みんながうわさしている。かんぺきなれいじょうであるあのこのこと。
今朝はいつもとは違っていた。通学路も噂話にざわつき、生徒達も落ち着かないようだ。
「!」
断片的に聞こえてくる人物の名前にアマリアは絶句した。足早に校舎に向かうとこにする。
玄関口の掲示板に生徒達が群がっていた。失礼、と言いながらアマリアもかき分けていく。掲示板に記されていたのは―。
「フィリーナ様……」
―フィリーナ・カペラ・アインフォルン。一週間の謹慎処分を命ずる。
すでに満月寮の方ではその話でもちきりだったのだろう。通学路でもフィリーナの話ばかりだった。
「あ、あの人……。ほら、一派に絡まれた……」
ある女生徒がアマリアの存在に気がついたようだ。相当注目されたのは確かだ。あのアマリアとの騒動が原因なのだろうか。
「……災難でしたよね、人前でああも暴露されて」
絡まれたと言われたこともそうで、アマリアに対する態度は軟化していた。現在はあくまでフィリーナ、そしてフィリーナ一派へ向けられていく。
「そうそう、アマリア嬢だけじゃ飽き足らなかったって。他の令嬢にターゲットを向けてきたとか」
「それが、フィリーナ様に話しかけてきた伯爵令嬢ですって。まあ、馴れ馴れしかったようですので、それがお気に障ったのかしら」
「他にもさる財団のご婦人も。一派のお茶会に招かれたそうですが、何でもフィリーナ様のお勧めを断ったそうです。まあ、お怒りになるのは目に見えてますよね」
「……今だから言っちゃうけど、あの方、何をお考えなのかわかりにくくない?」
「ああ、わかる!完璧過ぎて、人間味ないみたいだよな!まあ、浮世離れしてるっていうか!」
「そうそう。―人形みたい」
生徒達の噂話はやまない。予鈴が鳴ってもその場に留まろうとする。それを見かねてやってきたのが、学園の教職員と生徒会達だった。そこはさすがに大人しく従い、彼らは教室に戻っていく。アマリアは落ち着かない心境ながらもそうしようとしていた。
「……何かの間違いです!彼女達の行動は目に余るものもありました。諫めなかったわたくしの落ち度でもあります。ただ、フィリーナ様を慕ったうえでのことなのです。そして、フィリーナ様も!」
教師達にそう嘆願していたのは、ロベリアだった。フィリーナの第一の友人であり、そして幼馴染である彼女が訴えていた。
「……ただ、学園をよくしようとしていただけなのです。謹慎は受け止めるべきかとは存じます。ただどうか、これ以上のお咎めはありませんように……」
ロベリアは声を上げて必死に訴えていた。教師達は決まった事とお茶を濁すも、それでも彼女は退かない。
「フィリーナ様は悪くありません……。誰もが勝手にやった事に過ぎないのです!」
「ロベリア様……」
なんと健気なことだろうか。人々の目には友人を想う令嬢の姿として、心にとらえられた。そして、あんな人格者な友人を持ててフィリーナは何と幸せなのだろうと。
「……決まった事は決まった事です。早くなさい、あなた達!」
ロベリアの訴えを相手にする事もなく、残った生徒達にも呼びかけていく教師達。行く末が気になっていた残りの生徒達も渋々と教室に向かう事にした。ロベリアも涙目になりながらも、それに準ずることにしたようだ。
「……これは、アマリア様。失礼、わたくしも行かなくては」
アマリアとすれ違う。アマリアの顔を見ることもなく彼女は去ろうとしていた。アマリアはそんな彼女を呼び止めた。
「……ロベリア様、心中お察しします。わたくしも、……何かの間違いだと思います」
アマリアはどこかひっかかっていた。幼馴染のロベリアとは違って、フィリーナとはわずか数日の付き合いだ。侯爵令嬢としての彼女しか知らない。知らないはずだが。
「……失礼します、アマリア様」
逡巡するアマリアから目をそらしたまま、ロベリアは教室に戻っていった。アマリアは首を振ったあと、教室へと足を向かわせる。
