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支配者が語る学園の闇

一日を終え、そして眠る。

「……?」

 またしても招かれたのは、劇場街だ。だが、昨夜とは違う場所だ。いきなりだった。

「!」

 蠢くのはあの異形達。そして、今にも処刑されそうな婚約者だ。大広場だった。そして。

「うわぁ……。またいる」

「あなたは!」

 謎に包まれた少年もその場にいた。本日もどこぞの王族のような出で立ちである。彼は座り込んで足を投げ出す。愛用であるはずの杖もおざなりに置いている。

「ねえ、お姉さん?……そういうのやめてよ。邪魔」

「なんと……」

「そんな悪あがきされてもさ、決まりきっていることだから」

「……さようでございますか」

 少年が何を言っているかはわからない。だが、アマリアは色々な感情を抑え込んで相手の話を待つ。ふーん、と少年は立ち上がった。殊勝な態度ととってくれたことにより、彼の機嫌は少しだけ良くなったようだ。

「そのまま大人しくしててくれれば、いいんだけど。さてと」

「……何が、お決まりなのでしょうか」

「ちょっとぉ、お姉さん?」

「それ相応の理由がなければ、わたくしは引き下がりません。余程の理由でなければ、大人しくしろなどと受け入れられるわけがありませんから」

「……なんなの、この人」

 うんざり、といった感情を少年は隠さない。アマリアからの無言の圧力に屈したのか、少年は手を上げた。

「……まあ、いいよ。別に知られても痛くも痒くもないし。その人は『罪人』。それは教えたと思うけど」

「……」

「なんで罪に問われるんだ、って顔をしてる」

「はい」

「……はあ」

 ため息はつきつつも、少年は説明を続けてくれるようだ。

「まあ、優しい言い方にしてあげる。その人はとんでもない人で、学園にそぐわない事をしたんだ。その事により、罪を問われている。まあ、その人は本当にひどい事をしたわけだけど。―何も極悪人ばかりがここに来るわけではない」

「……とおっしゃいますと」

「―基準はあくまで、当学園に相応しいか否か。学園の生徒として規律から外れた人間が主に送り込まれてくるんだ」

「……こちらの劇場街に送り込まれてくると」

 そう、と少年は頷く。彼がどのように言われようと、アマリアは耐える。今は少しでも情報が欲しかった。

「そんな感じ。あとはね、その生徒の成り立ちが物語のように仕立てられる。きみも見たでしょ?うちの学園の生徒が観にきているのを」

 その通りだ。学園の制服を着た若者達が劇場街を歩いている。そして、興奮気味で話をしていた。そういうことか、とアマリアは思った。彼らは確かに観にきているのだ。それは、とある学生の物語。それも、刑に処されそうな人物の物語をだ。 

「まるで公開処刑ではありませんか……」

「お!言い得て妙だね、お姉さん」

「何もうまい事など……」

 なんと悪趣味だろう、とそれからアマリアは沈黙した。従順なアマリアに気をよくしたのか、少年は得意げに鼻を鳴らす。

「ふふん。そして?そんな生徒を罰するのは、このぼく!」

「!」

「―ぼくは『学園の支配者』なんだって。あんまり可愛くない響きだけどね、まあ、本当の事だろうし」

「貴方が……?」

「うん!」

 そう問うたアマリアに対し、少年、いや支配者は笑ってみせた。年相応の無邪気な笑顔だった。そもそもアマリアよりも遥かに体格が劣る、そして年下相手あるのに。それなのに。

「……」

―畏怖を感じずにはいられなかった。この少年は只者ではない、と思わずにはいられないほどに。アマリアはただひたすら圧倒されていた。

「学園に相応しくない子は、処罰の対象だ。ぼくがそうだねって思ったら、あとはもう執行するのみだ」

「……」

 随分と軽々しい物言いだ。この少年にとっては些末な事なのだろう。たとえ。

「―そんな生徒は、誰も望んでいない。誰からも望まれない。ならば、消えた方がいい」

「消えた方がいいですって……」

「うん、そうだよ?」

「!」

 だからか。だから、彼の存在が消えてしまったのか。―そんな理由で。

「……お姉さん、何、してるの?……ちょっと!」

 少年は信じがたい光景を見にした。アマリアが屈伸運動をしているのだ。よし、と自分に気合を入れると、またしても異形の群れに突っ込んでいった。

「……お生憎様、そういった理由でしたら応じるわけにはいきませんので!」

 そしてがむしゃらに異形達をかき分けていく。傍からみると、溺れているかのようにも見える。

「な、なんなの、この人……!」

 わなわなと震える支配者だったが、アマリアの態度に完全にむくれた彼はその場に腰かけた。

「……ぼく、知らないからね!」

「ええ、どうぞお構いなく!」

 大人気なくアマリアは言い返してしまう。彼女にしてはここまで相手に当たるのも珍しい事だった。だが、そんな事よりも今は婚約者の彼の事だ。支配者と宣う少年など、視界に入れる事もない。

