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逃れられない悪夢と、悪夢のような現実

「……待ってて。今、行くから」

「……もう、何度目?懲りないね」

 今宵も異形が闊歩する広場にアマリアは立つ。断頭台にかけられているのは婚約者の彼、そして余裕綽々な支配者たる彼だ。だが、支配者の方はどこか様子が違う。

「お姉さん、来たんだね……。正直なとこ、そういう気分じゃないでしょ?」 

 そう言った支配者はバツが悪そうにしていた。どこまで話が言っているのか。彼の指摘した通りだった。アマリアは精神的に参ってはいる。だが。

「ご心配していただけるのですね。―わたくしは全くもって堪えてなどおりません!本日も彼への救出へと向かう所存です」

 そういって自身を奮い立たせた。あれだけ悪意を向けられても。婚約者の事もそうだ。聞けば元は姉の婚約者だったという。その男はこうも必死な少女には気持ちは向いてない、そう彼女も思ってしまうような相手だ。

「……そこまでなの。その人の事、そんなに大切なの」

「はい」

「言い切っちゃうんだ……。はあ……」

 考え込んでいた支配者だったが、意を決してこう告げる。

「……わかったよ、お姉さん。アドバイスしてあげる」

「アドバイス、でございますか」

「うん。……お姉さんは、令嬢だ」

「……ええ?」

 唐突だったが、支配者の話はそこで終わりではない。

「そのウィッグがある限り。それでスイッチ入れてきたようなもんでしょ?」

「それは……」

 その通りだった。アマリアにとっての儀式のようなものだった。このウィッグを被る事によって、令嬢として振る舞える。年頃になってからの習慣であった。

「それなら、ここでもそうすればいい。あのね、お姉さん?へっぽこお姉さんも、まあ個人的には悪くないけど。でもね、ここの人達はそうではない」

「ここの人達……?」

 支配者が指すのは、アマリアの後方。暗い空間だが、位置からすると客席だろうか。初めて意識した場所だ。真っ暗だが、ぽつりぽつりと光っている。

「望んでいるのは、令嬢だ。恋しい相手を助けにきた勇ましい令嬢。……堂々とした、何にも屈しない令嬢。うん、それこそが相応しい」

「……令嬢」

「―助けたいんでしょ、あの人を」

「―はい」

 それは確かな事だった。

「いい加減、丸腰じゃかわいそうだし」

「……」

 乱雑に投げ渡された宝飾剣をアマリアは拾う。勇敢な令嬢に相応しい代物だ。手に馴染むそれをアマリアは構えた。

「ありがとうございます」

 そこにいるのは、囚われの婚約者を必死に助けだそうとする令嬢。だが、堂々とした出で立ちであった。そして勇猛果敢に異形達に立ち向かう。

 じきに夜が明けるようだ。もっと粘れたはずとアマリアが抗議するも、ぼくにとっては時間切れであると支配者が容赦なく告げる。けれど、これまでにない手ごたえだった。これならばやれるのではないかと。


「……あんたさ、それでいいの」

 アマリアは観客席に戻されていた。いつものように前方の席にいるのは、金髪の少年である。彼とも毎晩会っているようなものだ。妙な縁である。

「それでいい、とは」

「……やけ、起こしてない?嫌な思いしたのはわかる。俺もあいつらの事、解せないけど」

「……あなたにまで、話が通っているのですね」

「……うん、まあ。ごめん」

 何もしてやれなくて、と少年が謝ってきた。アマリアははっとする。思った以上に言い方がきつめだったようだ。

「いいえ、わたくしの方こそ失礼しました。今となっては終わった話ですから。……全然、大した事などありませんから」

「……あのさ」

 声が震えてしまったのが、相手に伝わってしまっただろうか。目の前の少年は立ち上がって、そして振り返ろうとする。それはアマリアとしてはまずかった。今の表情を見られたくなかった。不安になっている今の顔など。

「……わたくし!戻りますね。現実に、戻らないと。貴方も居眠りは程々になさってくださいね?」

 勢いつけて立ち上がったアマリアは、少年から距離をとる。逃げたと思われただろう。事実そうだった。

 彼がいるのが夢の世界。彼がいないのが現実の世界。それでも、アマリアは現実に戻らなくてはならない。たとえ。

「……戻らなくては、たとえ」

 自分の幸せがあるのが夢の中で。自分に痛みを与えるのが現実だとしても。


 針のむしろの中にいるかのような現実は続いていく。次第にアマリアに話かけてくる人間は減っていった。アマリアの方からも関わりを持つ気がなくなっていった。まるで自分が忘れられているかのようだ。

 そして、待ち望んだ夜が訪れる。やけに長く感じた日常から、ようやく解放された。アマリアはそう思って安堵した。

「……ようやく、夜になる。やっと、あなたに逢える。……私、だけなの。もう、私しかいない。だから―」

 私しか。いや、そうではなかった。

 アマリアこそ、彼しかいなかった。もうそれしかなかった。彼を救出して、そして彼に触れる事。もうそれだけだった。

 だが、アマリアはある夜を迎える。

 異形達の悪意により、断頭台は作動され、そして彼の頭部が―。黒い靄のようなものが、彼の顔を覆う。ついには。―アマリアは彼の顔がわからなくなってしまった。


「……ん」

 アマリアはゆっくりと瞳を開く。ふかふかとしたこの感触に、空調が効いた室内。ここは劇場街の客席のようだ。

 こうして目覚めたものの、アマリアの視界は塞がれていた。誰かの手によるものだ。誰かは予測ついた。

「……もう少し、寝てな。時間ぎりぎりになったら起こすから」

「やっぱり、あなたね。ふふふ……」

 劇場街で会う気だるげな少年だ。思えば、まともに話をしてくれているのはもはやこの少年くらいだ。アマリアの中では支配者は除外されている。

「ふふふ……」

 アマリアは笑っていた。壊れたかのように笑い続けた。とんでもない悪夢だ。あの彼が。あのような。あのような惨状で。

「……まあ、メンタルやられるよな。今日は早く戻った方がいい。こんなところにいるよりは―」

「……戻るって、どこへ?あんなところ?違うわ、違う……。私の現実は……」

「……」

「ここよ!もう、ここが私の現実なのよ!もう、あんなところなんて!……あんなところじゃないの、私が帰る場所は……!」

 そのままアマリアは背もたれによりかかった。顔見知り程度の相手に、ずいぶんと感情をぶつけてしまった。だが、相手がどう思おうとどうでも良くなっていた。 

「……いいから、戻れよ。絶対後悔するから」

「何を後悔することがあるというの!?私はここからは絶対―」

「……あー、めんどくさ。その人連れてって」

 アマリアの視界を覆う彼の手が離れたかと思うと、次はもふもふとした感触に襲われる。突然現れたのはウサギの着ぐるみ達だ。暴れるアマリアを抑えつけながらも、着ぐるみ達は入口までアマリアを強制連行していた。未だに抵抗するアマリアだが、数の暴力には抗えず。遠くで少年の声が聞こえた。

「……後悔するんだって。―俺みたくなるから」

 

 アマリアは絶叫しながら飛び起きる。極寒の中なのに、脂汗が止まらない。

「はあはあ……」

 悪夢のような現実は始まる。では彼のいる夢の中なら。そこに幸せはあるのか。

「!」

 アマリアは口元を押さえた。ああして彼が危害を加えられていたのは初めてだった。あの夢が繰り返されるよりは。

「私は、私は……」

 令嬢として振る舞える。けれど、彼女の心はとっくに折れていた。だからこそ、支配者の提案を受け入れてしまったのだ。

メンタルはやられると思います。

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