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見せつけられた彼女達の世界

 実に穏やかな朝の通学路だった。遠巻きな視線は感じつつも、過激な嫌がらせをしてくることもなく。時折挨拶を交わし、アマリアは拍子抜けしながらも学園へと向かっていった。

 授業が始まるまで時間がある。アマリアは四年生、下級生の教室がある階に寄り道する事にした。スーザン情報によると、制服にある学章の色は学年によって違うとの事だった。―彼はアマリアの後輩のようだった。

 こそこそと徘徊するが、それでもまだ目立ってしまうようだ。後輩達からの視線が集まってくる。闇雲に歩き回っていてもよくないかもしれない。誰かに聞くべきだろうか。

「ほら、お前からいけよ」

「いやいや、そっちからだって」

「んじゃ、オレからいくよー。オレ、話してみたかったんだぁ」

「……?」

 アマリアは気がつけば、男子生徒数名に囲まれていた。年下とは思えないほど、あか抜けた集団だった。彼らはにこやかで、陽気であり。

「どうもー、噂のアマリア先輩っすよね?」

「誰か探してますー?先輩そのままじゃ怪しい人なんで、力になりますよ」

 勢いのあるものだった。矢継ぎ早にアマリアに質問する。アマリアはアマリアで固まっていた。こうも殿方に囲まれるのはそうそうない事だった。

「オレ、顔広いっすよ。うちの学年ならほぼわかるんで。どーぞ!」

 その中でも一等華のある男子生徒が前のめりになった。アマリアにとっては有難い提案ではあったが、どう話せばいいものかと悩んだ。名前も知らない。見た目の特徴を伝えようとした。まずは性別から―。

「ありがとうございます。その方は男子学生でして、おそらく学年はこちらの―」

「まじすかー」

 あれだけ騒ぎ立てていた男子達が静まり返った。引いていたには引いていたが、それは束の間の事。好奇心へと変わり、またアマリアに質問責めをしていく。

「先輩って、ヨルク様狙いじゃなかったっけ?もう新しい男?」

「んー、あの人の事は忘れたほうがいいすよ。うちの女子達も泣かされてるってさ」

「……!」

 まずは婚約者の事ではないのか。―やはり、彼の存在自体がなくなっているようだ。

黙り込むアマリアを見て、肯定とみなしたようだ。彼らのアマリアに対する興味はつきることはない。アマリアはひとまずそれを否定することから始める事にした。堂々と姿勢を正す。

「……その心配はご無用です。誤解されたままですが、わたくしにとってあの方は住む世界も違いますから。考えるのも萎縮するものです。わたくしが捜している方も、ただ恩人であるということ、それ一点のみです。とてもお世話になりましたので、お礼が言えればと思い参ったのですが、名を存じておりませんので」

「ええ?それ、一目ぼれ?一目ぼれっしょ?」

「いえ、そのようなことは―」

 彼らは明るい。しかも距離感が半端なく近い。アマリアは気持ち押されていた。

「まあ、何かのご縁で彼とは会えるでしょうから。皆様もお付き合いくださり、ありがとうございました」

 授業の予鈴が鳴る。頃合いだと、アマリアは引き上げることにした。彼との事をアマリアは考える。あの少年とは劇場街のみでの縁なのかもしれない。―寂しいなどと思ってはならない。自身は婚約者がいる身だ。不用意に異性と関わるべきではない。そうアマリアは自身を戒めた。

「先輩、ごめんねー?オレら変に絡んじゃって」

 笑顔全面で謝ってくれる男子生徒に、そんなことはと否定しながらもアマリアは去っていった。きっと、悪気はないのだろう。―あの悪意の塊達に比べれば可愛いものだとアマリアは思った。


 そう考え込んでいる内に、旧校舎につながる通路をいつの間にか抜けていたようだ。学園警戒マップにあがっていた所だ。アマリアは今は引き返そうとする。

「……ほら、御覧なさい」

 旧音楽室の隙間から二人の女生徒の姿がみえる。二人が醸し出す空気に、アマリアは慌ててその場から離れようとする。これは第三者である自身が見ては良いものではないと。だが、その一方と目が合ってしまう。

「……!」

 ロベリアだ。アマリアと向かい合うような位置で彼女が立っていた。背中を見せている。ふわふわ癖毛の少女はフィリーナだろう。一派のトップ二人がこのようなところで何をしようというのか。ますます見てはならないものではないか、とアマリアは退散しようとしたが。

