暖房騒動の行く末
本日も高度な授業を受け、昼食を終えたあと眠ったエディの傍におり、またしても難解な内容に頭を抱え、そして。アマリアの本日の学園生活は終了した。
「―午後の授業?俺、昼以降の記憶がない」
「……あなた、自分で教室に戻っていったでしょう?」
「そこの記憶すらない」
「え」
アマリアはエディと帰路についていた。夕方頃になるとエディは冴えてくるようだ。
アマリアはここぞとばかりに雑談しようとするも、エディから返ってきたのはこの内容だった。
そうこうしている内に、新月寮へと着いた。寮の前では人だかりが出来ていた。中心にいるのはクロエや寮母といったメンツだった。何やら説明をしているようだ。
「みんな、ごめん。まだ復旧には時間かかるんだって。この寒さでしょ?ダイニングルーム解放します。そこで今晩は寝泊まりしてください」
なんと、とアマリアは小さく呟いた。クロエによる説明に耳を傾ける。今回の故障は二つの寮にて起こったことだった。となると、満月寮の方の復旧が優先された。案の定、この寮は後回しにされたのだ。
「いや、まあ仕方ないよね……」
非難されているわけではないようだが、そこにいる誰も彼も表情が暗かった。
学園からは満月寮の一部を間借りすることも提案されていた。大方の下の学年生や、体調が優れない生徒はそれに従う。寮母が監督者としてついていくことになった。寮長のクロエはこちらに残ることにした。それはクロエから望んだことだった。
「―いつものことだし」
ある一人の生徒がそう呟く。いつだって満月寮ばかりが優先されていた。それは学園においても当然とされていた。だが、面白く思わない寮生も少なからずいる。特に長年そうされてきた上級生たちがそうだ。意地だろうが、留まることにしたそうだ。
各々寮へと入っていったあと、アマリア達が残される。
「あ、アマリアさんにエディ君?」
疲弊していたクロエは今、二人の存在に気がついたようだ。彼女は力なく笑う。
「二人もさ、今晩満月寮のお世話になった方がいいと思う。入寮したばかりだし。向こうもね、便宜図ってくれると思うから。ほら、向こうにだって人格者だっているでしょ?嫌な思いとかはそうないと思うから」
「クロエ先輩……」
クロエは案じてくれるのだろう。
「お心遣いは嬉しいです。ですが、私はこちらの寮に残りますね」
だが、アマリアは首を振った。エディも同意見だと頷く。
「……そう?」
「ええ。薪割りなど何なりとお申しつけください。私、実は得意なのです!」
力強くそう言うアマリアに、思わずクロエは笑いをこぼしてしまった。
「ありがと。一応薪はたくさんあるから、他になんかあったらお願いね。アマリアさん、寒さに弱いでしょ?辛くなったらいつでも言ってね?」
「はい……」
クロエは自身の肩を回すと、寮に戻っていった。寮生が辛い思いをするのは、クロエにとっても耐えがたいものなのだろう。下手に寮生が責めないのもあるかもしれない。いつもと比べると、やはり彼女は元気がない。
「……お疲れよね、クロエ先輩」
「……」
そう口にしたアマリアと共に、エディもクロエの背中を見守った。
自室に戻るのは最低限の用事を済ますだけ、今夜の新月寮の生徒達はダイニングルームに入り浸りだった。消灯時間になるまで、他愛ない雑談が続いていた。灯りは消され、ストーブの炎の揺らぎだけが明かりとなる。
「オラ、ガキどもはそっち行け」
威圧的な態度をとっているのは、最上級生の男子生徒だった。強面な彼が、残った年若い生徒達を押しやっている。対する最下級生達は抗議している。
「は?オメーらと一緒にすんなや。お前らガキとはなぁ、違うんだよ!」
一見、酷い言いようだった。だが、それを見守る周囲の眼差しは温かった。何てことはない、下級生達にストーブの周りを譲っているだけだった。割を食うのは、自分達上級生でいいという話だった。
「あ?何みてんだよ?」
「いえ、失礼しました」
