夜明けの盤上遊戯①
「はあ……」
「お疲れ様、アマリア」
アマリアとフィリーナはようやく寮に帰ってきた。今回の語らいは夜明け前まで続き、新参者達は質問攻めにあっていたのだ。帰る頃には疲労困憊だった。
「ええ、フィー。あなたもね。そして、ありがとう」
「えへへ」
とはいえ、得た情報もある。有益なのは確かだった。
雑談はこれくらいにして、二人は慎重に廊下を歩く。最後まで気が抜けない。どのタイミングで寮長に出くわすかわからないのだ。
「……待って、フィー」
食堂に明かりがついている。誰か、いるのか。
「クロエ、様かな」
「ひっ」
アマリアは竦み上がった。もし、クロエなら。あのクロエなら、玄関先の動きに気づかないことはないだろう。前みたくうたた寝してくれたなら。だが、今のクロエはそれはない気がした。休むならせめて自室だろう。
「……私、正直に謝ってくるわ。フィー、あなたはその隙に」
「ううん、アマリア。怒られる時は一緒。わたしがついてる」
「フィー……」
「ねっ?」
フィリーナは手を繋いでくれた。アマリアも勇気づけられた。二人は手を繋いだまま、食堂へと踏み入れていった。
「……無断外出?なにしてくれてんのかな、アマリアさん?」
「ひいっ!?も、申し訳ございません、私が、私が連れ出し……?」
アマリアは条件反射で謝るも、何かがおかしいと思い始めた。目の前にいるのは。
「ひ、ひっかってる……、ちょ、ちょろすぎ……」
「な、ななな……!?」
小刻みに笑っているレオンだった。アマリアは口があんぐりとしてしまった。
「レオン、だめ。悪ふざけよくない」
膨れて説教するフィリーナにも、ごめんごめんと軽く謝るだけだ。
「……レオン。先輩見て。心臓にかなりきてるだろ」
後方からお怒りの声がした。エディだった。エディの指摘通り、アマリアは未だに心臓がバクバクしていた。
「……うん、まあ。がちでびびったのかぁ。ごめんアマリア先輩」
「そ、そうよ。限度はあると思うのよ……。フィーもエディもお気遣いありがとう。私は大丈夫よ」
「だってさ。そうそう大丈夫、大丈夫!アマリア先輩、タフだし」
「なんとまあ……」
殊勝かと思いきや、即座にレオンは調子に乗り始めた。
「……」
「……」
エディもフィリーナもジト目でレオンを見ていた。
「今度、肝試し大会でも開くか。レオンは強制参加」
「わかった。わたし、気合入れるね。レオンは絶対参加」
二人の企みにレオンは怯える。そのまま後ずさる。
「い、いやいや。参加しないし!逃げるからね、オレ!つか、強制とか絶対とかよくないって!」
さらにさらに後ずさっていく。
「人のこと言えないだろ。まあ、さすがに冗談。季節的にも違う気がするし」
エディはそう言ってくれたが、このフィリーナは違ったようだ。彼女は本気だった。誤魔化している。
「あ、冗談。……ううん、わかってる。冗談。わたし、わかってる。でも、新月寮でやってみたかったかも。全員、強制で参加してもらうの」
「「え」」
怯んだのはレオンだけだった。アマリアもだった。アマリアも実はそれほど得意なわけではなかった。
「……肝試しに。びびる先輩」
エディはそれきり黙りこむ。何かを想像しているかのような。
「おお、エディ。乗り気になってきた?」
「……ああ。悪くないかもしれない」
「よしきた。やったぁ」
本当に何を想像したのか。乗り気になったエディに、フィリーナはガッツポーズをする。
「やばい、やばいて。アマリア先輩、流れ変えて」
「……レオ君、発端はあなたかと。私、そう思うのよ」
「ごめんて。それは本当にすんませんでした!」
不得手な二人は密談する。無茶ぶりでもあった。そういうのが得意なのはレオンの方な気もするが、彼はひたすら逃げの体勢だった。
「……ところで。あなた達は何をしてらしたの?あちらも気になっているのよ」
アマリアは当然の疑問を投げかけた。次に差したのがテーブルの上にあるものだ。飲み物にボードゲームだった。
「それはですね!オレがなんか飲みてーって、ここきたらですね?先客のエディパイセンがいたわけで。で、まったりしてたけど。これ、見つけてさ。ルールわからんくて、オレら試しながら遊んでいたわけですよ!」
すかさずレオンが入ってきた。必死だった。
「へえ、わたし初めてみた。遊び方も知らない」
好奇心の塊がさっそく食いついてきた。
