秘められていた公演、彼女の想い
ステージの上で二人は対峙する。お互い目をそらすことなく、譲ることもない。
「驚きました。誰にも知られる事がないと思っておりましたから」
「でしょうね。―あなたはフィリーナ様を盾にしていたから。率先してフィリーナ様を矢面に立たせていたのはロベリア様でしょう」
アマリアにそう言われると、ロベリアは眉をぴくりと上げる。アマリア自身もそう口にした事で腑に落ちた。ロベリアは完璧であろうとするフィリーナをいいことに、フィリーナの名を使って思うがままに振る舞っていたのだ。
「ふふ、アマリア様?何をおっしゃるのですか?ひどい事を仰るのですね」
「真実だと思うわ」
「ふふふ、本当に酷いお方ですね。本当に貴女という方は……。―目障りで邪魔な方!」
ロベリアの感情に呼応するかのように、辺りの水が沸き上がる。巨大なうねりとなたそれらがアマリアを覆いつくす。
「……フィリーナの周りをうろつく貴女がわたくし、鬱陶しくて鬱陶しくて!良い機会です、このまま消え失せなさい―」
「鬱陶しい?そんなのとっくに承知よ!」
「!?」
まるで水を裂いたかのように。水の中から現れたのはアマリアだった。構えた切っ先をロベリアに向ける。小さく悲鳴をあげるロベリアとの間合いを詰めた。その勢いでロベリアを押し倒して馬乗りになった後、剣をロベリアの喉元につきつける。
「な、何をお考えですか、アマリア様」
「―ここは夢の中だもの。今、ロベリア様が考えている事だって、起こりうるでしょうね」
「なっ……」
「大丈夫、目が覚めれば夢だったって思うだけよ。ね?……ロベリア様」
アマリアは薄く笑った。だが、彼女の黒い瞳は深い闇を感じずにはいられない。相手に本気であると思わせるほどに。
「わ、わたくしに何を求めているというのです」
「簡単な話よ。ここに来ている理由なんて。―あなたの事が知りたいの」
「わたくしの事。……フィリーナの事もですね。よいでしょう。わたくしは。わたくしは……」
ロベリアは自身の唇を強く噛み締めた後に、こう叫ぶ。
「彼女が、フィリーナが憎くてたまりませんでした!皆に慕われてて、何にも秀でている彼女といると、わたくしは自身が情けなくてたまらなくなるのです!フィリーナの影に隠れて、彼女を操るようにしていたのもそう!ただ、フィリーナが堕ちていけば良いとおもったからです!わたくしは、わたくしは……!」
瞳孔を大きく開かせながら、ロベリアはアマリアに告げる。
「わたくしはフィリーナが嫌いです。この肩の傷だって、そう!……一生、消えないのですから!」
「……肩の傷、ね」
剣の先をアマリアは変える。ロベリアの喉元ではない。―彼女の包帯が巻かれた部分だ。おあつらえ向きに肩出しドレスでもある。手間取ることもないだろう。
「何を……!?」
「……」
ロベリアは喉を鳴らした。どうしてだ、と目でアマリアに訴えるも、アマリアは相手にしない。
「何をって。暴くまでよ。……あなたが本音を言ってくれないから」
「や、やめなさい!」
「安心して、痛くはしないわ」
「やめて!」
ロベリアは強く叫んだ。そして、アマリアの剣を華奢な手で掴む。その手に血を流すが、それでも離そうとしない。
「……今すぐ、わたくしの首をかっ切りなさい。知られるくらいなら、死んだほうがましです!こんな、こんなの……!」
「……ロベリア様、お手を離してくださる?」
「絶対嫌……!」
「……別に、剣を使う必要もないのよ?」
「!」
アマリアはもう片方の手でロベリアの肩に触れた。包帯など手でむしり取る事も出来る。ロベリアは剣を掴んでいた手を放った。もうなすがままだった。
「……そう、剣を使うまでもなく。わかりきった事でしょう、ロベリア様」
アマリアはそっと包帯に触れる。
「―傷は、とっくに治っていた。それも綺麗に完治していた」
「あ……」
ロベリアは動揺している。それが答えのようだ。
