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プレヤーデン学園の朝の風景②

「……すうすう」

「……うーん」

「……お二人方」

 今日も寒さの中、本校舎に至る道まで歩いていく。山の中にある新月寮の寮生達はかなりの距離を歩かせられる。学園の中心部にある満月寮とは大違いだ。

「うーん、アマっちの腕をぎゅっとしてるの、ポイント高いんだけどさ?もっとなんかないの?つか、手繋ぎそうな流れだったじゃん!?」

「そのようにおっしゃられても……」

 寮を出てからもエディと手を繋いだままだった。だが、それだけだ。エディは自力で歩いているが、ほぼ寝ているようなものだ。そして、アマリアは彼が倒れないようにと気を配っていた。だが、アマリアも年頃である。気にはなってはいた。

「……その、スーザン先輩?私もかなり緊張していますので」

 異性に腕を掴まれたままというのも、不慣れなアマリアにとっては緊張して当然のものだった。添い寝といい、今の状態といい。刺激的な出来事の連続に、アマリアは目の前がくらくらしていた。

「甘い、甘いよアマっち!確かにアタシもテンションがバリ上がったけど、そんなんじゃこれからどうすんの!そんな序の口でさ!」

「ど、どうもしませんから。……スーザン先輩!何も―」

 アマリアの声が自然と小さくなった。スーザンも、あ、と口を噤む。満月寮の前を通りかかったからだ。

 学園の大半の生徒はこの『満月寮』にて暮らす。格式高いこの寮は、それこそ名門の子息や息女、国外の王族もこの寮にて生活を送っている。自由のない学園の中でも、不自由のないようにと至れり尽くせりである。アマリアはそう耳にしていた。

「ふふ、今朝は災難だったわね」

「本当ですよー、お姉様!もうあり得ないんだからー」

 花のような乙女達が満月寮から出てきた。そのような可憐な乙女達を侍らせている長身の男子生徒はヨルク。薄く褐色肌で、艶やかな黒髪はあげている。そのことにより、彼の彫りの深い顔立ちは全面に出される。漆黒の瞳に射抜かれる女子生徒は続出していた。

 アマリアにはとっては既におなじみの存在であり、奇妙な縁もあった人物だ。

 気持ち後ずさりしようとも、後方のスーザンがそれを阻む。おっほ、と密かに興奮しつつも、アマリアに期待の眼差しを向けた。―何かハプニングを起こさないかと。

「まあ、じきに復旧するとは思うよ。―ん?」

「……皆様、ごきげんよう」

 話の中心人物とアマリアは目が合った。やはり無視はまずいだろうと、アマリアは挨拶と共に会釈する。ヨルクはアマリアの引きつる笑顔をスルーし、優雅に微笑む。

「うん。おはよう、アマリアちゃん。それに、相変わらずなスーザンちゃんも」

「はよっす、ヨルク様」

 ヨルクは目ざとく背後に潜むスーザンにも挨拶した。スーザンも悪びれなく返す。

「それに。……っと」

「あ……」

 アマリアの隣で寝こけている男子生徒、エディともヨルクは初対面ではない。しかも彼女、アマリアの腕を掴んでいる。どこか力も強く込められているようだ。寝ながらもである。

 その事に真っ先に口を出したのは、ヨルクではなかった。

「……ちょっとぉ、なんなのそれ」

 ヨルクを取り囲む女子生徒達は、『ヨルク派』と言われる集団だった。彼の手助けをし、そして不埒な輩を牽制する役割をもっていた。

 その一人が、軽蔑の眼差しを向けていた。密着されているアマリアに対してだった。ヨルクとアマリアの関わりを目にしていた彼女達だからこそ、険しい目つきとなった。

「良くないとは存じてます。けれど、これには深い事情がありまして」

「なによそれ」

 気持ちはわかるとアマリアが言うも、少女達はいきり立ったままだった。朝から彼女達に絡まれるという妙な事態になっていた。このような状況の中、くすりと笑い声がこぼれた。

「ふふ、可愛らしいのね」

 ヨルクの隣にいた女子生徒だった。妖艶で大人びた彼女は余裕たっぷりにヨルクの腕をとると、そのまま自身の腕に絡ませた。そして身を寄せる。

「わたくし達も負けてられないわね」

「あー、お姉様ずるい!」

「いいなぁ……。ほんとお似合いなんだから」

 アマリアに敵意をむき出しだった彼女達も、あっという間にヨルクに群がっていく。

「ははは。ほら皆、行こうか。それじゃあ、またね」

 女生徒に囲まれながら、ヨルクは笑顔を振りまく。そして彼女達と連れ立って、アマリアから去っていった。美女から美少女まで選り取りみどりの彼を、同性の男子生徒も羨ましそうに見ていた。ヨルク様一人勝ちかよ、とはある男子生徒の言葉だ。

「はあー……。朝からすごかったなオイ」

「はい、すごかったですね」

 どことなく疲れたスーザンとアマリア。二人はヨルク当人もそうだが、何よりヨルク派のオーラに圧倒されていたのだ。

「……アマっちさ、やっぱり気にならない?彼のことぉ」

「気になるとは。ええ、華やかな方だとは思います。それくらいです」

 アマリアは取り澄ましながら、そう答える。

「またまたー。口説かれてたくせにー。ドキドキしたんじゃなーい?……アマっち!」

「くっ、口説かれてなど!ましてドキドキなどと!」

 すぐにボロが出てしまった。スーザンが指摘した通り、彼のお気に入りの場所『温室』にて甘い言葉をささやかれていたのは事実だ。だが、それは彼にとっての挨拶のようなものだと、誰もがそう言う。アマリアも自分に対しても挨拶だろう、そう考えていた。

