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彼の名前

劇場街も朝の光によって明るくなりつつある。あの彼はすでにフィリーナの劇場にはいなかった。

「そうね、今度にしましょう」

 夢の中でも。現実の学園にでも。彼と再会できたときに感謝の気持ちを告げる事にした。アマリアはどこか満ち足りた気持ちになりながらも、帰路につこうとした。

「!?」

 入口までやってきたところで、アマリアは咄嗟に身を隠す。壁から少しだけ身を出して、警戒しながら様子を見る。入口には人だかりが出来ていた。ざわつく彼らをウサギの着ぐるみ達が帰るよう促していた。大半の生徒は渋々とそれに従うが、一部のしぶとい生徒達は残ろうとしていた。

「―俺はぎりぎりまで残るね。現れるかもしれないじゃん!あの大悪役がさ!」

「そうは言っても、あんま顔覚えてなくない?まあ、うちの制服着てたし?見ればぴんとくるかもしれないけど」

「俺、絶対自信ある!顔まで見たら絶対わかる!」

「言ってろ」

「いやいや、ガチで当てるし!」

「……!」

 まさかの出待ちだった。着の身着のままで舞台に上がったアマリアは、学園の制服を着ていると認識されていたようだった。通り様に生徒とすれ違った時は特に指摘はされなかった。この少年達も悪ノリの範疇だ。だけれども、万が一という事もある。

「えっと……」

 自身が舞台上の悪役であると露呈したら、色々とやりづらくなるのではないかとアマリアは危惧する。入口にたむろしている生徒は、あくまでぎりぎりまで粘るようだ。アマリアもそれに抗して、留まろうとしていたが。

「―こっち」

 突然腕をとられたかと思うと、そのまま走り連れ去れていた。その後ろ姿は今度こそ。―劇場街の少年だった。


 彼に誘われるまでにやってきたのは、アマリアの劇場。フィリーナのそれと見るとどうしても劣ってしまう。簡素な造りの建物だった。アマリアは思わず苦笑した。立て看板は何故か星形のランプが撤去されていた。タイトルロールと共に明記されていたのは、『閉鎖中』。アマリアは試しにドアに手をかけるも、開くことはなかった。

「開かないだろ、そこ」

「ええ、そうみたいね」

「……それでいい。あんたのこと、さらされ続けなくて済むし」

「それは正直助かるけれども、困ったわね」

 『彼』への手がかりが残されてしまったかもしれない。アマリアはまた支配者に会った時に尋ねてみることにした。

「―あんた、本当に馬鹿だったんだ」

「なっ……!」

 そう考えているところに、突然アマリアは侮辱されてしまった。

「自分で言ってただろ。賢くないって。あんな無茶するし、あんただって何が起こってもおかしくなかった。……見てるだけのこっちの身にもなれよ」

「そうね、あなたにも心配をかけてしまった。……ごめんなさい」

「……こっちがごめん。今のは八つ当たり。俺もあの後追いかけたけど、何も出来なかった」

「そんなことは……」

 彼なりの感情を見せていた。アマリアの行動が愚かだったと苛立ったこと。心配で仕方なかったということ。そして、手出しも出来なかった事を不甲斐なく思ったこと。

そんな風に彼が負の感情を抱いている間にも、アマリアは乗り越えた。その事は確かだ。

「でも、あんたは成し遂げた。ちゃんと救ったんだ、あんたが」

「ありがとう……。ふふ」

 こうして目の前の彼と接していると、アマリアにもある感情が芽生える。

―友愛の感情。家族以外の異性に対して初めて抱く感情だった。その事に戸惑いつつも、心地良くも思えた。思わず笑みを零してしまったアマリアに対し、少年は何を笑っているのかと訝しむ目を向ける。

「……なに?」

「いいえ、不思議だと思って。私達、出会ったばかりなのに」

「……時間とか、関係ある?」

 やけに拗ねたような口調だった。アマリアは首を振った。関係ないわね、と笑って答えた。

「私、あなたにお礼を言いたかった。本当にありがとう」

「うん」

「現実のあなたに中々会えないけれど。また夢でも会えたら。……夢で」

「……どうした?」

 アマリアは言葉を詰まらせた。それを不思議そうに少年は見ているが、彼はただアマリアの言葉を待つ。アマリアは意を決して思いを告げる。

「私を救ってくれたのは、あなたの存在もそう。あなたにも本当に救われたの。夢でこうして会えるのは嬉しい。……けれど、現実でも。学園でも会えたらって思えてならないの」