「けれども、あなたは嘘をついた。傷が残ったままなら。―フィリーナ様を縛りつけることができたから」
「だ、黙りなさい……」
「フィリーナ様があなたを傷つけたあの日。あなたは壊れたフィリーナ様を見て笑っていた。恍惚としていた。―だけれど」
大事な親友を傷つけてしまい、詫びの言葉を連呼していた壊れたフィリーナ。それを確かにロベリアは悦に浸りながらみていた。それをアマリアは目撃している。そして―。
「お黙りなさい!」
「!」
ロベリアの咆哮と共に、アマリアは吹き飛ばされた。咄嗟に受け身を取りながらも、ロベリアを見上げる。今の彼女は髪の毛を逆立て、鬼の形相となっていた。怒りに染まりきっている。
「……何をおかしな事を。―傷は本物です。ほら、御覧なさい!」
「!」
ロベリアの手から火球が発現する。そして、迷いなく自身の肩へと当てた。
「くっ……」
燃える自身の肩に触れつつも、その痛みに呻きながらもロベリアは耐え続ける。
「アマリア様。こちらが夢の中であると仰いましたね。ならば、現実でもそうすれば良い。そうして偽りではなく、真実になれば。……ああ!」
ロベリアは熱を帯びた肩に愛し気に触れる。そして至福であると微笑んだ。そう、それこそ彼女が望む事だから。
「―ああ!フィリーナはそれこそ一生、わたくしに縛られたまま!」
「ロベリア様……」
ロベリアは本気だ。夢での記憶などおぼろげなものだ。それでも、彼女は忘れる事はないだろう。―現実でも同じ事をする、このままでは。
「もっと、もっと……!もっと、燃え盛りなさい!」
狂気じみた笑いと共に、ステージを取り囲む水に炎をほとばしらせる。
「もっと……!強烈に焼き付けて!」
快感に浸りながら、ロベリアは炎の渦へと飲み込まれていく。
「駄目よ、ロベリア様!」
「本当に無粋な方……。わたくしは今、とても幸せなの!邪魔なさらないで!」
業火の中、ロベリアのシルエットが見える。笑いながらも回り舞っていた。心の底から楽しんでいるようだった。
「ロベリア様。本当にそれで良いの?」
「何がです?わたくしは心から―」
あくまでも邪魔をするのかと忌々しそうにロベリアは言う。そうして疎まれようとアマリアは伝える。
「……かつてのあなたは、恍惚で見ていた。苦しむフィリーナ様を。罪悪感に苛まれるフィリーナ様を、笑顔で見ていた。―でも、それだけではなかったでしょう」
「……?」
ロベリアは動きを止める。アマリアは続ける。
「それだけではなかったはずよ。ロベリア様、あなたは。―悲しい顔をしていた。嬉しかったのは本当。けれども、その後はフィリーナ様の悲痛な姿を見て。その時あなたが抱いた感情、おわかりでしょう?」
「何を……」
「あなたほどの思いなら、本当は現実でも自傷したと思うわ。でも、そうしなかった。フィリーナ様を悲しませたくなかったら。そうでしょう?」
「あ、あなたに何がわかるというのです?」
「……出会ったばかりだもの、あなた達の事はわからない方が多いわ。けれど、あなたがフィリーナ様に向ける思いはわかる。それは現実でも。―そして、舞台が教えてくれた」
「わたくしの本当の気持ち、ですか……?」
アマリアは周囲を見回す。水は炎の勢いにのまれている。それならどうしたものか。
「あ……。ふふ」
この緊迫した空気の中、アマリアは笑いを零してしまった。剣が青く発光し、氷と化した。力を与えると、まるで剣が主張しているかのようだ。
「不思議。いつだって側にいてくれているみたいね」
冷気を纏った剣を構え、そしてロベリアを包む炎に刀身をあてた。炎はやがて氷へと変質していき、そして砕け散った。
「ああ、わたくしは……」
軽傷で済んだロベリアは、そのまま地面へと倒れ込む。ステージを取り囲んでいた炎もたちまち消えていく。ロベリアの意気はすでに消沈しきっていた。
「ロベリア様」
アマリアもその場で屈む。忌々し気にロベリアは見るも、力はない。
「わたくしの本当の気持ち、でしたか。……どうぞ、ご自由に。さぞかし知りたいでしょうね。わたくしだって、貴女の事を知ろうとしたのですから」
