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解決された食糧問題

 その朝、アマリアは早くに目が覚めた。身支度も済ませ、自室を出ていった。

「アマリア、おはよう」

「あら、フィー。おはよう」

 階段のところでフィリーナに話しかけられた。朝から眠気など微塵も感じられない、爽やかな笑顔を見せてくれた。彼女の肩でさえずるのは黒い鳥。フィリーナの愛鳥である。

「私達、きっと考えていること同じね」

「うん。クロエの力になりたい」

「ええ」

 二人は笑い合うと玄関口に向かっていった。この時間ならお目当ての人物がいるはずだ。

「クロエ。えへへ、なんかくすぐったい」

「ふふ、そうね」

 約束しないとはクロエは言った。それでも、クロエのことを知れた。身近な存在になれたと彼女達は嬉しくなっていた。


 玄関先にクロエはいた。靴を履き替えているところだった。クロエは気づいたのか、振り返る。

「あれ、二人とも?おはよう。早いね」

「はい、クロエ先輩。おはようございます!」

 アマリアも元気よく挨拶した。気合も入るものだ。朝から元気だ、とクロエは生暖かい眼差しを向けた。

 クロエは普段通りだ。だが、アマリアやフィリーナは違った。秘密を知り、協力関係に至ったのだ。二人は嬉しくてくすぐったくてたまらなかった。呼応するかのように愛鳥も鳴く。

「その、クロエ先輩?つい先程ぶりではありますね。別れたばかりでありますし、なんだか照れくさくもありますが……」

「……」

 クロエは口元に手をあてて考え込んでいる。一人照れるアマリアに対し、どう対処したらと思ったのだろうか。

「いえ、失礼しました。照れくさいのは個人的な感想です」

「うん、それならいいんだけど。いや、そこもなんだけど。……つい、さっきまでって?私、昨日の朝からあなたと会ってないよね?」

「……え」

 クロエは冗談を言う顔、からかってる顔には見えない。まさか、と思った。アマリアの顔は青白くなっていく。

「うーん。どっかで私のこと見かけたのかな?」

「……ええ、ええ!さようでございます!」

 助け船だと思い、アマリアは全力で乗っかった。

「それで、朝から二人でどうしたの?」

「そっそれはですね!フィーと相談しまして、何かお力になれないかと」

「へえ、フィリーナさんと?」

「……な、なんと」

 このフィリーナへの呼び方もである。

「……うん。クロエ、様」

 多少つっかえたが、フィリーナは空気を読んだ。呼び捨ては改め、敬称付けに戻した。クロエも違和感なく受け入れていた。

「……」

「……」

 アマリアとフィリーナは顔を見合わせる。―これは確かにまさか。かといって、通常であるといえた。二人は結論づけた。

 劇場街の記憶がクロエにはないのだろう。アマリア達身内がたまたま覚えやすいだけで、通常の生徒は寝て忘れることだ。クロエだってそうなのだろうと。

「んー?ま、いいけど」

 勘繰り深い彼女に突っ込まれなくてよかったと、二人は胸を撫でおろした。

「それで、お手伝いだよね?それは―」

 クロエは考えこんでいた。あまり歓迎されていないのかと思い始めた時だった。

「―クロエちゃん!聞いて聞いて!」

「朗報よ!」

 騒がしく乱入してきたのは、新月寮の職員達だった。興奮気味な彼らは一斉にクロエ達を取り巻いた。中心にいるクロエは何がなんだかわかっていないようだ。

「ああ、説明がまだだったね。―リゲルから列車が来たんだ!食糧をたくさん載せてね!」

「……え」

 クロエは瞬きする。信じられない、と彼女の表情は語っていた。が、すぐに否定した。クロエは確信を得ていたのだ。

「祖父が、ですか」

 クロエは言う。自分が信頼している商会長が手を回してくれたのだと。

「そうそう!これ、クロエちゃん宛てのお手紙ね!私達は先行ってるからね!」

「後で来てねー!」

 慌ただしく職員達は去っていった。

「……少しだけ、いいかな」

 クロエは了承を得て、手紙に目を通した。時折、嬉しそうにしたり。眉を下げて複雑そうにしていたり。そうして、クロエは粗方読んだ。残りはあとでゆっくりと読むのだろう。

「……」

「……」

 家族からの手紙。羨ましいものだった。だが、アマリアもフィリーナも密告など無粋な真似をするわけがなかった。

「おじいちゃん。きっと、全部わかってるんだ……付き合わせちゃったね。今から行ってくる」

 丁寧に胸元に手紙を仕舞うと、クロエは寮を出ようとしていた。

「クロエ先輩!」

 忙しいのはわかっていても、アマリアは呼び止めずにはいられなかった。

「―クロエ先輩だからこそ、お力になりたいのです。ご遠慮なくお申しつけくださいね」

「うんうん」

 フィリーナも力強く頷いた。

「アマリアさん、フィリーナさん……」

 クロエは足を止め、アマリア、フィリーナと順々に見ていく。そうして頷いたのはクロエもだ。

「……うん、そうだね。寮母さん達も食事の準備で総動員だろうし。玄関先もだけど、食堂とか廊下とか。清掃、お願いしようかな」

 クロエは遠慮なく申しつけた。

「はい!」

「うん、頑張るね!」

 二人はそうこなくちゃ、と快諾した。

「あとはだなー。―シモン君」

「「!」」

 先程の公演もあり、アマリアとフィリーナは過剰に反応してしまう。

「……さっきから隠れてるけど。いるんでしょ?」

「……は、はい。お嬢」

 物陰から出てきたのはまさにシモンだった。

「で、話も聞いてるよね。行くよ、シモン君」

「お、お嬢……!でも、俺……」

「だって、シモン君。『リゲル商会の人』でしょ?遠慮なくいかせてもらうからね」

「!」

 いつものクロエだった。それが、シモンにとってどれだけ救われることか。

「クロエ先輩……」

 劇場での記憶はないのだとしても。何かが。何かが少しでも、クロエの心にもたらしてくれたのかもしれない。アマリアはたまらなくなった。フィリーナもきっとそうだ。

「さあ、何往復してもらおっかなー?どれくらい遠慮なくいこうかなー?」

「ああ、お嬢にこき使われるんだ……!!」

「あと、怒っています。根に持ったままです。おじいちゃんにもしめてもらうんだから。あー、卒業後が楽しみー」

「ああ、しめられるならお嬢がいい……!ああ、待って、置いてかないで!」

 シモンもまた、いつものシモンだった。嵐のように二人は去っていった。

「……」

「……」

「……お掃除、始めましょうか」

「……うん」

 いつまでも呆けてはいられない。アマリア達は掃除に着手することにした。手始めに雑巾絞りから。

「わたし、新月寮に来てからね?雑巾絞り習得したの。どやぁ」

「ああ、フィー……。絞りっぷりが匠の域だわ……」

 アマリアはまたしても、フィリーナのハイスペックぶりに打ちのめされていた。感服すると共に。努力とは、根気とは。それらを問わずにはいられなかった。


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