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ゴンドラに揺られて。―真意はわからないまま、帰路につく

「ショートカットして帰ろうかなって。ここ」

 シモンの劇場より少し歩き、案内されたのは小運河。そこのゴンドラ乗り場だった。

「どうぞ。私が漕ぐから」

 クロエは一番に乗り込み、左側に立つ。既にオールを手にしていた。

「その、クロエ先輩がでしょうか」

 アマリアは失礼承知で確認する。どうしてもゴンドラ乗りというと逞しい人物を想像してしまう。クロエの細腕からは想像出来ない。失礼は覚悟の上だ。

「ふふ、アマリアさんったら。私、昔から祖父に鍛えられてきたから。アマリアさんより腕力あるかもよ?」

「なんとまあ。クロエ先輩、ご冗談がお好きなのですね。私は力自慢を自負しておりますし、故郷では剛腕のアマリアと謳われておりました」

「ふふ、アマリアさん。冗談とか。……ふふふ?」

「は、はい。出過ぎた真似をしました!……えっと、結局は冗談なのかしら。そうではないのかしら?」

 クロエの黒い笑顔に戸惑いつつ、アマリアは指定された席に座る。フィリーナとレオンもだ。バランスを取る為らしい。

「それじゃ、行こうか」

「はい、お願いします!」

「あざーす」

 クロエは周囲を確認し、オールで水を掻いていく。ゴンドラはゆっくりと進み始めた。劇場街に流れる運河をゴンドラは進む。クロエは時折建物を蹴って進路を変えていた。手慣れたものだった。

「ありがとう、クロエ様。クロエ様って、すごいね!」

 フィリーナは目を輝かせながら、クロエを見上げた。夜風に彼女の髪がなびく。月夜を反射する水面にフィリーナはよく映えていた。

「か、かわ、かわいい……。萌え死しそう……」

 クロエはオールを片手に顔を覆う。悶絶しているようだ。

「ほんと、なんだろ。なんで可愛さ極まっているんだろう。あ、これもう無理。我慢できない。フィリーナさん!」

「は、はい!」

 オールを両手で持ったまま、クロエはフィリーナをガン見している。目が充血していた。フィリーナもその様を見て緊張する。尋常ではない様子だった。

「わ、私も。私も!……フィーちゃんって呼びたい」

「え」

「え」

「え」

 アマリア達は拍子抜けした。随分と可愛い願いだったのだ。血走った目からは予想だにしなかったものだ。

「だって、響きが可愛くて。もう、フィーちゃんって感じで!だめかな……?」

 凄まじい表情から豹変。クロエは愛らしい振る舞いをしている。片頬に手を添えて、顔を赤らめている。

「……う、ううん?わたしは大歓迎」

 さすがにフィリーナも狼狽えていたが。

「それならわたしもこう呼びたい。クロエ!」

 すっかり調子が戻っていた。

「すげー度胸……。もうクソ度胸じゃんか」

「フィー……?相手はクロエ先輩よ?その、大丈夫?本当に大丈夫?」

 戦慄しきっていたのはレオンもそうだが、何よりアマリアもだった。青褪めた顔をしながら数度確認している。

「……アマリアさん?何が大丈夫なの?」

「ひっ!申し訳ありませんでした!」

「……もう。なにを怖がってるんだか。もちろん、全然オッケー。フィーちゃんだけでなく、アマリアさんやレオン君だっていいよ?」

「い、いえ。私は心の準備が出来ておりません故。もちろん、御考慮は有難いです、はい」

 アマリアの心からの本音にレオンも同意していた。ぶんぶん首を縦に振っていた。

「ふーん。そっか。そうだ!アマリアさんなら、―『アーちゃん』?」

「はうあっ!」

 小首を傾げたクロエに、アマリアは胸を打たれた。ノックアウト寸前だった。

「いやいや、やばいやばい。それだけはやめといたほうがいい」

 間髪入れずに言ってきたのはレオンだ。レオンにはとある経験あったのだ。それがあった上で、善意で訂正している。クロエは「えー」とだけ返した。それきりだった。クロエの方は特に深く考えてなかったらしい。

