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一つ星公演 アマリア嬢のうつつの恋物語ー哀れな令嬢と亡者の最期の恋ー終幕。

通りに出た二人。アマリアはこの劇場の立て看板を確認した。やはり自分の名前が冠されていた。この公演は自分のものだったのだ。それはおそらく。

―本来ならば、存在が消されるのはアマリアの方だったのだ。

 それを歪めたのが支配者である。恩人には違いない。けれど、代わりに婚約者を消失させたのもまた、支配者だった。

「……このままじゃ、終われない」

 途方に暮れる話だ。ついにアマリアからも記憶が消えてしまった婚約者。その婚約者と、この指輪。それだけがつながりだった。あとは、支配者に対しての憎しみ。それが今の彼女の原動力となりつつあった。

 思いつめた表情のアマリアに対し、少年は声を掛けた。

「……その人、幸せだよ」

「……どういうとこでしょう?」

「忘れたって、覚えていてもらえる」

「……それは?」

 ちょっと意味がわからなかった。アマリアは頭に疑問符を浮かべる。

「―本当に忘れられていたら、それすらないから。自分が存在していた、ってことすら」

「……そういうことですのね」

「忘れて」

 それ以上追及しないでほしいようだった。思えば不思議な少年だ。アマリアは彼の事もよく知らない。せいぜい同じ学園の生徒だろう、くらいだ。そして、アマリアの公演には毎回訪れていたという少年。

「ふふ……」

「ちょっと、また?」

 前もこうやって笑いだしてからは、感情を暴走していたのがアマリアだ。怪訝そうな少年に対してアマリアは慌てて否定した。

「失礼しました、わたくしは正気です。いえ、今気付いたのですが」

 立て看板の上には星型のランプが点灯されている。アマリアのは一つだ。自分もまだまだだと苦笑する。と、同時にあれだけ命がけなものも星一つ評価とはなんともいえない。

「ああ、それ。評価じゃなくて、元々の期待値。前評判みたいなもん。別に多ければいいってもんじゃないから。注目の人とか、衝撃的な内容とかで多くつく感じ。……って、フォローになってないか」

「ああ、お気を遣わせてしまいました。ただ、ふとおかしくなっただけですから」

「まあ、大体の夢と同じ。よほど印象にでも残らない限り、みんな忘れる」

「さようでございますか。……それは、一安心でもあります。あまり記憶に残されても困ると申しますか……」

 今思い返せば、随分と滑稽な姿をみられたものだ。よくこの少年は通い続けてくれたものだ。たとえ彼の気まぐれだとしても、そこからこのような縁が生まれた。

「俺は忘れない」

「なんと……。その、出来ればお忘れ願いたいところです。おかしなものだったでしょうに」

 婚約者を助けようとしたその姿は、何も魅せるところなどなかった。さぞかしみっともないものだっただろう。アマリアは気まずそうにしながらも笑う。

「そういうの、やめたら」

「え……」

「何、自分下げてんの?あんたは必死だった。俺だって、そんなあんたを見守りたかった。だから、公演を通い続けてきた。つか、何も出来なかったのは俺だろ」

「……」

 相手は真剣な表情だった。アマリアは息を呑む。

「何がおかしい事があるの。あれだけ必死だった人に対して、おかしいって思うことある?」

「それは……」

「ないだろ。あんたは何もおかしくない」

「……!」

 その真摯な眼差しに偽りなどない。アマリアを非難するものも。同情するということも。ただあるのは、彼からの素直な、それでいてまっすぐな思いだった。その眼差しにアマリアの強張った気持ちがほぐれていくようだった。

 アマリアの物語と向き合ってくれたのは、彼くらいなのかもしれない。見下すように笑わずにいてくれたのも。―真剣でいてくれたのも。

「その、いつも色々と教えてくださって感謝しております。それなのに、わたくしは以前、あのような態度をとってしまいまして……」

「……そういうの、いいよ」

「さようでございますか……」

 いちいち謝られるのが面倒くさいということだろうか。以前彼が言っていたように。

「だから、そういうの。俺にはいいから」

「???」

 違うようだ。いよいよもってアマリアにはわからなくなってくる。

「……その喋り方。素は違うだろ、あんた」

「それはまあ……。その、いきなりというのは、かなり困難と申しますか……」

 古くから礼に欠かないように、と習慣づけられたものだった。先輩呼びなら、と思ったがこの少年が先輩かどうかもわからない。違ったら失礼と思いつつも、年下なのではないかとアマリアは勝手に思っている。