―貴女も御覧なさい。

 口元の動きだけでロベリアはそう伝えていた。身がよだつような笑みを浮かべながらである。

「!」

 逃げたくても逃げられない。嫌でも惹きつけられてたまらない。アマリアはその続きを見ざるを得なかった。

「……おわかりでしょう、『フィリーナ』。貴女は、わたくしに―」

 ロベリアは自身の制服を脱いでいく。そして、下着のみの姿となった。

「……」 

 背中だけではフィリーナの感情はみてとれない。ただ、彼女は黙ったままだった。

「―わたくしに、消えない『痕』を残したのだから。ああ、今も痛みます……」

 ロベリアのしなやかな体の左腕上部に包帯が巻かれていた。あまりのも痛ましい姿にアマリアは口元を塞ぐ。

「……なさい。ごめんなさい。ごめんなさい。……ロベリア、ごめんなさい」

 それのみを繰り返すフィリーナを、優しく抱きしめるロベリア。

「いいのですよ、いいの。わたくしが望むのは、貴女が『フィリーナ様』で在り続けてくれること」

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」

 ロベリアの胸元に顔を埋めながら、ただそれだけ。その言葉を何度も繰り返す。感情がない、一定調子のものだ。フィリーナの本意にせよ、不本意にせよ。事態が尋常ではない事がアマリアにはわかった。

「……何をなさっておいでですか。失礼、声が聞こえたものですから。―それも只事ではないような」

「!」

 思わずアマリアは声をかけてしまった。勢いよく振り返ったのはフィリーナだ。アマリアははっとする。

―揺れるような瞳だった。フィリーナの潤んだ瞳を見て、アマリアは動揺してしまった。

 いつも優雅で、完璧である侯爵令嬢。悠然としていたフィリーナは物事をどこか一歩引いたような目で見ていた。世俗の事など興味などない、自身はもっと高みにあるような人間でもあるといった、そのような人物であると、

 本当にそうなのだろうか。皆が見ているフィリーナは一致するのだろうか。

「……フィリーナ様、ひとまずこちらへ。かなり参られておられませんか?」

「あ……」

 アマリアが室内に踏み込む。フィリーナは。

「アマリア様……」

 フィリーナもそう。救いを求めるかのように手を伸ばそうとする。だが。

「……これはこれは、アマリア様。のぞき見とは褒められた趣味ではありませんね」

 白々しく言うのはロベリアだ。ロベリアに構うことなく、アマリアはフィリーナに近づこうとする。

「―忌々しい。貴女が、貴女が現れたから……!」

 それを遮ったのはロベリアだ。あくまで笑んではいるが、心の内では笑ってはいないだろう。その証拠がこの這うような声だ。そしてフィリーナを抱き寄せた。アマリアに渡してはなるものかと言外に。

「……アマリア様?あまり出しゃばられるのもいかがでしょうか?―また、良くない噂が立ってしまうのでは?」

 そう言いながら、腕の中のフィリーナをより一層抱きしめる。フィリーナは微かに震えた。

「良くない噂。……ふふふ」

 アマリアはくすくすと笑う。彼女の笑いは止まらない。ロベリアは不可解な存在であるようだと、アマリアを見る。

「―申したはずでしょう。なんてことないと」

 あの噂の的になった時の恐怖が消えたわけではない。ただ、怒りが。怒りが彼女を支えていた。やはりアマリアに平和は訪れてはくれないのか。

「……やめて」

 絞り出すような声でフィリーナが言う。

「……おやめください、アマリア様。わたくしたちの『世界』に深入りしようとなさって。いささか不躾ではございませんの?―心底迷惑ですわ」

 たどたどしくだが、いつもの話しぶりに戻っていた。

「―片田舎の没落貴族風情が、何を申すというのかしら。まさか、あれで終わりだと思ってらっしゃるの?甘くみないでいただきたいですわね、侯爵家というものを。これ以上から嫌な思いをしたくないでしょう?……ならば、大人しくなさいませ」

 アマリアを一切見ることなく、フィリーナは立場ということをわからせようとしていた。

「フィリーナ様がそのように仰せですので、失礼」

 勝ち誇ったロベリアがアマリアを突き飛ばし、アマリアは尻もちをついてしまう。そしてぴしゃりと扉は閉められてしまった。力づくで開けようにも、びくともしない。鍵とは違った何かによるものだ。箒でもつっかえられてしまったのだろうか。ならば、窓から突破しようとしたが。

―心底、迷惑。

 歪んだ形だ。だが、お互いが納得の上での関係だとしたら。それを出会ったばかりのアマリアが干渉していいものだろうか。けれども、フィリーナの惑う表情がまやかしとも思えない。ああ、どうしたものかとアマリアは思い悩む。

「……フィリーナ様」

 彼女は。フィリーナは、何を思っているのだろうか。


 就寝時間となり、アマリアはベッドに横たわる。今夜も吹雪いている。このまま眠りにつけば、劇場街へといけるのだろうか。


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