それでもアマリアに対しての挑発はやめない。弱弱しくありながらも、ロベリアは話を続ける。
「ええ、そうですとも。アマリア様が気にくわないのは本当です。あの子、フィリーナが貴女が気になると言うものだから。貴女だけではない、もっと他の子とも話してみたいなどと。―わたくしがいるというのに」
「……」
「貴女がお察しの通りです。わたくしの本当の気持ちは……!?」
「しっ」
ロベリアの唇に人差し指をあてる。
「―ここからは秘め事。乙女の秘密は皆様の想像に委ねましょう?」
流し目で観客席を見渡す。無人の星なし公演であろうと、おいそれと口にはさせない。それこそ、秘め事は秘め事のままで終わらせておこう、とアマリアは考えた。
「アマリア様、良いのですか……」
何もかも露わにされると思っていた。彼女自身が長年秘めていた『本当の気持ち』を。だが、アマリアはそうする事はしなかった。ロベリアは複雑な心境の中、アマリアを見つめる。
「あら、それでも罰は与えておきましょうか。おいたが過ぎたようですし。―ロベリア様」
―いつかは包帯の真実を彼女に伝えて。そうロベリアの耳元で囁いた。
「それは……」
ロベリアは躊躇っているようだ。彼女にとっては関係が破綻しかねない、大暴露になるからである。
「いいかしら、ロベリア様?彼女がきっと、入り口で待っているわ」
「!」
「まずは夢の中で伝えればいいと思うの―」
「失礼っ!」
アマリアに構うことなく、ロベリアは走り去っていった。舞台はアマリア一人になり、彼女にスポットライトが当たる。
「……これで、良いのかしら。―いえ」
アマリアはほっとした表情を見せ、一瞬素に戻る。いや、すぐ気を引き締める。主役のロベリアが舞台をはけてもまだ、物語は終わっていない。結末は訪れていないのだ。
「……もう、ロベリア様ったら。え、聞かせてくれって?本人がいなくなったから、いいだろってこと?ふふふ、いけない人」
背中を見せたアマリアは後ろ手で組む。そして、振り返っては悪戯な笑顔を見せた。
「これは乙女の秘め事。これ以上知りたいのというなら。……きっと後悔するでしょうね。あなたも片鱗は御覧になったでしょう?可憐で、そして狂気にも至る乙女の本性を」
もし、観客いたとしたら静まり返っていた事だろう。それこそ底冷えするような笑みをアマリアは見せた。
「ふふふ、ではまたの機会にでも。―ごめんあそばせ?」
くすくすと笑いながら、アマリアは舞台の闇へと溶け込んでいった。降りた緞帳は彼女を隠すかのようだった。
『ロベリア嬢の秘め事』
美しい二人の令嬢は幼馴染だった。まるで天使のような幼馴染は、皆のもの。そんな彼女と接し続けていく内に、ロベリアは暗い感情が芽生え始めていく。彼女も堕ちてくれればいいのに、と。ついにその日が訪れる。彼女がロベリアに火傷を負わせたあの日。軽傷だったにも関わらず。治療技術で完治するにも関わらず。ロベリアは偽った。その日から、美しき令嬢は自分の意のままとなった。
そんな幸福な日々を侵してきたのが、異端な編入生だ。令嬢もそんな彼女が気になるようで、ロベリアは編入生の事が気にくわなかった。自分と令嬢の世界をぶち壊す存在になりかねないと。結果そうなってしまった。お互い譲れないと、編入生とぶつかるロベリア。この諍いによって、ロベリアは令嬢とどう接するべきだったのかに気がつく。そうとなれば、こんな編入生と一緒にいる時間など惜しいと去っていくのであった。
残されたのは編入生。異質な存在の彼女は観客に語りかける。本当に知りたいのか。傍から見れば花のような女学生の愛らしい秘密。けれど、あなたは垣間見たのではないか、その末恐ろしさを。それでも知りたいのか。少女の問いとともに物語はここで終わる―。
誰にもばれることなく、本人のみぞ知る公演。それが無意識でも自覚ありだとしても。
それが星なし公演です。
一つ星。