撒かれたのは不穏の種
「ん……」
眩い光の中、アマリアはゆっくりと瞳を開く。おなじみの喧噪、劇場街だ。学生達も浮かれ気味に歩いている。手にしているのはウサギのバルーンアートだ。
「……こちらは相変わらず盛況だこと。さて、と」
せっかくまた訪れる事が出来たのだ。アマリアは探索をする事にする。あの金髪の少年の姿はない。たとえ一人だろうと、アマリアのやる事に変わりはない。周囲を観察する事から始める。
「……きょろきょろしちゃってぇ。おじょうさーん、ここ初めての人?」
「え」
いつの間にか。アマリアの前方に立っていたのはウサギの着ぐるみだ。どうやら一人のようだ。アマリアに対してあざといポーズをみせてくれたが。
「げっ、こいつか」
今のは着ぐるみ側の発言だ。だが、アマリアとしても同じ気持ちではあった。アマリア側からしたら、肝心な時に邪魔する着ぐるみ。着ぐるみ側からしたら、支配者たる存在に狼藉を働こうとした厄介な生徒。もはやお互い天敵ともいえた。
「……話しかけんじゃなかった。っと、お仕事モード。お仕事モード!……なんてね?どうぞごゆっくり―」
「お待ちください!」
逃走を図る着ぐるみと、そうはさせまいと腕を掴むアマリア。両者一歩も引かず、膠着状態だった。息を切らしながらも、アマリアは問いかける。
「少しでも情報をいただけませんか……!?わたくしは、この劇場街の情報を知らなさ過ぎるのです!」
「なにそれ、必死過ぎ!笑える!」
「どうぞ大いに笑いなさい!この際、開き直ります。何かしかの情報を得るまでは帰れません。雑用などありましたらお申しつけください。わたくしもあの風船のように愛らしいものを作り上げて御覧にいれましょう!」
「……バルーンアートをさ、なめてるのかナー?」
「失礼しました!」
「はあ……」
アマリアのしつこさに根負けしたのは、着ぐるみの方だった。
「……君さァ。説明受けたでしょ、『彼』にさ?」
「……それは、おっしゃる通りです」
彼はどちらの事か、とアマリアは考える。彼女の個人的解釈で劇場街の少年ととることにした。確かにあの少年に説明を受けていた。では、それ以上の情報は得られないというのだろうか。
「……お時間、とらせてしまいました。あと、腕も痛くしてしまったかもしれません。わたくしは自分が思った以上に力があるようでして」
「うん、かなーりね」
「申し訳ございませんでした。では、引き続き探索致しますので。失礼させていただきま―」
「この数を!?」
驚きの声をあげながら着ぐるみはアマリアの言葉を遮る。
「ええ。さすがに刻限がありますので、全部は本日は無理でしょうね。では、改めて失礼を―」
着ぐるみは正気を疑った。全部が全部同時に公演してるわけではない。それでも膨大な数だ。
「……。あー、独り言を言いたくなってきたー?」
「さようでございますか。どうぞ、わたくしにお構いなく」
「うん、独り言だからね。―なんか、新たな公演が始まるかもー?そこに人が集まってきている、みたいなー?建物が特徴的で、なんかこういう感じなようなー?」
着ぐるみが身振り手振りで建物の特徴を伝えてくる。着ぐるみ当人のコメントによると急に体を動かしたくなった、との事だ。
「……なんと」
あくまで独り言だ。だが、アマリアは一礼して該当しそうな建物へと目掛けて走っていく。そんな彼女の後ろ姿を見つめていた。
かなりの距離を全力疾走で駆けてきたアマリアだったが、ようやく目当ての建物に近づく。自分の簡素な造りの劇場とは全く異なるものであった。
「こ、こちらでしょうか」
薄暗い洋館のような建物だった。至るところに蔓が巻かれている。アマリアはすかさず立て看板を確認しようとする。だが、星の数も公演名もまだ示されていなかった。アマリアは扉に手をかけてみる。そのまま押すと入口の扉は開いた。中を覗き見てみる。
入ってすぐにロビーがある。建物の中は暗く、足元の灯りが照明だよりである。中の室温は最適だ。だが、どことなく寒気がする。アマリアはふと、視線を天井へと移す。
「ひっ!」
目を凝らしてアマリアはようやく気がつく。薄暗闇の中で、人形が並べられていた。床に乱雑に置かれていたり、天井から吊るされていたり。目が光ったのは、外の明かりによるものだ、そうだ、とアマリアは自身に必死に言い聞かせた。
「はっ!」
アマリアは思いっきり振り返り、仰ぎ見る。彼女の視線の先は天井だ。もう夜明けが近いのではないか。アマリアはまたしても全力で走る事を余儀なくされた。
今宵はここまで。アマリアは劇場街をあとにした。
アマリアの天敵その2。ウサギの着ぐるみさんです。彼女(?)はどうやら個性があるようです。