彼女は彼女で在ろうとする
深夜過ぎになっても、アマリアは寝付けずにいた。自室のベッドにて寝返りをうっても、体勢を変えても。結果は同じだ。色々な考えがよぎり、その事が劇場街への道を阻む。だが、ついには朝日が部屋に差し込む。夜が明けてしまった。
アマリアはため息をついたあと、カーテンを開いた。その眩さに目を細めた。
「ん……?」
窓に一羽の鳥が止まる。黒い小鳥には見覚えがあった。アマリアが声を掛けようとするも、鳥は飛び立ってしまう。朝日に溶け込むかのように、その鳥は消えていった。
「……行ってみましょうか」
アマリアが思い当たったのは、旧劇場跡だ。気ままに消えていった鳥だが、案外誘ってくれたのかもしれない。
白い息を吐きながらも、山頂へと昇っていく。朝の空気は一段と冷える。身体を震わせんがらもアマリアは旧劇場跡へと到着した。やはり、見る影もない。
「……?」
綺麗な声だ。だが、どこか拙い。何かを抑えつけているかのような、たどたどしい歌声が聞こえてきた。―彼女だ。
「フィリーナ様……」
アマリアの呼びかけにゆっくりと振り返る。彼女の柔らかな髪が風になびいている。
「あなたは……」
フィリーナは突然の来訪者に驚くも、すかさずいつもの穏やかな笑みへと表情を戻す。そして、丁重に挨拶をした。アマリアも同じる。
「……ああ、わたくしったら謹慎中ですのに。貴女、密告なさります?」
「いえ、そのようなことは」
「お気を遣わないで。貴女には随分とひどい事をしましたもの。よく思われないでしょう、わたくしのこと」
「それは……」
今もアマリアの心を苛む事だ。返答に迷うアマリアをみた上でフィリーナははっきりとこう告げる。
「ですが、わたくしは謝罪などしませんわ。当然の事をしたまでですもの。―アインフォルン侯爵家の人間として。学園の生徒達の模範として。当学園にふさわしくないものは断罪する。……わたくしは、何も間違っておりませんわ」
「フィリーナ様……」
「それこそ、『フィリーナ・カペラ・アインフォルン』として在るべき姿ですもの。今回こそ糾弾されてしまいましたが、わたくしは諦めません。この学園をより良くするためにも」
あれだけの中傷を受けても、彼女は屈する事もないようだ。そのような姿を見ても、アマリアはこう思えてならない。
「それは、……本当にフィリーナ様が望まれていることですか?」
「!」
フィリーナは肩を震わせた。やはりそうだと、アマリアは思った。そのようなフィリーナが痛ましくてならないのだ。彼女相手に失礼と思いながらも、どうしてもアマリア自身と重なってしまう。内心逃げ出したいと思いつつも、意地を張っていた自分。フィリーナも自分と同じく無理をしているのではないか、と。
「……」
「わたくし相手ではございます。ですが、話されてみませんか?決して口外などしません」
「……無駄。そんなの無駄」
フィリーナが戸惑っていたのは束の間のことで、はっきりと言い捨てた。感情が伴わない声で伝える。
「……あなたがどうこうではない。無駄。そんなの意味がない。だって―」
「フィリーナ!良かった、そちらでしたか!」
その声にフィリーナは身体をびくつかせる。息を切らせながらやってきたのは、ロベリアだった。フィリーナを案ずる態度から一変、アマリアには険しい表情となる。
「アマリア様?……この子に何かしましたか」
沈んでいるフィリーナを見た彼女は、アマリアの前に立つ。いきり立つロベリアを制止したのはフィリーナだ。
「―彼女程度、わたくしが臆すると思って?ロベリア」
「……失礼、フィリーナ様」
「アマリア様も思うところがおありでしょうが、わたくし達も淑女のはしくれでしょう?お互い水に流しましょうねって、お話していたところですの」
ね?とフィリーナに微笑まれるも、アマリアはどう返すべきか考えあぐねいていた。
「それは……」
「ね?―アマリア様?」
さらに強く念押されてしまい、アマリアはひとまず頷くことにした。不満はありながらもロベリアも納得する事にした。そのままフィリーナの背中に手を当て、寄り添いながら去っていく。まるでその睦まじさを見せつけられているようだ。
一人取り残されたアマリアは、そんな二人を見つめていた。深夜過ぎになっても、アマリアは寝付けずにいた。自室のベッドにて寝返りをうっても、体勢を変えても。結果は同じだ。色々な考えがよぎり、その事が劇場街への道を阻む。だが、ついには朝日が部屋に差し込む。夜が明けてしまった。
アマリアはため息をついたあと、カーテンを開いた。その眩さに目を細めた。
「ん……?」
窓に一羽の鳥が止まる。黒い小鳥には見覚えがあった。アマリアが声を掛けようとするも、鳥は飛び立ってしまう。朝日に溶け込むかのように、その鳥は消えていった。
「……行ってみましょうか」
アマリアが思い当たったのは、旧劇場跡だ。気ままに消えていった鳥だが、案外誘ってくれたのかもしれない。
