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プレヤーデン学園の朝の風景③

「……寝てるか。まだ寝ているか。キミはとことん起きないねぇ」

「ええ。エディは徹底していますね。……エディ、そろそろ起きましょう?」

 アマリアの腕を頼りにエディは歩いている。歩いてはいるが、寝ながらだった。今朝は通学路が凍っている。今ここで転んでは、エディ諸共倒れてしまう。アマリアの緊張は高まる一方だ。だからこそ。

「アーマーリーアー様っ!」

「!?」

 後方から自分を呼ぶ声に、過剰にびくついてしまった。ひとまず、名前を呼ばれたアマリアは立ち止まった。他の二人も同じる。

 駆け寄る音からして、二人。一人は軽やかに、ご機嫌にやってくる。もう一人は、怒りながらだ。

「ふふ、追いついた」

 ふわりと前に現れたのは、ふわふわの栗色の髪の毛に、すらりとしたスタイルの持ち主だった。人形のように整った顔立ちながらも、親しみある笑顔をみせてくれる彼女は、侯爵令嬢のフィリーナ・カペラ・アインフォルンだった。

「フィ、フィリーナ様だったのね。おはよう」

「うん、おはよう」

 アマリアの一学年下である彼女、フィリーナ。身分も高いこともあり、とてもじゃないが気安い口がきけるような相手ではない。あのスーザンも後方で妙に恐縮している。それほど立場あるフィリーナだが、とある経緯によりアマリアとの距離は近づいた。

「お、おはようス。フィリーナ様」

「ごきげんよう、スーザン様。それに……」

 フィリーナはアマリアの腕に密着している少年を見る。じいっと見る。

「……ああー、そうだ。眠り王子だ。ごきげんよう、眠り王子。といっても、寝てるけど」

 名を思い出せないようだった。だが、眠り王子という言葉が浮かんだ。それでフィリーナは満足そうだった。だが、そうではない。そうではないのだと、アマリアは納得できなかった。彼にはちゃんとした名前がある。

「あの、フィリーナ様?彼はエドュアール・シャサール・シャルロワという名前があってね?」

「そうそう、エドュアール様。眠り王子で定着しているけど」

「なんと……」

 そこまで浸透していたのか、とアマリアは驚いた。

「よくない、よくないわ。そのようなあだ名がまかり通るのも。彼は……」

 睡眠で悩んでいるかもしれない。好きでそうなっているわけではないかもしれない。

「なんで?ナイス命名じゃん?名付けたアタシすごない?我ながらはまって……。っと、別にエディち嫌じゃないって。つか、どうでもよさそう」

「なんと!」

 元凶はまさに後ろにいた。眠りの中にいるエディに対して、いいよね?とスーザンは許可とろうとしていた。エディはこくんと頷いた。寝ている最中の挙動だっただろうが、スーザンは言質とったと主張していた。

「ううん。名前わかったことだし、わたしはエドュアール様って呼ぶ。呼び方ってお互い合意の方が良いと思う」

 フィリーナは呆れながら異を唱えた。つれない、とスーザンは頬を膨らませる。そして眠り王子っていいじゃん、と一人で連呼していた。

「強制させたかしら。そうよね、エディも気にしているような素振りもなかったのだし」

「エディ。……エディ」

 フィリーナは反芻した。アマリアは頷く。

「そうそう。親しみも込めてエディなのよ」

 アマリアは鼻息を荒くして、良い呼び方だろうと伝える。だが、フィリーナの反応はよろしくない。

「ううん、エドュアール様。わたし、彼のことよく知らないし」

「……?」

「親しみっていうけど、親しい間柄じゃないし。まともに話したことないし」

「はっ!」

 アマリアは青天の霹靂だった。そして。自分は、自分はなんなのかと問い続ける。

「わ、私は、さも当然のように!私だって彼のことをよく知らないのに……」

「アマリア様?おーい」

「―はっ!失礼しました、フィリーナ様」

 フィリーナの問いかけで正気には戻る。だが、アマリアは今になって不安になってしまった。彼をエディと呼んだのは、アマリアからだ。『あの時』はああいう流れであり、そういう雰囲気だった。

「彼も気に留めないようならば、どうぞ眠り王子と……」

「ほーら、やっぱ眠り王子じゃん!だって、王子だよ!王子って勝ちワードじゃん!」

 後方で勝利と叫んでいるのはスーザンだ。そして屈服しているのはアマリアである。

「……なにこの流れ」

「ええ、全くです。朝から品性の欠片もありません」

 呆然としているフィリーナの真横に立ったのは、凛とした長い黒髪の少女だ。調子に乗っていたスーザンも鳴りを潜めた。それほど厳粛である女子生徒だった。

 彼女の名はロベリア。フィリーナの幼馴染にして一番の親友である。ロベリアを目にして緊張したのはスーザンだけではない。アマリアもであった。それでも挨拶は欠かさずにとロベリアと向き合う。

