朝も昼も夜も
「はあ……」
終業の鐘が鳴る。
「ご、ごごご、ごきげんよう。アマリア様」
「ごきげんよう」
ぎこちないながらも、クラスメイト達とアマリアは挨拶を交わす。アマリアの髪が短くなっている事実に触れられる事はなかった。少なくともクラス内では触れてはならない禁忌とされていた。
クラスメイト達が次々と教室を出ていく。残すはアマリアのみとなった。アマリアは一人になったのをいいことに、教室の隅ため息をついていた。そして今日一日を振り返る。
アマリアは朝一番、四年生の階へと出向いた。けれど、生徒会の手荷物検査とやらで封鎖されていた。昼休みならどうかと向かったはいいが、食堂のメニューが更新されたとかでほとんどの生徒が食堂に集中していた。その中から探そうとするも、混雑で難航してしまう。ついには昼休終了のチャイムが鳴ってしまった。
―今の今までエディに会えずじまいだった。
「い、いやね。こうして必死になるものでもないでしょうに!こういうのは巡り合わせですもの、どこかでバッタリ会ったりするものよ!」
努めて明るい声で言うが、自身をごまかしているのは明白だった。これだけ会えないとなると、相手もアマリアの事を忘れているのかもしれない。それならそれで仕方のない事だ、とアマリアは強く頷いた。
「そう、仕方ない事……。はあ……」
空元気だった。
「……覚えてなくても仕方ない。それはそうね。でも、安心したいのよ。彼がちゃんといるって。―彼はちゃんと現実でも存在しているって、安心したいの」
自己満足だ、と自嘲しながらもアマリアは顔を上げた。懲りずに四年生の階へと向かうことにした。
放課後という事もあり、廊下は大いに賑わっていた。フィリーナ一派は解散したという。一派に属していた令嬢達はすっかり鳴りを潜め、その代わりに目がつくのは華やかな男子集団だ。
陽気なキャラである彼らは、実に楽し気に騒いでいた。アマリアもアマリアで以前絡まれていた事を思い出す。尻込みしてしまうアマリアだったが、顔が広いと豪語していた少年の存在が浮かぶ。彼ならエディの事もよく知っているかも知れない。あの集団の中心人物のようだ。すぐ見つかった。そう、すぐに―。
「あ……」
さらさらな金髪が真っ先に目についた。陽キャの一人に絡まれている少年。
「……エディ」
―探し続けていたエディだった。彼がこうして現実に存在していた。アマリアの呼びかけに反応したのか、エディは振り返る。気づいてくれたのか、とアマリアは近づこうとする。
「あっれー、アマリア先輩だ!こんちはー」
「どうもー。あれ、髪短くなってる!そっちもいいんじゃないすか?」
彼らは決して悪気があるわけではない。だが、エディとの間に割って入った。そしてアマリアに群がっていく。これにより、フロアにいる他の生徒達からも注目される事となった。アマリアが気になるのはあくまでエディだ。彼を確認する。
「……」
眠たそうな表情は相変わらず。だが、反応がない。まるで目の前のアマリアを認識していないかのようだ。―それもアマリア自体の記憶がないかのような。アマリアはざわつく胸を落ち着かせながらも、もう一度エディに問う。
「エディ、私よ。アマリア。覚えてない?」
もう一度、エディと呼ぶも彼は応えない。
「……そう、よね」
覚えているのは自分だけだったのか、とアマリアは落胆する。男子生徒達は何だなんだと興味深そうにアマリアを見ていた。このままだと不審だと怪しまれるのも時間の問題だ。
それに、彼がこうして存在している事は確認できた。夢の中で彼に会っても笑顔で話そう。アマリアはそう心に決めた。
「ごきげんよう、皆様。盛り上がっている最中に遮ってしまって、ごめんなさいね」
アマリアは笑顔を作り、挨拶をする。このまま無難に過ごす事に決めた。
「あー、別にいいすよ。つか、オレらもそんな大した話してないんで、気にしないでください」
男子生徒達はうまく流してくれた。こういう時、コミュ力強者は有難い。
「エディ」
アマリアは今伝えられる事。それをエディに向ける。
「あなたにこちらでもお会いできて良かった。―ありがとう」
短くて簡素な言葉たち。それがアマリアが心から伝えたかったことだ。あとはそれとなく交流をしてみよう。適切に。そして深入りし過ぎないように、とアマリアは考えた。今はそれでいい、と。
「―アマリア?……本当にアマリア?」
「……!」
確かに今、エディはアマリアの名を呼んだ。確かに呼んだ。
「……ええ。そうよ、私よ!」
感極まったアマリアはそうだと主張する。『現実』での自分だと。―エディの事をちゃんと覚えているのだと。
「……そっか。悪いけど、どいて」
男子生徒の一人に肩を組まれていたエディだったが、それを払いのける。そしてゆったりながらも着実にアマリアとの距離を詰めていく。
「すっかり夕方だけど。―また会えただろ、先輩」
「―ええ、エディ」
エディはアマリアに手を伸ばす。たまらなくなったアマリアもその手に触れる。その温もりも確かに彼は実在しているのだと、実感させてくれた。そうして微笑んだアマリアに対し、わずかながらもエディも笑う。そしてお互いの距離が近づいていく。
「……」
彼の持つ緑色の瞳を見つめているうちに、アマリアは抱き寄せられ―。