フィリーナが謹慎処分を受けてから翌日。あれだけバッシングされた彼女だったが、本日は生徒達の話題に上がることがなかった。姿を見せない事も手伝ってだろうか。
アマリアは四年生の階へと出向いていた。今日の目的は劇場街で会う少年ではない。フィリーナの事だ。アマリアはいやに胸騒ぎがしてならなかった。あれだけ注目の的だった彼女の事がこうも触れられないことなどあるだろうか。嫌な考えが頭をよぎってしまう。
―フィリーナもかつての自分のように、存在を忘れられているのではないか、と。
「いえ、まさか……」
今朝それとなくクロエに話を振ってみた。
『あなたが嫌な思いをしたのは知っているし、謹慎の件はなんて言えばいいのかな。それにしても彼女がねぇ……。なんだろ、意外っていうか』
自然とフィリーナに関する会話が出来たこともあり、クロエは覚えていたようだ。だから、フィリーナは忘れられたりはしていない、と安心したい。それでもアマリアの胸騒ぎは消えてくれることなどなかった。
「失礼致します。ロベリア様にお話しがありまして―」
フィリーナの親友と言われるロベリアならば、覚えているだろう。一派の一人である女子生徒には不審な目を向けられるも、やってきてくれたのはロベリアだ。彼女から場所を移そうと提案されたので、アマリアも応じることにした。
「……して、お話とは?アマリア様」
人の目を避けるということで、旧校舎の音楽室まで二人はやってきていた。アマリアは嫌でも思い出してしまう。ここは先日、フィリーナとロベリアが二人だけで落ち合っていたところだ。やけに官能的であり、見てはいけないものを見てしまったものだ。だが、一方で。
「……」
フィリーナの痛ましい姿も頭からも離れてはくれない。あの時はおそらく。―アマリアに助けを求めていたのではないか。その事にいきなり触れるわけにもいかないので、アマリアはひとまずフィリーナの近況を伺う事にした。
「フィリーナ様の事です。息災でいらっしゃればと」
「……フィリーナ様の事ですね。ええ、特に体調面には問題ないでしょう。勤勉な方ですから、自ずから勉学に励んでらっしゃいますよ」
「さようでございますか……」
アマリアは胸を撫でおろす。ロベリアの近況報告もそうだが、ロベリア自身がフィリーナの事を覚えている。自分の時のようにはならない、そう安心できる。
「……アマリア様?お話はそれで終わりでしょうか」
「……ええ。それはもちろん―」
ロベリアが探るような目を向けてくる。どこまで触れていいかわからないが、アマリアも手探りで相手に問う。
「フィリーナ様が気がかりだったのは誠でございます。わたくしも無関係な人間ではありませんから。―そうです、あのような騒ぎがあったにも関わらず、どなたの話題にも上がりませんので、いささか不自然ではないかと思いまして」
「……アマリア様は、噂話が続いていた方がよろしいのでしょうか。ご自分もそのような思いをされたからこそ、彼女も同じ思いをすれば良いのにと?」
アマリアを射抜くような視線を向ける。穏やかな表情ながらも、目には怒りが宿っていた。アマリアも気圧されるが、それも一瞬。ロベリアにこう伝える。
「……同じ思いをしたからです。同じ思いをしたからこそ、どれだけ辛いことだったかわかります。その痛みを知ったうえで、わたくしはどなた様にもそのような思いはして欲しくないのです」
「……」
「お付き合いくださり、ありがとうございました。フィリーナ様にもよろしくお伝えいただけますでしょうか」
予鈴が鳴る。ロベリアは一人にして欲しいとの事だったので、アマリアはお辞儀をしたあと退室した。アマリアは思う。
自分の時のようにはならない、そう安心したかった。だが、一抹の不安は残ったままだった。
ぜんぶひらがなにすることなかったかも。