「ロベリア様、ごきげん―」

「失礼、皆様方。わたくし達急ぎますので」

 ごきげんようキャンセルされてしまった。ロベリアは急いでいるようだ。

「ああ、これは親切心故の忠告です。アマリア様方も急いだ方がよろしいかと」

「ねえ、ロベリア。皆様とも一緒に」

「ああ、フィリーナは心優しいのですね!」

 フィリーナにだけはとびきりの笑顔を見せるが、ロベリアはその提案を受け入れることはない。そしてロベリアが指し示したのは、話題の中心であった眠り王子、もといエディだ。

「ですが、なりません。あちらの殿方を御覧なさい!彼にかまけていては、こちらまで間に合いませんから」

「大丈夫、わたしがエドュアール様を背負う。それか、みんなで全力疾走すれば」

「と、殿方を背負うなどと!何をおっしゃるのですか、フィリーナ!。―そうです、フィリーナ。貴女も貴女です。走っては危ないではありませんか。わたくしは心配でなりません」

「大丈夫、わたしは転ばない」

「その根拠は何なのです……」

 二人のやりとりを見てアマリアは思う。この二人はこれが自然な形なのだと。言い合いはしているものの、互いを想う気持ちは本物だ。―そこにあるのがどのような想いであれ。

「あー、あれか。『ヤツら』が待ち構えているという」

 スーザンの指摘にその通りだとロベリアは頷く。アマリアもぴんと来た。その情報が確かだとすると、急がないとまずい。

「ということです。では、失礼させていただきます」

「ロベリアっ!……またねっ」

 フィリーナの手をとって、ロベリアは勇ましく歩く。彼女らの姿が見えなくなるまで、アマリア達は見送っていた。

「って、アタシらもやばいじゃん!ロベリア様のもほんとだろうし、これ急がんと!」

「ええ、スーザン先輩」

「……すうすう」

 急ごうとするも、エディの存在がある。この状況で寝ていられる彼のことを、羨ましくも、そして苛立ちつつあるアマリア。それでも彼を置いていくことなどできない。

「スーザン先輩だけでもお急ぎください。私達もどうにか間に合わせますから」

 殿方を背負うなどあり得ない。そう否定されたばかりだ。だがこの際、エディが拒否しようとアマリアは構っていられない。自分達が想定している以上にまずいことになりかねない。スーザン曰く、ヤツらが待っているのだから。

「……ふふ、アマっち」

 眉を下げながら笑うスーザンが横を通り過ぎる。

「アタシ、そんな薄情じゃないよ?可愛い後輩達のこと、置いていけるわけないじゃん……?」

「スーザン先輩……」

 アマリアは感動した。後輩思いのスーザンに感動した。先行くスーザンは微笑んでいる。こうして遠くから見守っていてくれるスーザンに―。

「……何故です、スーザン先輩。何故、そのように遠くにおられるのです!」

 口だけだった。スーザンはすでに先行していた。かなり先の方で走っていた。

「いや、ちゃんとつかず離れずで見守るしー?アタシを信じて、アマっち!」

 と言ったスーザンの声が遠のいていく。そして、ついにはその姿までもが―。

 アマリアはひと呼吸し、自身を落ち着かせた。

「……わかりかねますが、信じましょう。ひとまずスーザン先輩を巻き込まずにすんだわ。―あとは」

 残るは眠り続けているエディのことだ。試しでエディを背負うとするも、するりと交わされてしまう。

「……」

 本当は起きているのではないか。そう悪態つきたくなる自身をアマリアは抑える。

「そうね……」

 腕をつかまれた状態でも走れないことはない。けれど、走りづらいはづらい。アマリアは考えた末、掴むエディの手を一度離す。そして、手を繋ごうとした。

「……これってまずいのかしら。果たして、これで合っているのかしら」

 手繋ぎはさすがにやり過ぎではないか。だからと、腕を組むことにした。これも軽々しくするべきではない。

「……非常事態ということで、勘弁してもらいましょう」

 こうすることにより、アマリアは若干走りやすくなった。彼女とて、農作業で鍛えた足腰の強さがある。正直、凍結した道にそれが通用するとは限らない。けれども、運よく転ばずに走りきることができた。


フィリーナはかつては学園女子から憧れられた令嬢の中の令嬢。

ロベリアは彼女の幼馴染です。

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