「……ここだって、現実みたいなものだ」

「それもそうね。それでも私は。―夜の時間だけじゃない、あなたに逢いたい」

 そう告げたアマリアはただまっすぐに。目の前の相手を見つめた。―先に目を伏せたのは彼の方だった。引かれてしまったかもしれない、とアマリアも取り繕うとしたが。

「……エドュアール」

「え……?」

 口早に少年がそう言う。目はそらしたままだ。アマリアが聞き取れてなかったと思ったのか、もう一度。

「エドュアール・シャサール・シャルロワ。見ての通りアルブルモンド人。……名前はついさっき思い出した」

「思い出した……?」

「ずっと自分の名前さえ忘れてた。だから、あんたに前に訊かれた時に答えられなかった。―ずっとここにいたから」

「そうだったの……」

 忘れた、という事さえない。以前彼が言っていた事だ。誰にも覚えていてもらえないまま、一人彷徨っていたのだろうか。―だが、アマリアと出逢った。こうして触れ合う事で相手の存在を感じられる。

「けれども、エドュアール様。私はあなたの事を覚えてる。覚えていられるの。こうして触れ合っているという実感も。……実感?」

「うん、俺も。―きっとあんたのおかげだ」

 アマリアが気づいた時には、お互い手を合わせていた。身長はほぼ変わらないが、手の大きさはこうも違う。それをアマリアが意識している間に、手は繋ぎ合わされていた。

「いえ、その、エドュアール様?これは……」

「様、いらないから。せっかくタメ語になったと思ったら、これだ」

「タメ……。はっ!わ、わたくしは大変な失礼を―」

 フィリーナの公演からそうだった。アマリアはほぼ口語であった。。指摘されてようやくその事に彼女は気が付く。

「そういうのもいいから。―帰ろう、アマリア」

 彼からそらされた視線も重なる。彼が見せたのは微笑んだ顔。柔らかい表情でアマリアの名を呼んだ。

「……」

 アマリアは思わず見入ってしまった。

「なに?つか、時間ない」

 かなりぎりぎりの時間となっているようだ。入口に人が残っていたとしても、さすがに減ってはいるだろう。撒きやすくなっているはずだ。

「え、ええ。そうね、行きましょう。……ええ、そうよ!私、先輩ですもの。後輩相手にはもっと気さくに接するべきよね!」

 アマリアは開き直って先輩風を吹かせる事にした。目上の相手にはまだ抵抗はあるが、これから学生生活を送る事になるのだ。こういったところから砕けた態度をとれるようになった方がいいと、自身を納得させた。一方、きょとんとしているのは少年の方だった。

「……そうだ。あんたって先輩だった。いまさら気づいた。ごめん、先輩」

 そういや、とアマリアの制服の学章で判断したようだ。今更ではあった。

「ああ、いいのよ?あなたこそ変にかしこまったりしないで?いきなり敬語を使われても何だか寂しいし。……そうそう、そういうことよ」

「何その変な顔。敬語の方が良かった?」

 変な顔とはひどい言いようだ。だが、確かに今のアマリアは神妙な表情をしていた。

「いいえ?今更ですもの。あなたもあなたで好きにすればいいと思うわ。私もそう。もっと軽やかに接するよう心掛けるわね。行きましょう、エドュアールさ……」

 アマリアは首を横に振って言いやめた。

 まだ何もかも始まったばかりだ。そして、数多の問題も残っている。それでも、今の彼女の気持ちは幾分かは晴れやかだった。だからこそ言えたのだろう。彼に対して親しみを込めた呼び方を。

「―帰りましょう、エディ」

「うん、先輩。またね」

「……ええ、また」

 出入口までやってきた二人だが、他の生徒はなかった。周囲の目がなかろうと、ここまでやってきたのだかとエディはアマリアから手を離す。その感覚がどうしても名残惜しく思えたアマリア。

「私は何を……」

 アマリアはすぐさま頭を振った。―この感情は芽生えてはならないものだ。決して育んではいけないものだ。婚約者がいる身としてはありえないものだと。

 エディはアマリアが劇場街から出るのを見守っている。きっと今のアマリアの表情も変な顔と思っている事だろう。それがいっそアマリアにとっては有難い事だった。気を取り直して、アマリアは光の中へと足を踏み入れる。もう一度だけエディを振り返り見る。アマリアは心配ではあった。

「ちゃんと戻るよ、先輩」

「そうね、ごめんなさい。本当は一緒に出られたら、と思ったの。でもあなたを信じたい。だから。―先に現実で待ってるわ」

「……うん、待ってて」

 白く暖かな光に包まれる。遠くに聞こえるのは鳥のさえずりだ。夜が明ける―。

サブタイトル、「彼の名は」と迷いました。やめときました。元ネタの映画、面白かったです。

でも、「彼の名前」もいくらでも元ネタありそうですね。難しいです。

直球でいけば良かったでしょうか。「エディ」って。

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