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真冬の惨事~暖房騒動②~

「―失礼します、私です。アマリア・グラナト・ペタイゴイツァです。……エディ、起きてる?」

 アマリアは自分が何者であるか名乗りつつも、遠慮がちにドアをノックする。この部屋の主に対し、エディと愛称で呼ぶ。エディはアマリアの後輩にあたる人物だ。クロエ同様、他国からの留学生である。といっても、言語に関してはほぼ問題ない。ネイティブに等しいほどだ。それはクロエ達にもいえた。

「……はい、起きてます。ご心配なく」

「エディ?」

 思ったよりも近くで相手の声がした。さすがに玄関口で寝ているわけではないと、アマリアは信じたい。そして、随分とよそよそしい言いぶりだった。エディはアマリアに対し、先輩と呼びはするも基本はタメ口をきいている。

「いえ、起きているのならいいのよ。支度もあるでしょうし、私は行くわね」

 不審と思いつつも、返事はあった。それならば、とアマリアはクロエと合流しようとするが。

「……はい、起きてます。ご心配なく」

「……エディ?」

 それはつい先程聞いた。アマリアは眉を顰めながらも、今一度エディに問いかける。

「エディ、起きているのよね?あのね、暖房器具が壊れてしまったのですって。この状況で寝られるなんて、とてもではないけれど―」

「……はい、起きてます。ご心配なく。うぜぇ」

「う、うぜぇですって……?」

 アマリアの長々とした言葉を遮るかのように、エディはそう返す。イラついているようで、語尾に変化があった。そう言われたことに気落ちしつつも、アマリアはドアを気持ち強く叩く。気落ちしつつも、アマリアもいらっとしたようだ。

 アマリアは考える。これはあれだ。微睡みながらも条件反射で答えているのだろう。変に感心してしまったが、このままではエディにとって良くない。

「気持ちはわかるのよ、エディ。そうね、布団の中が一番楽園かもしれないわ。けれどね、結局寒いのよ。本当の楽園はここではないわ。私もどうかしていたの。あなたのように二度寝をしようとしたけれど、寒さからは逃れられないのよ。だから、エディ―」

「……」

 ついにはエディは返事をしなくなった。ドアの近くですやすやと寝息を立てていた。これはもう玄関口とまではいかなくても、近くで眠り込んでいるのは確定だろう。

「……まずいわね、ここは寮母さんかクロエ先輩のお力添えでもないと」

 殿方、いや他人の部屋に許可もなく入るのはアマリアは気が引けてしまった。改めて声を掛けても、エディから返ってくるのは寝息だけだった。

「……失礼、エディ」

 少なくともエディがまだ部屋におり、そして二度寝を決め込んでいるようだ。試しにドアノブを回してみると、なんと鍵をかけていなかったようだ。ひとまず寮母が出ていかなくても、同じ男性なら無難だろう。アマリアはそう結論づけ、階下にいる、男子の誰かに声をかけようとした。

「……エディ?」

 エディの寝息がぴたりとやんだ。

「起きたの?ねえ、エディ?」

 返事がない。物音すらもしない。

「うう、ごめんなさい!」

 非常事態だとアマリアはドアを開けた。力余って、思いっきり開けてしまった。

 ドアを開けた先、そこには。

 茶色の毛布にくるまりながら、横になっている人物がいた。エディ当人だった。さらさらの金髪にアルブルモンド人特有の翠色の瞳を持つ、中性的な少年だった。アマリアと並ぶと彼の方が若干背が高いくらいである。

 制服は着ていた。準備は出来ていたのだろうに、二度寝の誘惑には勝てなかったようだ。毛布だけでも、と寝室から持ち込んだのだろう。

 エディは瞳こそ開かれている。他は微動だにせずいた。

「おはよう、エディ。起きていた……ひぃっ!」

 時間差はあったものの、アマリアが悲鳴をあげたのも無理はない。下手すれば開いたドアが直撃するくらい、エディが扉の近くにいた。アマリアは異性の部屋以前に、違った意味で心臓がばくばくしていた。

