レオンとめぐる月初の市
先程、レオンが話してくれた通りにアマリアは門の近くまでやってきた。クロエを連れていくことは叶わなかったが、せめて自分だけでも顔を出すことにした。
門付近では人が集まりつつあった。アマリアも人並みに流されるようにして進む。
「……?」
お揃いのうさぎのぬいぐるみを持った少女達の姿もあった。ついさっき店先であった生徒達だ。アマリアと目があった彼女達は笑顔で会釈してくれた。すっかり悪名高いアマリアに対し、そう接してくれる。その事実にアマリアは内心感動しつつも、自身も笑顔で返す。
「ふふ」
アマリアの心は晴れやかだった。空も変わらず快晴だ。このまま良い気分のままでいられると思ったが。
「……!?」
目を疑った。ピンクだ。ピンクの『あの存在』がいる。アマリアは愕然した。
人混みに紛れていたのは。―劇場街でおなじみのウサギの着ぐるみだった。それもピンク色の存在であった。
「ど、どういうこと……?」
本来こちらにはいるはずの存在だ。だが、異常なことには変わりない。アマリアは慌てて追いかけようとするが、すぐに見失ってしまった。瞬きひとつの間で相手は忽然と姿を消してしまったのだ。
幻だったかのように。
「ねえ、そろそろじゃない?」
「今月も楽しみにしてたんだー」
期待に満ちた生徒達の声によって、アマリアは現実に引き戻される。学園の生徒達もそうだが、店を抜け出してきた店員達もちらほらと確認できた。
「はい、どーもー!」
軽快な挨拶と共に現れたのは、大きな玉の上でバランスをとっているレオンだった。歓声が上がる。それに応えるように大きく手を振るレオン。
「っととと」
それでバランスを崩しそうになってしまう。一人ハラハラしていたアマリアだったが、レオンは何てことなく体勢を立て直す。周囲は軽く笑いをもらす。
「お約束かよー」
「様式美といってー」
男子生徒の野次にもレオンはそう答える。掴みはよし、とレオンは次から次へと芸を繰り広げていく。
不安定な足場から次々と披露されるのは曲芸だった。その場にいる誰しもが魅了されていた。
「……」
アマリアもその一人になりかけていた。だが、浮かれきることは出来ずにいた。
見覚えがあった。そのボールさばきにも、軽やかな所作にもアマリアは見覚えがあったのだ。―劇場街で会ったウサギの着ぐるみ。その中でも大柄の存在もこうして曲芸を繰り広げていた。どうしても重なってしまう。
「!」
このタイミングでどうしたことか、レオンと目が合ってしまう。彼はあくまでいつもの笑顔だった。アマリアも同じように返そうとするが、うまくはいかなかった。
「どーもー!ありがとー!」
一通り終えたレオンは、観客達におじぎをする。
「今日も良かったぞー!それで食っていけるぞー!」
「レオン先輩かっこいー!」
「うん、知ってるー!」
調子に乗ったレオンにおいおいと突っ込みながらも、盛大な拍手は起こる。そして次々と投げ込まれるのは硬貨だ。いつの間に用意されていた箱の中が溢れかえりそうになる。
「……」
これは観客料だろうか。アマリアはさすがに、と学園の硬貨に手をつけようとするも。
「はいはい、いつもありがとー!じゃあ、みなさんお昼ごはんいっといでー」
早々とレオンは箱を持ち上げ、お開きにした。かつての観客達も散り散りとなっていく。レオンに用があったアマリアは残る。レオンはボールの空気を抜いたあと、報酬の効果を袋にまとめる。そして、アマリアに近寄った。
「いやー、稼いだ。あれ、クロエ先輩は?」
「残念ながら先輩はお忙しくて……」
ガサ入れの件は伏せておく。結局クロエは来られない。レオンも楽しみにしていたはずだったが、返ってきたのはふうんという気のない返事だけだった。それ以上気にも留めないと、別の話題を彼は振ってきた。
「先輩、どうだった?」
「お疲れ様。ええ、すごかったわ。鮮やかで」
「……そう?先輩、途中すごい顔していたから。やらかしたかなって」
レオンはあくまで軽く言う。
「それは……」
自身が思った以上に顔に出ていたようだ。だが、正直に答えらるものではなかった。
―夢の中で会ったウサギの着ぐるみと同じ動きをしていました。同一人物かと思えるくらいでした。
などと、言えるわけがなかった。不審がられるオチだろうとアマリアは考える。
「すごかったと思ったのは本当よ。実に見事だった。そうよ、お金を払わなくては」
「ってなるじゃん?だから、先輩からはお金を取らないことにした」
「なんと……」
レオンが箱を持ち上げたのも、遠回しにアマリアからのお代を拒む為だったようだ。
「オレ、別にプロじゃないし。ああいうのは気持ちの分だけでいいし。本当に楽しんでくれて、それで少しでも対価を払いたいとなった時でいいわけで」
「それなら尚更だわ」
素人とはいうが、見事といったのはアマリアの紛れもない本音だ。お金を払うにも相応しいものだった。
「じゃあさ、昼メシ奢ってください。それなら同じでしょ?」
埒が明かない、と呟いたのはレオンだった。それからアマリアの顔を覗き込むように近づける。距離感がいつもながら近い。そのことにいつまでも慣れないアマリアは、後ずさる。
「……確かにそうだわ」
結局手につけることになるが、アマリアは必要経費と思うことにした。
「ええ、ここは乗りましょう!レオン様もお疲れでしょうし、ここで英気を養っていただかなくては!」
「いちいち言い方面白いなー、この人」
決して馬鹿にしているわけでもなく、奇異にみられているわけでもなく。ただレオンは淡々と素直な感想を口にした。
「……!」
それが却ってアマリアには堪えてしまった。何はともあれ、ぼちぼち歩き回ることにした二人だったが、レオンは言いづらそうにしながらも口を開く。彼はどうやら何気に気になり続けていることがあるようだ。
「あー。……ところで、アマリア先輩?オレ、お披露目前に先輩見てたんだけどさ。……先輩さ、変な方向見てなかった?」
「変な方向って。……あ」
幻覚とは思っているが、ウサギの着ぐるみを見ていた。だが、それをおいそれとアマリアは言うわけにはいかなかった。
「そ、そうね。私は何を見ていたのかしら?」
「え、なにこの人こわい」
レオンが平坦な調子で言う。アマリアもアマリアでおかしい人と思われたと。
「いえいえ、違うわ。そう、言うなれば!この世界にいるはずがないものってとこかしら?」
「え、なにそれこわい!」
レオンは飛び上がった。増々奇妙な人物と思わてしまったのか。アマリアは焦る。レオンも青褪めており、アマリアと距離をとる。
「いえいえいえ、違うのよ。結局見間違いだったと思うの。だから怖がらせたなら申し訳ないと」
「べ、別に怖がってないし?さ、いこいこ!」
レオンの中では終わった話のようだ。アマリアを急かす。それから二人はとりとめない話を続けていた。
怖がり疑惑。