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本来の彼女と寄り添う愛鳥

「ん……」

 アマリアはゆっくりと瞳を開く。そして体をベッドから起こすと、窓際に立つ。カーテンを開くと彼女は笑んだ。

「ふふ、おはよう」

 お馴染みの黒い小鳥が近くの木に止まっていた。そして、飛び立っていった。小鳥の行く先は想像ついた。きっとあの場所で待っている人がいる。

「さてと。あ……」

 枕元にあるのは長髪のウィッグだ。これを着用すれば、いつもの令嬢である自分に早変わりだ。だが、アマリアは被る事もなくそっと机の奥に閉まった。

「私も変わらないと」

 身支度を終えたアマリアは、またしてもこっそりと寮を出ることにした。


 山を登り辿り着いた旧劇場跡には先客がいた。その少女は小鳥を指に止まらせて微笑んでいた。アマリアに気がつくと、その表情のまま彼女を見た。

「―来ると思ってた」

「ええ。私もおられると思ってたわ。―フィリーナ様」

 朝の光を浴びた彼女の髪はより煌めいていた。天に愛された容姿の彼女は、今日も美しかった。

 隕石症の影響もあるかもしれないが、フィリーナは劇場街の事を覚えていたようだ。

「……この子ね、ずっと側にいてくれていたの。なのに、わたしは全く気がつかなかった。ただ、完璧で在ろうとしたから。……ずっと、気を張り詰めていたから」

 小鳥はフィリーナの肩に飛び移ると、体を摺り寄せた。フィリーナもくすぐったそうにしている。

「フィリーナ様……」

「こう、視野が狭まっていたんだ。わたしはそうだったんだ、きっと」

 手でこう、と狭める。茶化していうものだから、アマリアは笑ってしまった。笑いどころだったか迷ってしまったが、フィリーナは笑顔のままだったので安心する。

「―だからね、今すごく楽。もう皆の憧れのフィリーナ様には戻れない。それに皆もそう。わたしのこと、白けた目で見てくると思う。でも、わたしはこうしていられるから。だから大丈夫」

 そう、フィリーナは確かにこうして存在している。ごもっともだ、とアマリアも目を細めた。

「それで―」

 フィリーナが話を切り出したタイミングでお腹の音が鳴る。発生源はフィリーナだった。当人は照れ臭そうに笑う。フィリーナは実に表情豊かだ。これが本当の彼女なのだとアマリアは感慨深そうに見つめていた。

「へへ、わたし朝食早いから」

「戻りましょうか?美味しい朝食が待ってるでしょうし」

「うん。そろそろだね。別に早い者勝ちってわけじゃないけど」

 フィリーナは満月寮に属している。朝食もバイキング形式で取り合いなどない。優雅な朝の風景にあってたまるものか。

「ロベリアもいつも付き合ってくれてるの。―そうそう、ロベリアにはアマリア様に会ってくるって伝えてきた。いつもなら猛反対してくるのに。……今日は送り出してくれた」

「ロベリア様が……」

 彼女にも心境の変化があった。だからこそ、フィリーナが他の人物と交流する事も反対しなかったのだろう。まあ、苦々しい表情ではあるだろうか。

「うん、ロベリアが。ロベリアも変わったと思う。それって―」

「……私には見当もつかないわ。でも、ロベリア様はあなたが大切。それは確かな事でしょう?」

「……」

「……」

 フィリーナは疑惑の眼差しを向けたままだ。アマリアは白を切るままである。

「……ロベリアとも何かあった。絶対そう。絶対怪しい」

 そうやって怪しむフィリーナだが、彼女の腹の主張は激しさを増してくる。アマリアも負けじとお腹の音を鳴らす。お互い笑いをこぼしてしまった。アマリアも緊張の日々が続いていたので、ろくに食欲もわかなかった。今日ならば久々にゆったりと朝食をとれそうだ。

 二人はとりとめのない話をしながら下山していく。小鳥も嬉しそうにフィリーナについて回る。そう、小鳥が。アマリアはその黒い小鳥に着目する。

「えっと……」

「アマリア様。すごい気になる。どうせなら言って」

「いえ、気にしないで?何でもないのよ?」

「……絶対それはない。わたしにもモヤモヤが移った。―ほら。ほら」

 アマリアはどうしても気になっていた事があった。だが、彼女に尋ねていいか迷っていた。これは水を差すような事柄だからだ。フィリーナはフィリーナで目力を込めてアマリアを見てくる。さあ、言えと目で迫っていた。

「……はい。その愛らしい小鳥さんなのだけれど、どこからやってきたの?その子にも見覚えはあるのよね。……舞台の上で」

 結局のところ、アマリアは折れてしまった。フィリーナに質問することにした。

「あるだろうね。わたしの家で飼っていた子だから。ふふん、結構長生き」

「ご自宅から!?こ、侯爵家から……?」

 フィリーナは得意そうに言う。それにも驚くが、それだけではない。王都内にあるというアインフォルン邸。あの距離を飛んできたのも驚きだが、どうやってこの学園内へと入ってこられたのだろうか。アマリアはそれが不可解で仕方なかった。

「うん、不思議な事もあるもんだ」

 ね、と小鳥に同意を求める。小鳥も鳴き声で応じた。

「不思議……?不思議で済ませていいの?」

「うん、不思議な事が起こった。でもそのおかげでこの子も一緒。ちゃんと室内飼いするし、ばれないばれない。だいじょぶだいじょぶ」

「不思議。大丈夫。……そうね、大丈夫ね!」

 アマリアは思考を放棄した。

 二人がふもとに到着した頃には、ロベリアがすでに仁王立ちで待ち構えていた。そしてこれ見よがしにフィリーナにべたべたとしていた。その暑苦しいまでの密着ぶりにフィリーナが息苦しそうにしていても、ロベリアはお構いなしだった。劇場での出来事がロベリアに影響を与えているようだ。たとえ記憶がないのだとしても。

 ロベリアも加わり三人は各々の寮へと戻っていく。散々満月寮マウントをとられながらも並んで歩いていく。途中の新月寮に着いたので、フィリーナとロベリアの去っていく背中をアマリアは見守っていた。

『あのね、目覚めたら真っ先にロベリアとお話したの。というより、ロベリアが飛び込んできたんだけど。―謝られたの。それでもわたしが償わなきゃいけないのは変わりないのに。……今夜はたくさん話すつもり』 

 山を下っている最中にフィリーナが話してくれた事だ。ここから先は当人同士の話もあるだろう。アマリアは頷いた。フィリーナとロベリアの纏う空気が柔和なものになっていた。―あの二人はこれからも仲良くやっていくのだろう。その形が親友のままかどうかはまだわからない。


結局不思議で済ませているという。

ちゃんとした理由はあります。ちゃんとしているかはさておき。

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