胸を撫でおろすと、アマリアの方を見る。
「ってわけで、あとのエスコートはエディ君にお任せするから。それまではオレにお付き合いくださいっ」
「いいのかしら。レオン様もエディも」
「いいのいいの。オレもいいし、もちろんエディ君だってね!」
エディが市に訪れていたのも驚いたアマリアだったが、目の前のレオンのことが気にはなっていた。
「レオン様が良いようになるのなら、有難いしそれでいいと思うわ。……レオン様は、いつも周りのことを考えておられるのね。だからこそ、あれだけ多くの方々に好かれる。すごいわ」
「……はは」
渇いた笑いと共にレオンから笑顔が消える。なにか失言してしまったのか、とアマリアは相手の顔を見る。
「買いかぶりすぎだって。オレ、なんも考えてないからー」
「……そう」
「いや、本当に。ここの学園にきたのだって。―俺が『愚か』だからだし」
「……?」
愚か。いつものレオンから出てくる言葉とは思えなかった。
「……要するにおバカさんってこと。ってさ、ここでぐだぐだ話している場合じゃなくない?エディ君見失っちゃうよ?」
「それならそれで構わないわ。探し回るのは慣れっこだもの」
レオンと別れてから探し回る気満々のアマリアだ。そんな彼女に対しレオンは噴き出す。
「……ぶはっ!確かにそうだ!いつも走り回ってるもんね、アマリア先輩!」
「そ、そんな、いつもなんてないわよ。少なくとも学園ではだし。まあ、せいぜい一回くらいでしょう……?」
某令嬢の隠し飼いの小鳥を追いかけ回したくらいだ。かの劇場街ならばいざ知らず。
「あー、うん。そうだね、そういえば」
「……とはいえ、走り回らないに越したことはないわ。参りましょうか」
「うん。だね」
そうこう話している内に、すっかりいつものレオンに戻っていた。アマリアは内心ほっとしつつも、心のどこかでひっかかりを覚えていた。
ちょろいと思われてそう。