「そう。まあいいけど。……ふわぁ、眠い」

 人工の空がもうじき朝を告げる。恩人でもある少年ともいつ会えるかはわからない。

「ああ、正式な自己紹介がまだでしたね。わたくしの名を名乗らせてください」

「……アマリア・グラナト・ペタイゴイツァ。知ってるから」

「さようでございましたか。貴方は……」

「……」

 少年が黙り込んでしまった。口元に手を当てたまま、彼は何も発しない。返ってこない反応にアマリアは困ってしまう。

「あら」

 ひとまず別の話題を振ることにした。幸い、目にしたものがあった。ウサギの着ぐるみ達だ。複数人たむろしていた。生徒達に風船を配ったり、アクロバットを披露したりしているようだ。

「本来、あの方々が説明役を担っていたのでしょうか。わたくしはもしや正当な手順を踏んでいなかったのかもしれませんね」

「……ああ、だろうね。普通は入口で話を聞かせてくるし」

 少年も会話を続けてくれた事に、アマリアは一安心だ。改めて着ぐるみ達をみる。劇場街を盛り上げる役も兼ねているようだ。気付けばいた。少年にもその正体はわからないようだ。彼の場合、気になってすらいないかもしれないが。

「ああ、そうなのですね。……正直、わたくしはあまり良い思い出はありません。ですが彼らもまた、劇場街にとっては必要不可欠といったところでしょうか」

「あいつら、色々アシストしてくれるから。……あのウサギ相手にあんなに暴れたの、あんたくらいだよ」

「なんと」

 少年の言い方もあれだが、事実無根であるとアマリアは遺憾だった。

「暴れたなどとは人聞きが悪いかと。手荒に扱われましたが、わたくしからは決して手を出しておりませんので。ええ、全く」

「……いちいちムキになる」

「ムキになってなどおりませんが。ええ、全く」

 あれこれ言い合っているうちに、入り口までやってきた。

「……着いてしまいました」

 やってきてしまった。ここを抜ければ。―現実だ。

「戻りたくない?」

「……いいえ」

 まだ終わってないのは、彼女の現実もだ。あの学園で出来ることもきっとあるはずだ、と信じることにした。

「それでは、また。……もしもですが、学園でお会いできたらご挨拶しても?」

「……もう一度言うけど、よほど印象に残らないと忘れるって。あんたも多分そうだ。忘れるよ。―俺の事」

「さようでございますか」

「そういうこと。……だから」

「では、問題ございません。貴方の事はきっと、覚えております」

「え……」

「印象に残っておりますから。いつも眠そうな方。それでいて、―本当に優しい方。面倒くさいとよく連呼されてましたが、わたくしを本当の意味で連れ戻してくださいました。……現実に戻ろうと思えたのは、貴方のおかげでもありますから」

 そう、これまでのことは夢の中のこと。お互い覚えている確証はないかもしれない。けれど、心のどこかでは引っかかってくれるはずだ。それに賭けることにした。

「ごきげんよう。また、お会いしましょうね。……今回はいかがです?お先に行かれては?」

 彼はいつもぎりぎりだ。いつもアマリアが戻るのを確認しているようだった。今の自分なら大丈夫、だからと先を促すが少年は動こうとはしない。観念したアマリアは会釈をし、光の中へと溶け込んでいった。

「……」

 どうして、彼が切なそうな顔をしていたのか。それは、今のアマリアにはわからない事だった。

誰をも疑いたくなる状況で、針のむしろのような状態の中で、

普通に、そして向き合ってくれた彼の存在は、アマリアにとって救いだったんだと思います。


それはそうと、デウスエクスマキナって誤字ってないか不安で調べましたが、多分大丈夫そうです。

といっても、デウス・エクス・マキナの方が正しそうですね。失礼致しました。

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