「……ああ、無事で良かったわ。色々な意味で」

「……先輩?」

 宙を見つめていたエディは、ゆっくりとアマリアの方に目を向ける。そしてゆったりと体を起こした。

「……あんたって、『夢の中』でも騒々しいな」

「エディっ!?」

 不意打ちだった。アマリアは引きずり込まれ、気が付けばエディの腕の中にいた。

「まあ、いつものことか。先輩だし」

「……!?」

 アマリアと共に寝転がると、そのまま腕枕の体勢となった。硬直したアマリアに対し、エディは柔らかく笑った。

「……そういうとこ、悪くないけど。でも、ゆっくりすればいいのにって思ってるよ。―こうして」

 穏やかな声だった。エディは毛布を掛けなおし、アマリアと二人、包まれていく。

「エ、エディ?」

「……ん?どうかした?」

 困惑したアマリアに対して、優しくエディは語りかける。思わず目が合ってしまい、アマリアは慌ててそらした。そんな彼女に対してエディはさらに距離を近づけた。それにより、アマリアはより実感してしまう。

 今、エディの腕の中にいること。彼に抱きしめられていること。いつもの気だるげな声はなく、愛しさも込められていると思えそうな語りかけ。そして、彼のぬくもり。温かくて、心地が良くて。そのまま身を委ねたくなるような。そうすることが自然であるかと思えるような。

「……」

 緊張が解けてゆくようだ。慣れない学園での生活、そして劇場街。アマリアを悩ますそれらからも解放されるかのようだった。

「……あんたは、頑張ってるよ。だから、たまには休めばいい」

「……そう、なのかしら」

「うん、そう」

 エディはそう言ってくれる。揺蕩う心地よさにアマリアは瞳を閉じた。

「先輩、寝た?よっぽど疲れていたんだな。そっか、ここじゃ休めないか。このままゆっくりしよう。……このままずっと、二人一緒に」

 エディが耳元で囁いた。彼はどうやらアマリアを抱き上げようとしているようだ。

―アマリアの目はかっと見開かれた。

「それはまずいわよ、エディ!」

「う、うるさっ!」

 つい大声になってしまったが、アマリアは慌ててエディと距離をとる。エディの体温に、その温もりに体を預けきったのは事実だ。だが、事のまずさにさすがに気づく。 このままでは同衾する流れとなる。年頃の男女が共に眠るなんて許されるだろうか。アマリアにはとても許容できることはできなかった。

「大声でごめんなさい、でも、まずいわ」

「……ほんと、安定の大声」

 耳を押さえたエディだったが、彼は大きく瞳を開けた。そして、距離をとったアマリアを見る。

「先輩……?え、本物……?」

「ええ、私よ」

 アマリアは言い切る。エディはエディで目の前の人物が信じられないといった眼差しを向ける。

「……うわっ」

「……」

 うぜぇの次は、うわ。心外だった。だが、大人気ないとアマリアは考え直し、エディに話しかける。

「えっと、ひとまず起きたのね?」

「起きた……?あ、うん、起きた。うん、ちゃんと」

「それなら良かったわ。ええ、調子も問題なさそうね」

「調子とかよくわかんないけど。……俺、寝ぼけてた」

 エディはまだ夢の中にいるようだった。アマリアは腑が落ちた。寝ぼけていたのならば仕方ない、とも思った。彼は夢の中だと思って行動していたのだろう。ここで見る夢は劇場街だけではなく、通常の夢を見る。そのこともあったからか。

「……ごめん、先輩。なんか俺、変なこと言ってなかった?寝起き、本当に悪くて」

「え、ええ。大丈夫よ」

 エディはあくまで悪気はないのだろう。アマリアは蒸し返すこともないと、触れることはなかった。

「……変なことした、とか」

「え、ええ。大丈夫」

 ぎくりとしつつも、アマリアは何てことないと笑う。二人の距離からして苦しい気もするが、アマリアは押し通そうとする。

「いや、してた。なんか、感触残ってる。本当にごめん、先輩」

「か、感触って?」

「先輩を抱きしめてた感触」

「き、聞き返すことじゃなかったわね!き、気のせいだと思うわ」

「気のせいじゃない。確かに先輩を抱きしめた。それと多分腕枕。妙に痛いし。でも、全然嫌じゃなかった。そうだ、俺の腕の中にすっぽりうまっていて、それがたまらなくなって―」

