プレヤーデン学園の朝の風景④
ロベリアが教えてくれた通りだった。本校舎に至る道を走ると、待ち換えていたのは。
「ああ、やはり……」
学園の風紀を守り、模範で有り続ける存在。プレヤーデンの生徒会だった。本日は朝から彼らが風紀指導を行っている日だった。銀縁眼鏡の少年に、髪を切り揃えたおかっぱの少女。他の生徒達も身だしなみがきちんとしている。見るからに真面目そうな生徒ばかりで構成されているのが生徒会だ。
「―いい加減にしてくれないか」
ヘンドリック・シュティア・ディアマント。その中でもひと際目を惹くのが、生徒会の長であるこの少年である。四年生である彼は、先代会長の指名を受けて、会長に就任したばかりである。
肩につかないくらいの髪をきっちりと七三で分け、背筋を正して立つ彼は堂々としていた。目鼻立ちはくっきりとしていながらも、鋭い目つきで近寄りがたさを醸し出している。
彼において最も印象的なのは、その瞳の色だ。オッドアイであり、この国ではとても珍しいとされていた。それを彼は隠すこともなく、人目に晒している。
そんな彼は今、スーザンに絡まれていた。
「まあまあ、そう言わずー。会長さんもさ、息抜きって必要っしょ?息抜きってなるとさ、そこはラブじゃん?そこんとこ、どう?」
「ああいいさ、何度でも答えてやる。私は色恋など全くもって興味ない。全くもってだ!」
まとわりつくスーザンを歯牙にかけることもなく、彼は断言する。
一応は上の学年の生徒に対しては先輩と呼ぶものの、彼の生徒に対する態度はあくまで一貫していた。
「……」
アマリアは気が付く。スーザンは与太話をしつつも、時間稼ぎというよりも会長の気を引いてくれていたようだった。アマリアの存在に気がついたスーザンがハンドサインを送る。こそこそと他の生徒に紛れて通過すれば大丈夫のはずだ。スーザンへの敬意を込めて、こっそり会釈した。
「!」
エディと腕を組んだままだった。アマリアは素早く離し、そして今度はアマリアが彼の腕を掴む。このまま校舎まで行ければと、足早に急ぐ。
「―腕組みとは感心しないな、アマリア先輩」
「……!」
「めざとっ」
そう呟いたのはスーザンだ。アマリアは気付かれたことに呆然とする中、思い当たる。腕を離す前からとっくに知られていたのだろう。
「さて、刻限か」
ちらりと本校舎の扉に目をやった彼は、今残っている生徒達を見回す。
「―この場に残っている生徒達に対し、特別指導を行う」
「!」
「何だ、当然だろう」
周囲はざわつく。まだ始業の鐘も鳴っておらず、準備時間にあたる。なぜ時間を守れない扱いにされているのかと。
「時間に余裕を持って行動が出来ない。それでは当学園の生徒としての品格が保てない。―私達が直々に指導するまでだ」
ブーイングを起こそうにも、生徒会は学園ではかなりの権力を持つ。それに間違ったことを言っているわけではない。生徒会のメンバーや、会長を信奉する生徒達に塞がれてしまった。押しのけるなど出来るだろうか。居残った生徒達は大人しく従おうとする。
「……この場にいなきゃ、いいってこと?」
「ひゃっ!?」
アマリアは突然の浮遊感に襲われる。彼女は今、抱き上げられていた。間近にあるのはエディの顔だった。そして。
「なっ……!」
エディはわざわざ会長の頭上を飛び越えた。そして、着地をするとアマリアをそっと降ろす。そして、そのままアマリアと共に校舎に入ろうとしている。
「行こ、先輩。……ああ、勝手にごめん。捕まったら面倒だと思って」
「え、ああ、それはいいのだけれど……。私の事までありがとう……?」
「ん」
本当にいいのだろうかと疑問を抱きながらも、アマリアはお礼を告げた。エディも軽く返事する。
「……いいの、かしら」
振り返ると、周りは騒ぎとなっていた。これを機にと便乗してすべり込む生徒達。スーザンもちゃっかりとあやかっていた。そして、大人しくしていた生徒達からの恨みの視線。何よりもエディにコケにされた会長は、わなわなと震えていた。
「いやぁ、やられましたね。会長、この場にいる生徒って言っちゃってますし」
「くっ……」
悔しがる会長の隣で飄々としているのは銀縁眼鏡の少年だ。会長の右腕として支えている。
「あちらの方は……」
かつてアマリアがバッシングに遭っていた時、さりげなく助け船を出してくれた人物だ。堅物の極みの会長より話が通じると評されていた。そんな彼がアマリアに対して笑む。暗に見逃すと言ってくれているようだ。アマリアは頭を下げた。
「くうう……!」
会長は未だ悔しがっていた。眼鏡の少年はそんな彼を宥める。
「気を落とさないでください、会長。会長は立派な方です。ええ、十分に―」
寄り添うように、優しい声色でそう伝えた。
「……」
