残された彼の欠片
―ついに、アマリアは縋ってしまった。結末を支配者に委ねてしまったのだ。
彼は見事に解決してくれた。大いなる魔法の力だった。観客達を魅了させるには十分過ぎるものだった。このままいけば、物語は無事終着するだろう。このまま、彼の事を忘れていけば。
―それだけは、駄目!
気を取り戻したアマリアは、彼の力を利用し、ようやく婚約者の元へとたどりついた。顔もわからなくなってしまった彼ではあるが、アマリアに応えてくれた。二人力を合わせ、難局も乗り越えられると。そう思っていた。
「わからない、なにこれ、きもちわるい」
その二人が理解し難い存在で、そしてそんな二人を見た支配者自身。彼は得体のしれない感情に襲われていた。明確な答えのない感情に、彼は不快極まってしまう。そんな彼が言い放ったのは。
「消えるのは、お前の方だ」
その言葉と同時に消失したのは。―アマリアの婚約者である彼の方だった。目の前から姿を消していく。もう、彼の事は何も思い出せない。その容姿も。生い立ちも。思い出も。そして、名前すらも。
絶望に打ちひしがれるアマリアとは打って変わって、支配者は喜びに満ち溢れていた。
「……まだ怖いのかな。んー、よしよし。なにかあったらさ。ぼくが助けてあげるから」
『アマリア嬢のうつつの恋物語―哀れな令嬢と亡者の最期の恋』
どこからと読み上げられたのはタイトルロールだった。そして、あらましと結末が語られる。
大罪人である彼は、今にも処刑されようとしていた。そんな彼を想って現れたのは、彼の婚約者と名乗る令嬢。彼女の姉と相思相愛だった彼は、この令嬢をもてあそんでいた。それでも懸命に助けようとし、男をどうにか救出する。だが襲いくる兵士に為す術もない二人。男の不甲斐なさに嘆いた令嬢。そこに現れたのが、絶大なる魔力を持つ王族の少年だった。彼は難なく令嬢を助けだした。愚かな元婚約者は消え失せ、令嬢はうつつの恋から目を覚ます。彼女は新たな道を行くのであった―。
「ち、ちがう……」
アマリアの力なき声は届くことはない。今の彼女は可憐でか弱き令嬢だ。この支配者が物語を救った真の主人公ならば、彼女はヒロインといえた。
―これにて、閉幕。
拍手と共に幕が下りてしまった。
幕が下り、二人だけになる。アマリアは支配者に抱きしめられたままだった。支配者にとっては自分よりも体格が勝る相手だが、今はこうも儚く弱い存在に見えた。
強がりなところが気にくわなかった。いちいちムキにもなる。自分では落ち着きのある人間と思っているようだが、実際そんな事はない。けれども、健気ではある。いじらしいとさえ思えてしまう。そしてそんな彼女との言い合いが。―何よりも楽しい。それは久しく彼が感じてなかった感情だった。
「こんな強い感情、初めてなんだ。だからかな、お姉さんのこと。……ううん」
アマリアと、彼女を呼んだ。
「!」
びくついたアマリアはそっと彼から体を離す。
「なにその反応。もうアマリアは大丈夫だよ。ちゃんと日常に戻ってもいいし、ここにいたっていい」
「ここに……?」
大切な誰かがいた気がした。けれども誰だったか。
「どこにだってそうだ。きみの隣にいるのは―ぼくだ」
「あなたが……?」
アマリアは頭が朦朧としていた。ぼやけた頭で見たのは、自身の首にかけられたネックレスが宙に浮かんでいる様だ。その先にあるのは、指輪だろうか。モチーフは。
「……ごめんね、勝手に抜き取って。でもさ、こんなものいらないよね?」
「それは……」
雪の結晶だった。あれは誰かが。名前も、姿もわからない誰かが彼女にくれたものだ。思い入れなどないはずなのに、それなのにアマリアは叫びだした。
「……やめて!!」
