ガサ入れならば仕方ない
「そろそろかしら」
じきにクロエとの約束の時間となるので、アマリアは散策を切り上げることにした。彼女はクロエとの待ち合わせ場所、講堂へと向かう。
講堂ではリゲル商会も出店したようだ。ちらほらと聞こえた話からすると、宝飾品も扱っているという。アマリアの故郷にも宝石の行商人は度々来ていたが、とんでもない値段に目が飛び出しそうになっていた。行商人が来る度、毎回であった。
「ふふふ。……行きましょう」
所詮は雲の上の話だと、子爵令嬢のアマリアは自嘲する。
講堂の近くまでやってきたアマリアは、クロエの姿を目にする。タータンチェックのスーツはリゲル商会の制服だ。クロエの場合は、フリルを使ったりとアレンジされていたが、それが彼女の見た目によく似合っていた。むしろ、そんな可憐な見た目の彼女だからこそ、許されることなのだろう。クロエはいくつかの箱を抱えて、ふらついていた。アマリアは急いで駆け寄る。
「お持ちしますっ」
「あ、アマリアさんだ。じゃ、これ半分お願い。講堂の裏まで持っていくんだ」
「はい」
箱を気持ち多めに取ったアマリアは、クロエの後に続く。クロエは甘えることにした。なにせ、小柄な彼女だと視界が確保できていなかったからだ。
講堂の裏手に回ったあと、二人は箱をそのまま下ろす。直に置いて良いのかとクロエに尋ねたが、クロエは問題ないと返答する。良かったようだ。
「ふー、助かった。ありがとね、アマリアさん。……あれ?」
「お安い御用です。……?」
一息ついたクロエが指したのは、アマリアの髪型だった。気づかれたと、アマリアは照れながらも説明する。
「その、せっかくですし。それで、先輩のように……。先輩と……」
しきりに照れているアマリアは、何かを言おうとしては照れてやめるを繰り返していた。クロエは悠長に待つ。
「うん」
「……そうです!先輩のおしゃれさを参考にさせていただきました!あくまでおしゃれっぷりを参考にと!」
「なんだぁ、おそろいじゃないの?」
「本当はおそろいのつもりでした……!」
本音を言ってしまったようだ。アマリアの顔はますます赤くなる。
「うん、良い感じ。似合ってる」
「ああ、そのお言葉が有難いです……」
さらりとだが、褒めてくれた。朝から頑張ったアマリアは報われた思いだった。
「さてと、この箱を受け渡したら。とりあえずは私、昼休憩いけるから」
「この箱をですか。お一人でしたら大変でしょうし、私もお手伝いを……」
アマリアはぎょっとする。クロエには言えてないが、そこそこの重さがあった。二人ならともかく、一人で持っていくとなると大変だろう。
「あー、いいのいいの。彼なら喜んで持っていってくれるから。気にしなくて大丈夫だから―」
「お嬢ーーー!!」
よく通る声は、アマリアが存じている寮の先輩だった。通称クロエの犬。クロエに甲斐甲斐しく尽くす青年だった。クロエだけではなく、アマリアもいることに気がつく。ごめん、とだけ言うと、彼はクロエに本題を切り出した。
「お嬢、マズいっす。ガサ入れだよ、ガサ入れ!」
「!」
アマリアは思わず、なんと!と言いかけた。話の腰を折るところだった。ガサ入れという物騒な言葉が出てきたこともある。静観することにした。
「……ふう。生徒会?」
ちらりとアマリアを見たクロエだったが、今は状況確認を優先することにしたようだ。どのみち、アマリアは口は堅そうだとふんだ。
「さすがっす、お嬢!今、なんとかごまがしてはいるけど」
「わかった。私も駆けつける。裏から手を回すから。……ごめん、アマリアさん。埋め合わせするから」
クロエは手を合わせて詫びる。何が何だかわからないアマリアではあったが、クロエ達が大変だということはわかる。
「お、お構いなく」
「うん、その話も今度ね。ごめんね!」
手早く話を切ったクロエは、申し訳なさそうにはしていたもののすぐに去っていった。余程の事態なのだろう。アマリアは無事切り抜けられるようにと祈った。