次はアマリアのような女生徒達に場所を空けてくれた。寒さには弱くとも、風邪耐性はあるアマリア。それとなく端の方には寄っていた。暖房から離れたとなると、一転として冷えたものになった。ストーブのおかげで辛うじて寝られはする。けれど、室内全体を暖めるとなると、それは厳しいものだった。
中間の学年であるエディは、かなり後方にいた。あまり人がいるところが得意ではないのだろうか。性別の差がある、おいそれと近づけるものではなかった。うつらうつらとしていた。
―時間が経ち、寮生たちも寝静まっていく。アマリアにもようやく眠気が訪れ、
「―アマリア先輩?」
「わっ」
アマリアが布団にくるまっていると、近くにやってきたのは後輩にあたる女子生徒だった。艶やかな髪に泣き黒子が特徴的な少女だ。新月寮では珍しくきちんと挨拶をしてくれる彼女は、振る舞いも品があった。実際、名門の令嬢だという。ただ、アマリアにとっては―。
「……こうして、寄り添っていた方が温かくありませんか?」
「そ、それもそうね」
「ふふふ……」
妙に距離が近い後輩だった。それとなくさりげなく、体に触れられる。
「……先輩っ」
かわって離れた距離のエディが立ち上がる。彼もなにかの危険を察したのだろうか。注目が集まる彼に対し、かの女子生徒は薄く笑う。
「いやね、何か勘違いしているのかしら。どういった想像をしているのやら。こうしてアマリア先輩を包んであげているだけですよ?ね、アマリア先輩……?」
「!」
今にも抱きすくめられそうになるアマリアは、さすがに雰囲気が怪しくなっている事に気がつく。それとなく距離をとるも、詰められる。それを繰り返している。さすがにエディも割って入ろうとした。
「……はいはーい、二人とも。そんな寒いとこいないの。こっちおいで」
見かねたのか、クロエが手招きしてくれていた。他の起きていた先輩たちもだ。
「クロエ先輩……!」
アマリアは助かったと思った。その有難い申し出に乗ることにした。隣の少女はというと。
「ふふふ……」
悦に浸りながらも、彼女もアマリアについていく。よくわからないが、身の危険は避けられたようだ。思い込みだとアマリアは自身を咎めようとする。だが、こうして少女に巻き付かれた状態で寝ている身としては、決してそうではなかったのだろう。
「大人しく寝よ?」
「ああ、クロエ先輩もつれない……。そこがいい……」
クロエも牽制しておく。一応寮長には逆らえない方針の彼女は、大人しく寝ることにしたようだ。アマリアにまとわりついたままではあるが。
「心配しないで、アマリアさん。これ以上悪さはしないと思うから」
「ありがとうございます……?しかし、悪さなど」
「彼女、スキンシップが過剰なだけだから。本当に嫌がられれば、やめてくれるはずだから」
「はい」
「……うん。やめてくれる、はず」
しどろもどろになるクロエだったが、アマリアは信じることにした。奇しくも彼女は体温が高いようだ。アマリアも自然と温まった。
「……」
アマリアが思い浮かんだのは、エディのことだ。彼も体温が高かったはずだと思い出す。ちらりとエディのいる方を見る。彼は寝てはいなかった。座り込んだまま、宙を見つめている。眠れないのだろうか。
「!」
今朝のことも頭から離れてくれなくなる。アマリアは顔を赤らめてしまい、そのままエディから視線を外しそうとする。
だが、エディはその視線に気がついたようだ。アマリアは誤魔化すように笑おうとするが、早く寝たら?とエディは口の動きだけで返す。それだけだった。彼は、また天井を見つめていた。
「くしゅんっ」
誰かがくしゃみをしたようだ。暖房が行き渡っていないこともあり、冷えるには変わりない。
「……」
エディは寮生を見渡していた。そして、何かを考え込んでいる。アマリアはそれが気になった。エディに声をかけようとするも、いいから寝たら?とまたしても返されるだけだった。
「くっ……」
もやついた心のまま、アマリアは今度こそ眠ることにした。
「……?」
瞳を閉じ、今にもアマリアは眠りに落ちていきそうだった。頬を撫でたのは温かな風だった。次第に温もりに包まれていく。それはアマリアだけではなく、他の寮生たちもそうだった。そのまま穏やか眠りへ―。