白い息を吐きながらも、山頂へと昇っていく。朝の空気は一段と冷える。身体を震わせんがらもアマリアは旧劇場跡へと到着した。やはり、見る影もない。
「……?」
綺麗な声だ。だが、どこか拙い。何かを抑えつけているかのような、たどたどしい歌声が聞こえてきた。―彼女だ。
「フィリーナ様……」
アマリアの呼びかけにゆっくりと振り返る。彼女の柔らかな髪が風になびいている。
「あなたは……」
フィリーナは突然の来訪者に驚くも、すかさずいつもの穏やかな笑みへと表情を戻す。そして、丁重に挨拶をした。アマリアも同じる。
「……ああ、わたくしったら謹慎中ですのに。貴女、密告なさります?」
「いえ、そのようなことは」
「お気を遣わないで。貴女には随分とひどい事をしましたもの。よく思われないでしょう、わたくしのこと」
「それは……」
今もアマリアの心を苛む事だ。返答に迷うアマリアをみた上でフィリーナははっきりとこう告げる。
「ですが、わたくしは謝罪などしませんわ。当然の事をしたまでですもの。―アインフォルン侯爵家の人間として。学園の生徒達の模範として。当学園にふさわしくないものは断罪する。……わたくしは、何も間違っておりませんわ」
「フィリーナ様……」
「それこそ、『フィリーナ・カペラ・アインフォルン』として在るべき姿ですもの。今回こそ糾弾されてしまいましたが、わたくしは諦めません。この学園をより良くするためにも」
あれだけの中傷を受けても、彼女は屈する事もないようだ。そのような姿を見ても、アマリアはこう思えてならない。
「それは、……本当にフィリーナ様が望まれていることですか?」
「!」
フィリーナは肩を震わせた。やはりそうだと、アマリアは思った。そのようなフィリーナが痛ましくてならないのだ。彼女相手に失礼と思いながらも、どうしてもアマリア自身と重なってしまう。内心逃げ出したいと思いつつも、意地を張っていた自分。フィリーナも自分と同じく無理をしているのではないか、と。
「……」
「わたくし相手ではございます。ですが、話されてみませんか?決して口外などしません」
「……無駄。そんなの無駄」
フィリーナが戸惑っていたのは束の間のことで、はっきりと言い捨てた。感情が伴わない声で伝える。
「……あなたがどうこうではない。無駄。そんなの意味がない。だって―」
「フィリーナ!良かった、そちらでしたか!」
その声にフィリーナは身体をびくつかせる。息を切らせながらやってきたのは、ロベリアだった。フィリーナを案ずる態度から一変、アマリアには険しい表情となる。
「アマリア様?……この子に何かしましたか」
沈んでいるフィリーナを見た彼女は、アマリアの前に立つ。いきり立つロベリアを制止したのはフィリーナだ。
「―彼女程度、わたくしが臆すると思って?ロベリア」
「……失礼、フィリーナ様」
「アマリア様も思うところがおありでしょうが、わたくし達も淑女のはしくれでしょう?お互い水に流しましょうねって、お話していたところですの」
ね?とフィリーナに微笑まれるも、アマリアはどう返すべきか考えあぐねいていた。
「それは……」
「ね?―アマリア様?」
さらに強く念押されてしまい、アマリアはひとまず頷くことにした。不満はありながらもロベリアも納得する事にした。そのままフィリーナの背中に手を当て、寄り添いながら去っていく。まるでその睦まじさを見せつけられているようだ。
一人取り残されたアマリアは、そんな二人を見つめていた。
「―アインフォルン家のご令嬢だって?当学園には在籍してはいないぞ。……いや、それより、あちらの家にご息女はおられたか?」
「お忙しい中、ありがとうございました」
アマリアは朝一番、フィリーナのクラス担任に問い合わせることにした。ちょうど四年生の階で出くわしたので尋ねてみたのだが、結果は御覧の通りだった。内容が内容だけに、話の流れがまずくなる前にアマリアの方から切り上げた。
「わ、わたくしは人様の話を遮って。……いえ」
四年生達は始業前という事もあり、廊下でも雑談をしている。そして羨望の眼差しを送っているのは、ダンス室帰りの一派だ。―いまや、ロベリア一派ともいえた。品行方正で人望もあるロベリアが一派の中心となりかわっていた。アマリアと目が合うも、ロベリアから目をそらした。話しをする気すらないようだ。
「……ロベリア様」
そこはフィリーナの場所だったはずだ。それなのに何も変わることもなく、中心となって笑顔を振りまいているのはロベリアだ。
婚約者を想っていたアマリアのように。彼女もフィリーナに対して強い思いがある。だからこそ今朝のようにフィリーナの存在を覚えていたのだろう。それなのに、あのような振る舞いだ。フィリーナの立ち位置を乗っ取ったかのような。―アマリアには彼女という人がわからなくなってしまった。
「……今宵こそ」
手がかりはきっと『劇場街』にある。今宵こそは、とアマリアは決意する。