「な、なんなの!……もう、いいよ。気が済むまでやればいいじゃん!どうせわかりきっているけど!」

 アマリアは耳を傾けなどしない。あれこれ言っても、彼女の耳には届く事ない。その事に支配者は尚更苛立つ。

「……結末なんて、わかりきっている。……お姉さんは、必ず絶望するんだ。自分ではどうにもできないって」

「……なんですって」

 つい足を止めてしまったアマリア。支配者は断言する。

「―自分ではどうにもできなくなって、ぼくに結末を委ねるんだ。まあ、ぼくも鬼じゃないし?お姉さんがどうしてもっていうなら?まあ、助けてあげなくもないけど?」

 ほら、と少年は手を差し出す。アマリアはわかってしまった。

―その手をとったらゲームオーバーだ。支配者に結末を委ねてしまったら最後。『彼』が、消えてしまう。それだけは避けたいものだった。

「お断りします……!わたくしは決して、決してそのような!……あああああああ」

 といったそばから、異形達に取り込まれ飲まれてしまった。

「ほーら、みたことか。はい、今宵も退場ー!」

 支配者のとことん楽しそうな声が、アマリアにとって腹立たしさこの上なかった。


「はっ!」

 アマリアは覚醒する。円形の天井に、緞帳が下がった舞台。まばらな客だったこの劇場から、生徒達が退席していくのが見えた。ここは客席だ。アマリアは気がつけば客席に座っていた。何を悠長に座っているのだ、とアマリアは自分自身にも苛立っていた。

「あの少年は一体何なのです……!?いいえ、わたくしもわたくしです!あああ……」

 あの不遜な支配者と名乗る少年もそうだが、不甲斐ない自分にもアマリアは腹を立てていた。そのまま顔を突っ伏す。

「……うるさいんだけど」

「……なんと」

 すっかり自分一人だと思っていたアマリアだったが、前の席に人がいたようだ。深く座り込んでいる事もあり、金髪のつむじのみが後方からは確認できた。人がいるのなら、とアマリアは切り替える。

「お騒がせしました」

「まあ、いいけど」

 聞き覚えのある声だった。どこかで会ったことがあるのではないかと。アマリアは思い出す。きっと、この少年は。

「―失礼、昨夜案内してくださった方ではありませんか?人違いでしたら申し訳ありません」

「……別に、人違いじゃないけど」

 だから謝られるとか、面倒くさい。少年は心の底から面倒くさそうに言っていた。

「さようでございますか。昨晩は、ありがとうございました。そうそう、ご挨拶が遅れました。わたくしは―」

「『アマリア嬢』」

「なんと」

 彼はアマリアの事を存じていたのだろうか。不思議そうにしているアマリアに対し、怠そうに少年は説明する。

「……看板にあったから。もしかしてあんたかなって」

「わたくしの……」

 婚約者を追いかけている途中で、アマリアは自分の名が表記された看板を目にしていた。文章が添えられていた事もあり、その分から推察したというのだろうか。大した洞察力だと感心すると共に、どのような事を書かれているのかとアマリアは空恐ろしくなった。

「……そろそろ戻ったら?」

「その、昨夜のあの光の元へとでしょうか?」

「……光の元て。出入口だよ。ここの。ちゃんとそこから出ないとだめ」

「誠でございますか」

 アマリアは特殊な例だろうか。出る時はその場所を通って、そして朝目覚めたようだ。だが、こちらに入る時は果たして通っているのだろうか。考え込むアマリアに対して、どこか呆れているのは少年だ。

「あんた、『説明』受けてないの?変なウサギに」

「ウサギ、でございますか?」

「……まあ、いいけど。とりあえず、さっさと帰った方がいい」

「帰るのですか……」

 この空間に留まる事が出来ないのか、とアマリアは考える。目が覚めてしまったら、また夜まで待たなくてはならない。アマリアは焦れる一方だ。

「いいの?『現実』に帰れなくても。あまりお勧めしない。そのままここに取り込まれてしまうんだって」

 って、変なウサギが言っていた。そう少年は教えてくれた。

 アマリアの頭には、それでも留まりたいという考えがよぎった。だが、そういうわけにもいかない。現実も避けては通れないものだ。アマリアは立ち上がった。そして、お礼を言う。少年は頷くだけだった。―頷くだけだった。席から動かないともしない。

「……おやすみ」

「貴方は?」

 寝る体勢に入る少年をアマリアは気にする。そういう彼は戻らなくていいのだろうか。

「ぎりぎりまで寝てる」

「なんと!寝過ごしてしまわれませんか?」

「……大体、感覚でわかる。つか、放っておいて」

「失礼致しました」

 彼のつむじに向かって一礼し、アマリアは退席した。うるさくした自分に対しても、色々と話してくれた。親切な少年なのだろう、とアマリアは思った。

―目覚めると、今日も日常が待っている。

支配者とアマリア、互いにイラっとくる関係ですが、長い付き合いになる事に。


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