「うん。俺達も手探り。さっき、やっとわかってきたとこ」
「そうそう!やっと対戦できたって感じ。フィーもアマリア先輩もさ、やってみ?楽しいよ?」
エディも妄想から抜け出したのか、参加してきた。レオンもこの調子この調子と意識を誘導させている。
「ふふふ……」
不気味に笑うのはアマリアだった。何事だと三人は見る。
「あなた達、初心者なの。そう、初心者なのね。そう……」
アマリアはボードゲームに触れると、駒を複数個手にとり、配置していく。手札も手際よくきって、これも配置。そして専用の硬貨を振り分けていく。一連の動きに迷いはない。
「ふふ、懐かしいわ。私の故郷ではもはや必修といえるものよ。ふふふ、ふふふふ」
アマリアは得意げに笑うと、席に着く。この自信に満ち溢れた態度、実力は確かなようだ。
「ふふふ、いわば初心者狩りというものよ。さあ、私のお相手はどなたかしら?」
「いらん言葉教えるんじゃなかったー……」
レオンの後悔をよそに、わくわくと席に座ったのはフィリーナだった。
「ご指南お願いします」
「くっ、なんとまあ爽やかなこと……。あなたの天性の才覚があろうと、私は退かないわよ」
それから彼らはボードゲームに興ずることとなった。
「うん、今回惜しかった。引きは良かったのにね」
「さすがの才覚だわ……。本当、あなたの引きはなんだというの」
フィリーナは食らいついていた。飲み込みの早さもそうだが、恐ろしいのはギャンブラー運だ。やたらと引きが良いのだ。
「……はい、先輩の勝ち」
「エディ。あなた、―寝落ちしてたわね」
「してない」
食い気味にエディは否定してきた。そう言われれば受け入れるしかない。たとえ、たまに目を瞑っている時があっても。声を掛けた時に体がびくっとなっていても。
「つってもさ。エディ君、読み合いの時?ぼうってしてない?あと、ちょいちょい勝てる場面でも、そこいかんかい!的な」
「寝落ちもだけど。ぼうってしてないし、真剣な先輩に見惚れてもいない。ここで駒進めたら悲しそうな顔したとかも考えてない」
「オレ、そこまで言ってないんすけど」
エディ当人は舐めプではないと主張しているが、そう思われてもおかしくはない。といっても、舐めプ抜きにしても実力はアマリアの方が上だった。やはり初心者狩りだった。
「―で、オレの番と」
「くっ……。やるわね、レオ君」
回ってきたのはレオンだ。レオンもついさっきルールを覚えた初心者だ。だが、すっかりコツをつかんだようだ。エディやフィリーナも下し、アマリアとも良い勝負だった。
「おやぁ、アマリア先輩?初心者狩りはどうしたんすかー?」
「くっ……」
良い勝負だった。アマリアの勝率をわずかだが上回っているくらいだ。だからこそレオンは煽ってきた。
「……ふふ、私は諦めが悪いのよ!」
だが、ここで折れるアマリアではない。むしろその状況を楽しんでいた。
「アマリア、そのカードがいける気がする」
「それと、先輩。レオン、きっと焦ってるから。畳みかけるなら今」
外野があれこれアドバイスしてきた。
「いやいやいやいや。卑怯じゃね?アマリア先輩、自力で勝ちたいならさ?」
「ふふ、レオ君?勝てるならそれに越したことないの、よっ!」
アマリアは勝負の一手を決めた。
「ふふ、これでレオ君とは引き分けよ。盤上遊戯のアマリアの名は名ばかりでないのよ!」
「いや初めて聞いた」
「エディ。冷静に突っ込まれると、その……」
アマリアは気まずい中、食堂の隅の方を見る。続いたのはフィリーナだ。彼女は他の遊具も発見したようだ。
「あ。わたし、これなら知ってる。『トランプ』っていうんだって」
フィリーナは楽し気に手にとった。カードも手際よくきっている。もちろん、生まれて初めてだ。レオンものっかってきた。
「あー、オレもオレも。色々遊び方あるよ。教えるし」
「……単純なルールのがいい。頭使い過ぎた」
「エディ君、先輩ガン見していただけ……、いやいや怖い怖い。その顔怖いて」
わいわいと三人は集っている。アマリアは微笑ましく思っていた。
「ふふふ」
ただ、楽しい。
こんな夜中にバカ騒ぎ。音量は抑え目だけど、騒いではしゃいでいるには違いにない。
「……」
この学園に来るまでは、想像もつかなかったことだ。
目的はある。それでも、今は。今はこの時はただ、楽しんでいたい。アマリアはそう願った。