「あのですね、エディ?そのへんでいいと思うのよ?」

 思った以上にエディは重く受け止めていた。彼の思い込みは止まらない。

「本当に俺、おかしなことしてない?取り返しのつかないこととか」

「そんなことないわ。二人でゆっくりしていただけよ。そんな、取り返しのつかないとか……」

 アマリアはそう返すものの、エディの目は真剣だった。彼は決して冗談でも悪乗りをしているわけでもない。彼は本気だった。

「先輩が口にするのをためらうようなことまで―」

 エディの中では相当話が進んでいた。気づいたら距離を詰められ、アマリアは両手を握られていた。平時怠そうにしているエディだが、妙なところでは真面目だった。

「大丈夫よ、エディ!抱きしめられただけ!そう、挨拶のハグよ!」

 アマリアは観念した。抱きしめられたのは事実だと正直に話す。そして、それ以上は何もないと念を押した。

「……どっかの誰かみたいなことを」

「ええ、私もそう思ったわ」

 どこぞの学園一の色男を彷彿させる発言だった。気を取り直して。

「いきなり抱きしめられたら、びびるし、嫌だろ」

「びびる……。驚きはしたわね。ええ、驚いたわ。あなたって温かいんだもの」

「え……」

「それに身を委ねた私も私だわ。本当に温かくて、不思議だと思った。エディは生まれつき体温が高かったりするの?」

 エディの部屋自体は冷えている。後日持ち込んだのか、質の良さそうな木製の家具らがセンス良く配置されていた。だが、満月寮より住環境は断然劣る。それなのに、どうしてこうも彼の周りは暖かいのだろうか。

「えっと……」

 エディは先程から、驚いては戸惑っての繰り返しだった。反応に困らせているようだ。

「ごめんなさいね、エディ。困らせるようなこと言ってしまったわね」

「先輩」

 アマリアを呼んだのはエディだ。アマリアは座り込んだまま、彼を見る。エディはぽつりぽつりと話し始めた。

「俺も、かなり記憶をなくしている」

「ええ、そうね……」

 エディがそうだ。二人が出逢ったのが劇場街。右も左もわからないアマリアに声をかけたのもエディ。そして絶望していたアマリアにとって、救いとなってくれたのも彼である。

「思い出したことだけでも、本当は全部伝えたい。……でも、あんたを巻き込んでしまうかもしれない」

「……」

「つか、先輩だって『婚約者』のことで大変なのに。そこに面倒ごと足したくない。俺自身の問題だから、先輩が悪いとかじゃなくて」

 エディとは劇場街の記憶を共有できた。いまやアマリアに婚約者がいた、その人物がここに通っていたということすら消えている。学園内外でもなかったことになってしまった婚約者の存在。だが、エディも覚えている。かなり特殊であった。

「……エディ」

 アマリアはゆっくりと彼の名を呼ぶ。そして語りかけた。

「ええ。私には婚約者の方がいらっしゃる。でも、あなたのことを面倒で片付けたくないわ。……あなたは、私にとって恩人なの。私が今こうしてここにいられるのも、あなたのおかげでもあるから」 

「……」

「だから、私のことは気にしないで欲しいの。あなたが話したくなったら、いつでも話してちょうだい。そうして、一緒に考えられたらって思っているわ」

「……そうやって、俺のことまで抱えたら。あんた、いつかパンクする」

 そう言ったエディは、ひたむきなアマリアの視線からそらした。アマリアはそれでも構わなかった。アマリアは伝える。

「構わないわ、あなたのことなら」

「……先輩?」

 長い睫毛と共に瞳を伏せていたエディが、アマリアに視線を戻した。探るような目だ。不安にさせないようにと、アマリアは微かに笑う。

「……少しでも、あなたの力になりたいの。それが私の本心だから」

「俺もあんたに辛い思いをして欲しくない。それだけ。……じゃ、話だけでも聞いてほしい。いつになるかはわからないけど」

「ええ」

 エディが少しでも話したくなった時で良い。アマリアはそれでよかった。エディの心が少しでも軽くなるのなら。

 物言わないエディが先に立ち上がると、毛布を片手に抱える。彼は彼で準備を始めることにしたようだ。

「あんたのことだから、クロエ先輩の手伝いでも申し出てるはずだ。早くしてあげたら?」

「そうね、そうするわ。エディも朝食をしっかり摂ってね」

「はい、起きてます。ご心配なく」

 おざなりな返答だったが、これはエディなりの処世術だった。寝起きのよろしくない彼ながらの。

「……適当に返されたわ。まあ、いいでしょう。あなたが凍えていたとかではなくてよかった」

 ひとまずエディの無事は確認できた。退室の挨拶をすると、アマリアはクロエの元へと駆けつけることにした。

「……構わない、か」

 エディは一人ため息をついた。


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