「ま、本命はいるだろうね。もしやアマっちに一目惚れかな、それともさっきの色気ありすぎ令嬢かな。―それか、人には言えないような相手か」

「スーザン先輩はそれほど気になられるのですね」

「そりゃなるよー!そこの眠り王子もいいけど、彼こそ王子オブ王子じゃん!?」

「それは確かに……」

 隣で寝ている眠り王子も、その中性的な見た目から学園の注目を浴びている。それを上回るのがヨルクだ。見た目もそうだが、その生い立ちからもだ。

「気にもなるって。―砂漠の国の王子様の恋愛事情だよ?」

 ヨルク・ジャルウ・モジャウハラート。東方にある砂漠の大国の王族である彼は、留学生としてこの学園にやってきた。異国情緒溢れた彼は、瞬く間に学園女子達の憧れの存在となった。

 どうして自国ではなく、異国を選んだのか。様々な推察がされている。シンプルに他国の文化を学びたかったのか。それとも。―自国にいられない理由があって、この学園にやってきたのか。なにせこのプレヤーデン、訳有りな若者達が集う学園である。それこそ多様で、かつ下世話な憶測を立てられていた。

「もちろん、気になるのはヨルク様だけじゃないけどねー?」

 続々と満月寮から生徒達が出てくる。いずれも眉目秀麗な人物達だ。スーザンも目を光らせている。生徒がまばらになってきても、スーザンはその場に留まろうとしていた。

「いやあ、お宝の山だわぁ。人目がつかなくなったからって、誰か羽目外さないかなぁ」

「羽目とは。……スーザン先輩。参りましょう」

「もうちょっとだけ!朝から出ヨルク様だったし、まだチャンスありそうな気する!」

 これだけ生徒の数が減ってきたとなると、始業の時間も近づいている。というより、用もないのに突っ立っているアマリア達は、ただただ怪しい。

「スーザン先輩、学園でしたらきっと暖かいですよ?体冷やしてしまいますから」

「アマっちぃ。今、この場所なんだよ!ここ以上にさ、アタシをホットにしてくれる場所はなし!」

 アマリアがさりげなく登校を促しても、スーザンは迷いなく拒否した。

「外と大して変わらないな」

「……ああ、まだ体冷える」

 満月寮からまた一組出てきた。可愛らしい見た目の男子生徒が体を震わす。

「ほら、冷えるだろ。こっち来い―」

 大人びた少年が、自然と隣の生徒の方を抱こうとする。すっかり満月寮の生徒がいなくなった。自分達だけと思ったのだろう。だが、そうではなかった。

「ま、まずいって。ほら、あそこ!あそこにいるって!」

「げ、スーザン先輩!あ、いや、おはようございます……?」

 スーザンの姿を見て彼らは慄く。怪異扱いされているが、少年達がこのように反応するのも無理はなかった。スーザンが恋愛スキャンダルを求めまくっているのは、学園では当然有名な話だった。

「はよ。ひどいな、キミたち。人をそんな物の怪のように」

「いや、びびりますって……」

「あー……。いい、いい。アタシ、何も見てない。ほら、キミら遅刻するよー?」

 スーザンの言葉に疑う男子生徒達だが。

「あっれ?アタシ、インタビューしまくっていいの?承諾得たってことかなー?」

「い、いいや!?じゃあ、スーザン先輩、俺達はこのへんで―」

 はいはい、とスーザンは手を振る。そそくさと二人は去っていく。スーザンは遠くから声をかけた。それは念押しともいえた。

「……心配せんでも、キミらの事は取り上げないよー」

「……?」

 アマリアの目から見ても、あの男子生徒達は二人の世界を作り上げていた。スーザンならより一層目を輝かせて、彼らにまとわりつくと思っていたが。そうではないようだ。不思議そうにしているアマリアに気付いたようだ。スーザンは語る。

「なに、アマっち。アタシだって、最低限のラインは守るよ。つか、まずいっしょ」

「まずいとは。あ……」

「男同士。同性愛。アタシが取り上げたとしてさ、見てる方も気まずくなんない?」

 この国においての恋愛観は、不自由かつ厳しいものであった。大いに認められているのは異性愛のみ。それ以外はモラルを問われ、昔なら極刑に値するものだった。今でこそ、新たな女王になってからは認めようという動きも出てきてはいるが、それもごく一部の話である。

 アマリアも故郷に同性愛者がいたから、偏見を持たずにこられた。だが、そうでなければアマリアも差別する側に回っていたかもしれない。そのように教育されてきたかもしれない。

「さーて、出尽くしたかな?お待たせ、アマっちにエディち。行こうか」

「はい」

 スーザンも普段のように気さくに話しかける。冷めた目で見ていたのが、アマリアには引っかかった。けれど、今はスーザンにならって普通に接することにした。

スーザン先輩は恋愛ゴシップが大好きな人です。

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