アマリアが制止するよりも早く、それは砕け散ってしまった。支配者の手によってだ。その言葉が遅かったのか。いや、どちらにせよ破壊されていたであろう。その事は支配者の顔が物語っていた。
「そんな……」
誰からの贈り物かはわからない。思い入れなどない。それは違う、とアマリアは否定する。自分にとっては大切でかけがえのないものだったはず、それは確かだった。
大切だった。宝物だった。彼女自身の心の拠り所でもあったものだ。
―それが壊されてしまった。
「……存在自体が気にくわなかった。似合わないなって。ねえ、もっと立派な宝石のやつあげる!こういっちゃあれだけど、素人細工でしょ?よくこんなのを指輪に―」
「―ふざけないで」
「いたっ……」
支配者の肩を強く掴んだのはアマリアだった。不可解だ、と支配者は相手を見上げる。彼女な何をこうも。
「……ええ、もう私には『その人』に関する事は何も残っていない。私はきっと、目的も見失ってしまった。……もう、どうしたらいいかわからない」
「アマリア……。それなら、ぼくがきみの喪失感を埋めてあげる」
悲し気でありながらも、目を輝かせているのは支配者だ。不思議な瞳の色をしていた。角度によっては色が変わる玉虫色のような瞳だ。そんな彼がアマリアに寄り添うように言う。
「……喪失感。そうね。これは、あなたにしか埋められないかもしれない」
「うんうん、そうだ―」
「―恨むわ、あなたの事。今の私にそれを残してくれたのは、あなたよ」
「……アマリア?」
「……私だって初めての気持ちよ。誰かに対して、こうも憎いって思ったの!あなたが憎くてたまらない!」
肩だけでは収まりつきそうにない。怒りは増す一方だ。我慢ならない、と支配者の胸ぐらを掴もうとしたアマリアだが。
「……っ!また、あなた達なの!?待ちなさい、話はまだ終わっては―!」
またしてもウサギの着ぐるみ達に強制的に連れていかれる。アマリアが叫ぶなか、一人支配者が取り残される。
「アマリア……」
残された彼は何を思うのか。
「……」
放り出されたアマリアを通り過ぎる生徒達はちらりとは見るものの、それ以上注目される事はなかった。この舞台では一応ヒロイン扱いではあったが、あくまで彼らの印象に残ったのは支配者の方だったようだ。
無意識でいつもの席に座る。そしてこの先の事を考えている間に、アマリアは声を掛けられた。
おなじみの彼だ。思えば、この前はアマリアは感情のままに醜態をさらしてしまった。今更かもしれないが、アマリアは態度を正した。
「あの……」
あの態度はいかがなものだったのか、と詫びようとするも。
アマリアは目を見開く。初めて前の席の人物の顔を目にする。つむじから均等に流れるような金髪に、中性的な容姿。彼の持つ瞳の色はアルブルモンド人特有のもの。そして、そんな彼が持つのは。
辛うじて指輪とわかるものだった。至るところ欠けてはいるが雪のようだ。―ただの装飾品とは思えなかった。きっと自分にとってはかけがえのない宝物で。
「ありがとうございます……」
「いや、別にいいんだけど。……そんなに?」
少年としてはそこらへんに落ちていたのを拾っただけだが、ここまで大袈裟な反応をされてしまい、大層居心地悪そうにしていた。
「ああ、彼は……」
これをくれたのは彼女にとって大切な存在だった。―婚約者だった。アマリアは壊れかけた指輪をそっと抱きしめる。その人の事は多く喪失してしまった。手元に残されたのはこれだけ。
「……浸っているところ、悪いけど。―時間」
「……ああ、失礼しました。わたくし、戻りますね。貴方は?」
「……俺も戻る。行こう」
そう言った彼は立ち上がる。特に反対する理由がないアマリアもそれに続いた。
迎えてしまった、超展開による結末。
デウスエクスマキナってしまいました。
けれど、アマリアはまだ諦めないようです。