アマリアは二人を覗きみた。またしても眼鏡の少年と目が合った。―気がした。その眼鏡の奥底までは覗き込むことは出来ず、少年の真意を探ることも出来なかった。
『じゃ、アタシはこのへんで!じゃあ、また寮で』
颯爽とスーザンは去ったあと、アマリアとエディは二人で階段を上っていた。校内では生徒会の校門待機、そして寒すぎる朝の話題でもちきりだった。
暖房が壊れたのは、新月寮だけではなかった。満月寮もそうだったという。もっとも、復旧が優先されるのは満月寮の方だ。短い時間で直ったという。そして、学園内も暖房設備が正常だった。アマリアは安心するが、ここまで走ってきたこともあって暑いくらいだった。
「あのさ、先輩。眠り王子って、俺のこと?」
「……ええ、まあ」
階段の踊り場で二人の足が止まる。エディはすっかり目が覚めたようだ。アマリアにそれとなく質問する。アマリアはアマリアで急にその話を振られので、どきりとする。声を震わせながらも、その事実は肯定はする。嘘はつけなかった。
「なんか、夢の中で連呼されてたし。つか、夢の外でもそう呼ばれてるの知ってる」
「あの、エデ……。あなたとしては、どうなのかしら」
「……エデ?とりあえず王子はやだ」
エディはすんなりと答えた。となると。
「王子が嫌なの?眠りはいいというの……?」
「別に。眠り男とかならいい。王子は本当やめてほしい」
「眠り男……」
アマリアは脱力した。二人の近くにいた生徒達も口にしながら、通り過ぎていく。眠り男、眠り男だと。これは定着してしまう流れだ。だが、本人のお墨付きならアマリアも反対がしようがない。
「ふふふ……」
「ちょ、先輩……?」
アマリアが暗く笑っていた。原因がわからないエディにとっては、ただただ恐怖であった。
「眠り男が許されるというのなら。私はエディと呼び続けるわ!」
「……なに、急に?」
高らかに宣言するアマリアに対し、エディの反応は冷めていた。
「今さらなに?別にエディでいいだろ」
「そうよね。ええ」
アマリアは一安心だった。本当は嫌だったと言われたらどうしようかと考えていた。
「……エディがいい。あんたにはそう呼ばれたい」
「ええ、エディ!」
アマリアが自信に満ちた表情でいると、エディは軽く笑った。
「―たしかにさ、眠り王子はないよね。ね、エディ君?」
「!」
階段の上より声がする。二人は上を仰ぎ見た。通り過ぎた生徒以外は誰もいなかったはずだ。いつの間に近くまで来ていたのだろうか。
「おはようっす。アマリア先輩、いつもエディ君と一緒だよね」
「そう?」
二人を見下ろす位置にいながらも、陽気に笑っている彼からは悪意は感じられない。朗らかに笑う彼は、男女問わず慕われていた。陽気な男子軍団の中心人物であり、大抵の生徒の顔なら見知っているという。そして、周囲と距離があるエディをやたらと気にかけている存在でもあった。
短めの黒髪も、毎朝無造作にセットされているようだ。ぱちりとした大き目な瞳を輝かせている彼は、アマリアとエディに対し興味津々である事を隠さない。口角が上がっている彼は、いつも笑顔であると言われている。顔立ちに愛らしい幼さは残りつつも、背はそれなりにあり、体格もしっかりとしていた。
「おはよう、レオン様」
レオン・パロクス・シュルツ。彼の名はアマリアも知っていた。学園の有名人でもあり、騎士の名門の出であるレオン。
「『様』。……あー、君づけされたーい!エディ君ばっか気安くてずるくない?」
「君づけですって……?」
「そそ!軽い気持ちでさ。様とかいらんし。ほら、せんぱ―」
それはアマリアにとって、高いハードルだった。困惑するアマリアに構わず、レオンは迫ろうとする。
「予鈴のベル鳴る。それじゃ先輩、またあとで。昼ご飯一緒に食べよう」
「ええ、もちろん。けれど……」
それとなくアマリアとレオンの間に立つエディ。昼飯の提案は快諾するが、レオンの話を遮るようになってしまったのではないか。そもそも、まだベルは鳴ってない。
「エディ君、あからさま過ぎ。ひくわー……。って」
と、同時に予鈴のベルが鳴った。
「言いがかり」
「いや、さっきは鳴ってなかったじゃん!?」
「鳴ったようなもの」
「いやいや、無理あるでしょ」
二人はいつまでも言い合いしそうだったが、次は始業を告げるベルだ。授業に遅れないように急いだ方が良さそうだ。
「楽しそうだけれど、急ぎましょう?それでは、私は行くわね」
軽く手を振って、アマリアは一段一段上っていく。アマリアの教室は次の階だ。ますますもって急がなくては。未だに手を振り続けるレオンを連行しつつも、エディも教室へと向かっていった。アマリアも急ぎ足で階段を上っていく。
生徒会は日々学園をより良くしようと奮闘してます。
あと彼、実は起きてませんかね。