うまくいかない夢と現実
アマリアは朝早くからダンス室を訪れていた。練習着に着替え、そして図書館から借りた本を片手にストレッチを行っている。眠気はとれないままだが、柔軟は欠かさない。一通りストレッチは終えた。ここからだ。
「基礎が……。えー……」
素人判断で鍛錬を積まなくてはならない。ここは講師に指示を仰ごうとしていたが。
「ごきげんよう、アマリア様」
「これはこれは……」
「ごきげんよう。フィリーナ様にロベリア様」
ダンス室に入ってきたのは、フィリーナとロベリアの二人組だった。普通に挨拶をしたフィリーナとは違って、ロベリアは怪訝そうな顔をしている。立ち上がってアマリアが挨拶する。フィリーナ一派の生徒が続々と来る頃には、ロベリアは落ち着いた表情に戻っていた。
「アマリア様?個人練習ですの?」
「はい。少しでも追いつきたいものでして」
「……あら。それでは―」
近づいたフィリーナは、アマリアの本を黙って取り上げる。何事かと思ったアマリアに対して、彼女は微笑んでみせた。
「わたくしでよろしければ、アマリア様にもお教えしますわ。毎週この曜日はわたくし達集まっておりますの。アマリア様もいかが?」
「よろしいのでしょうか……?」
悪意などなく、善意としてアマリアはとらえたかった。それに、願ってもない申し出だった。だが、一派の表情からして歓迎されていないのはわかる。ここは辞退しようと考えていたアマリアだったが。
「さすがは、フィリーナ様。志ある生徒は見捨てませんね。同じ学園の生徒として」
助け船なのか、ロベリアが学園の模範たる行為であるとフィリーナを讃えた。そういうことなら、と他の女生徒達も納得していた。
「それでは、ご厚意に甘えまして。ありがとうございます」
「まあ……!」
アマリアが承諾すると、華やぐような笑顔を見せたフィリーナ。これまではそっと微笑むだけの彼女しかみてこなかったので、アマリアは大層驚いた。
「ええ、では始めましょうか。まずは基礎のポジションから―」
教える姿も様になっている。慣れない相手に対しても真摯に教えるフィリーナに対し、より一層女生徒達は憧憬の念を抱いたようだ。
「驕ることもなく、本当に素晴らしいお方……」
「ええ、フィリーナ様は素晴らしい方です」
うっとりとしている女生徒にそう声をかけたのは、ロベリアだった。女生徒は慌てふためく。フィリーナばかりを持ち上げているわけではない。ロベリアとて家格はそれなりのものだからだ。失礼があってはいけない。
「もちろん、ロザリア様も素晴らしい方ですよ?お二人であってこそ、輝くと思います。ロベリア様あってのフィリーナ様ですから。ほら、二人で一つというくらい、しっくりと―」
「ちょ、ちょっと何をおっしゃっているの?」
「……誉められているのでしょう?ふふ、何を焦っておられるのやら」
そう言ったロベリアの表情が読めない。不気味なくらいだ。フィリーナに呼ばれた事もあり、彼女らはそそくさと退散する。
「……」
一見優雅なバレエレッスンの時間は終了した。不穏な空気を残したまま―。
「……ワンパターン過ぎるよ、お姉さん」
そして夜中には劇場街を訪れては、異形の存在に屈し―。
「―ねえ、アマリアちゃん?社交ダンスのレッスン、足りてる?」
「ま、間に合ってます。お気遣いなさいますよう」
学園の廊下で出くわしたヨルクに壁際まで追い詰められていた。温室の時とは違って髪を上げていた彼。アマリアは誰だったかと思い出していたが為に、このような事態になってしまったのだ。
バレエの練習はフィリーナというあてが出来たが、社交ダンスはそうはいかない。クラスの男子生徒にもおいそれと声をかけられなかった。ヨルクの言う通りレッスンが足りてない。どうして学年が違う彼にまで話が言っているのが、不思議であるが。
「ああ。スーザンちゃんが心配してたよ。『アマっちがダンスあんまり踊れてなくてさ?誰か教えてあげないかな?ちらちら』って。……わかりやすいよね、彼女」
「なんと……」
一瞬でもスーザンの親切心だと信じたアマリアだったが、打算ありだったかと覆されてしまった。
「……俺もね、心配なんだ。社交ダンスの授業ってかなり重要だから。今後も必要になるし」
言葉通り、アマリアの事を心配してくれているのはわかる。だが、こうも距離が近い必要があるだろうか。
「ヨルク様ー!そちらにいらっしゃったのー?」
「あら……あなた」
温室の時に出会った令嬢だ。まずいとアマリアが考える前に、ヨルクから離れてくれた。そして、何事もなかったかのように追っかけてきた少女達の元へ。
「ヨルク様、一体どうなさったの?」
「ああ、特にはね。社交ダンスのレッスンに付き合うよって言っただけ」
「……それだけですの?」
「うん、それだけ。君達にもつけてるそれと一緒」
「わたくしたちと同様の。それなら、まあ……」
少女達は渋々と納得しようとしている。
「こんな感じで、他の子達にも教えているから。だから、変に気構えないで?」
「……え、ええ。機会がありましたら、ぜひ」
「ああ、それ!断る時の常套句だ。いいよ、気が向いた時で」
明るくヨルクは笑うが、アマリアは気が気ではなかった。女子達の視線から察知する言葉の数々。
―アンタ、勘違いしないでよ。ヨルク様は皆に優しいんだから!
―一人増えたら、その分機会減るし!
アマリアは居たたまれなくなってしまった。
「不憫になってきたよ、お姉さん……」
その晩もアマリアは劇場街に赴いていた。そして、今日こそはと奮起する。だが、結果は御覧の有様だった。支配者の言葉から察せられるものだった。
地面にあった木の棒をアマリアは振り回す。だが、その棒ごと異形に取り囲まれたアマリアは、今宵も放り出されてしまったのだ。彼の元へすら辿りつけていない。気持ちは焦る一方だった。
フィリーナがなかよくなりたそうにみつめていたりと、
ヨルクとヨルク派があらわれたりと、
アマリアなりに頑張ってはいるのですが、悪目立ち感が・・・。