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姉とは違いすぎて

ぎしぎしと音が鳴る螺旋階段を下り、アマリアは大広間へと足を進めている。

「やっぱり……」

 案の定だった。大広間は大宴会場と化していた。その中心で音頭をとっていたのは、黒い巻き髪の無精髭の男性だ。招かれたのは領民だけではない。隣国の要人らしい人物も巻き込んで、酒を浴びていた。しかもその要人の男性は、先ほどの威厳がありそうな男性だった。だが、父はおかまいなしだった。

 ペタイゴイツァ子爵、アマリア達の父その人だった。

「お?アマリアか?」

「ええ、父上。皆様もごきげんよう」

 子爵は娘に気がついたようだ。それに続くかのように、宴に沸く人々も注目し始める。

 艶やかな黒髪がシャンデリアの光を浴びる。彼女のくっきりとした目元が強調された化粧に、光沢のある唇。ビロードの紺色のドレスの裾をつまみながら、ゆっくりと階段を一つ。そして一つと下りていく。

 令嬢そのものだ。感嘆の声があがっていた。

「……」

 アマリアは微笑んでいた。自分は今令嬢なのだと。社交の場にも相応しい姿であると。あくまでも微笑み続けようと、彼女は思っていた。だが、暗示をかけるように思い続けていても、限界はあった。例えアマリアが無理をして、いくら着飾ったとしても。

「本当にお綺麗ね……。さすがは『妹君』ね」

「ああ。こうしてみると、似てるものだなぁ。『姉君』に」

 酒乱の父親の隣にいるのは嫋やかに微笑んでいる金髪の美女。誰もが目を奪われずにはいられない佳人は、アマリアの姉にあたる人物だった。隣にいるのは温和そうな青年。その青年は婚約を申し込んだ貴族だ。弟妹にも温かく接してくれた好青年でもある。聞けば学生の身でありながらも、政り事にも積極的に参加されてるのだという。

「あのドレス、『リゲル商会』からわざわざ取り寄せたのですって!」

 かねてより贈られてきた緑色のドレスは、さすがは姉の為に誂えられたものかのようだ。繊細な刺繍が施されている。

「あれ、いくらするのかしら。……っと、下世話だったわね」

 彼女を美しく彩るのは宝飾品達。大樹をモチーフにしたネックレスが胸元で揺れる。左手にあるのは隣国の貴重な宝石を使用した婚約指輪だ。宝石は大振りでかなり目立つ。

「先生、すごく綺麗です」

「お幸せに!」

「ありがとうございます、皆さん」

 美しい声だ。港町で教鞭をとっている彼女は人柄の良さからか、多くの教え子から慕われていた。生来の美しさだけではない。心までもが美しいとよく賛美されていた。

 そんな彼女は誰からも愛される。誰もが彼女に訪れる幸せを祝福していた。

―いくら着飾ったとしても。誰もが望むのは、選ぶのは姉の方だ。今までも。そしてこれからも。

 

 宴はますます盛り上がりをみせていた。アマリアは姉にお祝いの言葉を伝えたかったが、中々姉の元へはいけなかった。姉に人が群がっているのもそうだが、アマリアはアマリアで話しかけられていた。馴染みある領民だけならともかく、異国からの客人の手前もある。アマリアは態度を崩すことは出来ない。領民達もまた、彼女の立場を考えて自然に接することにしていた。

「いやあ、姉君はおめでたいね?相手側も話が早いときた!来年の夏かぁ」

 姉の相手は相当乗り気のようだ。姉の婚約者は来年に卒業するのだという。そして卒業と共に婚礼をあげるのだという。アマリアの方は確定されているわけではない。姉の方が先に婚姻をあげることになるだろう。

「本当に話が早いですね……。こんな急に」

 アマリアは冷や汗をかく。それを場の熱気によるものだとごまかした。

「さあ、次はアマリア様だ!我々も楽しみにしてますよ!」

「姉を祝福していただいてありがとうございます。そのお言葉、わたくしもあやからせていただきますね」

「いやはや、アマリア様も良い殿方に見初められますって!我々も楽しみにしてますね」

「実はあったりするのではー?どうなんですか、えー?」

 酒によってご機嫌になった領民達はアマリアに絡んできた。アマリアは彼らの発言の意図がわからなかった。相当酔っぱらっているのだろうか。だからこそ、このように言ってくるのだろうか。―まるで、アマリアにはまだ婚約者がいないかのように。

「どうなさったのです?わたくしにも婚約者はおりますでしょう?」

「えええ!いらっしゃったのですか!初耳ですね」

「その、どういったお方なのでしょうか」

 紅潮する彼らに対してアマリアは青褪めていく。彼らのこの反応は何なのだ。本当にアマリアに婚約者がいなかったかのようだ。アマリアの胸はざわつく。

 あの時のようだ。あの意識が遠のき、彼の事を忘れかけていた時のようだった。アマリアはそう思った。

「―妹の婚約者として、申し分のない方です。この御方ならば、妹を任せられると思えるほどに」

「姉上……」

 アマリアがゆっくりと振り向いた先には、姉がいた。凛とした佇まいだった。にっこりとほほ笑まれると、アマリアの話し相手達もすっかり虜になってしまったようだ。

「まだご内密にお願いしますね?この子がうっかりもらしてしまいましたが、本来は内密のお話なのです」

「!」

 こら、と姉はアマリアを優しく窘めた。それを微笑ましげに見る領民達は納得したようだ。姉の方の婚約者の話に移る。

 彼女は妹の奇怪な発言のフォローをしてくれたのか。それとも、本当に妹に婚約者がいるとわかっていて、話を合わせてくれたのか。今は姉の真意はわからない。どちらにせよ優しくて聡明な姉の事、アマリアを思ってくれてのことだろう。

「姉上、ご婚約おめでとうございます」

 姉はきっと複雑な心境にある。アマリアの姉の幸せを願う気持ちは本物だ。これがアマリアの精一杯の祝福だった。

「……アマリア」

 姉はありがとう、と綺麗に笑った。姉の心情はいかなるものなのか。もっとうまい言葉があったのではないか、とアマリアは自省する。

「そうですよ、おめでとうございます!」

「お二人の馴れ初めとか、聞いちゃって大丈夫ですか?」

 話の矛先が完全に姉に向いた。アマリアは正直ほっとしていた。そうでもないと、いつまでも気まずい空気が続いた事だろう。

 周囲を見渡すと、忙しそうにしている母親の姿を目にした。くだを巻いている父親とは違って、母は場を切り盛りしていた。ふとアマリアは手元を見る。酒瓶がかなり空いている。母とアイコンタクトを交わし、追加の酒を持ってくると目で伝えた。母も軽く頭を下げている。いつもは嗜好品である酒類は制限をかけられているようだが、今夜は無礼講のようだ。

「……」

 アマリアは共に日々を過ごす彼らを愛しげに見つめていた。いつも彼らは汗水垂らして働いている。こういう日くらいはきっと許される。


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