 ゴンドラによる船旅は続く。見慣れない建物も見え始める。アルブルモンド特有のものでもない。あれは海洋国家の国旗だ。ペナントとして掲げられ、風にたなびかれている。

「こちらはおそらく。―海外から来られた方々が集っているのかしら」

 アマリアは推察した。ここらで密集しているのは、留学生達の劇場ではないかと。

「うん。きっとそう。私もよくここらへん散策しているから」

 クロエはそう答えた。いや、と彼女はすぐに否定した。

「……この辺りだけじゃない。私は色んな劇場、色んな生徒を見てきた。なにせ長くいるわけだし。……ううん、そうじゃない」

「!」

 驚くアマリア達をよそに、さらにクロエは訂正しようとしてきた。クロエにしては要領を得ない。

「……うん」

「?」

 クロエはアマリアをじっと見る。それから人工の月を見つめていた。

「これ、アマリアさんの気分が良くないと思うけど。いつも喧嘩腰だし。でも正直に話すね。私、追っかけなんだ。―あの男の子の」

「私が。あの男の子。……え」

 反芻したアマリアは、クロエの言わんとしていることに気がついた。

「く、クロエ先輩?それは誠でしょうか……!?」

「うん、本当です。もうね、本気も本気」

 お気を確かにと出かかった。アマリアはそれを飲み込み、ただ言葉の真意を問う。が、クロエは本気だ。その緑色の瞳が物語っていた。

「そ。『支配者』と名乗ってるあの子。私、ずっとなの。……うん、まあ。学園に来た時から?」

「にゅ、入学した時からであらせられますか……。なんとまあ……」

「うん、そんなとこ」

 滅入るアマリアに対し、クロエは微笑む。

「これってさ、きっと私だけじゃないよね。私、夢の中が楽しみなの。彼に逢えること。彼が舞台にいること。そんな彼を見守ること。それが、この学園の楽しみ」

 クロエは穏やかな顔つきでそう告げた。

「……それは、わかるかも。わたしも」

「フィー……」

 フィリーナも夢の中で歌うことを楽しみにしている。だからこそ、クロエの気持ちがよくわかったのだ。

 アマリアもそれはわかる。夢の中の、この劇場街が生徒に苦しみをもたらす一方で。生徒に癒しを与えていることも。それは散々思い知らされてきたのだ。

「……楽しみ、ね。うん、わかるっちゃわかるかな」

 レオンもそう言った。

「そんな彼への思いが溢れて。いつものかっこもいいけど。いろんな衣装もみたいなー、着させたいなー。そんな思いが爆発して。でね、突然なんだけど。ふらりと迷い込んだ衣装部屋で、なんということでしょう!私が思い描いた衣装を、あの彼が!来てくれてたの!」

 芝居がかりつつ、軽妙な語り口でクロエは説明していく。アマリア達も思わず聞き入ってしまった。

「昔から服飾に興味あったし。服作るの大好きで。その人に似合いそうなのとか。新月寮の皆も着てくれるし」

 クロエはさらりと言った。アマリアはそこは気になるところだったが、クロエは話を続けていた。

「そんな彼に夢中なわけで。ただ、舞台の上の彼を見ていれば良かった。でもね、それだけじゃなくなったんだ。あの日、『あなた』の姿を見た。―あの時から」

「……?」

 アマリアは不思議そうにしている。一瞬、クロエと視線が重なった気がしたのだ。と、考えている内に。

「……。天使かと思っちゃった。ああ、私には彼がいるのに!ああ、いろんな衣装を着せたいって!この天使に似合いそうな衣装考えていたら、もう止まらなくて止まらなくて」

 クロエの矛先はフィリーナに向けられていた。体をもじもじさせながら、ひたすら照れていた。

「えっと。……ありがとう?うん、いつもありがとう」

「いいの、いいの!当然のことだからいいの!この世の摂理だから!」

 反応に困りつつもほほ笑むフィリーナに、さらにクロエは悶えていた。

「……」

 『私のことですね!』と名乗り出なくて良かった。アマリアはそう思った。顔もうっすらと赤い。

「んーと。クロエ先輩がフィーに萌えてるのは理解した。それで協力してくれたんだとしても、とりま今まであざす!」

 レオンは軽いノリで礼をし、アマリアも続く。

「ええ、そうね。私達は助けられてきましたから。ただ、今更ではあります。私達に秘密にしておきたかったのですよね?そうでなければ、早々にお申し出があったかと」

「うん、今更だね」

 クロエの正直な返しに、アマリアは萎縮するしかなかった。まずかったかとアマリアは思っていたが。

「わたしが暴いちゃった」

「暴かれちゃったー」

 このやりとりからして、そこまで深刻でもないようだ。

「……うん。まあ、そうだね。タイミングが合った時は、これからも協力しようかな。足並み揃わなかった時はごめんね?」

 クロエはそう言ってくれた。その返答に安心すると同時に、アマリアはやはりこう考えずにはいられない。

「それは大変有難い申し出なのですが……」

「あんまり巻き込みたくない、と。アマリアさん、そんなとこでしょ」

「それは、……はい」

「私、基本衣装部屋から出ないのね。つまり裏方。わりと安全。だから心配すること、そんなないと思うけど」

「ええ、はい……」

「さらに駄目押し。―私は約束しないでおくね」

「……クロエ先輩?」

 クロエはオールを漕ぐ手を止めた。そして告げる。

「……やっぱりね、私の原動力は『彼』なの。何を優先するかっていったら、きっと彼。あとね、私は私の望む時に動くし。気分が乗らない時まで参加したりもしない」

 人口の月を背負うクロエは微笑んだままだ。これだけドライなことを言っていても、いつもの嫋やかな笑顔と変わらない。

「だから約束しないよ。なにかあった時に駆けつけるとか。辛い思いしてまで協力し続けるとか。……ね、アマリアさん?軽く考えてよ」

「クロエ先輩……」

 アマリアは俯くも、再び顔を上げる。今はクロエの言っている事がクロエの全てなのだろう。ならば、こう答えることにしたようだ。

「お力添え、感謝致します。……良いかしら、あなた達も」

 アマリアは頭を下げた。

「うん。よろしくお願いします、クロエ!」

「……うん、まあ、お願いします。あ、そうだ!この際なんで、今言っとくだけど。露出はわりと控えてもらえると助かります!」

 フィリーナとレオンも仮初の協力は承知の上で、承諾したようだ。レオンにいたっては早速要求していた。クロエは笑顔のみで返した。これは聞き入れてもらえない流れだ。

「いくら近道でもね、ゆっくりしてられないね。―行こっか」

 クロエは再びオールを漕ぎだす。ゴンドラに揺られながら、彼らは帰路につく。


 もう夜更けも近い。劇場街の入り口にて他の生徒の姿は見当たらない。

 待っていたのは、着ぐるみに背負われていたエディ。やはりというか、睡眠状態だった。そして、その隣で優雅に手を振っているノアだった。

「やあ、ゆっくりだったね。けれど、こうして待つ時間も悪くない。―して、クロエ嬢までご一緒とはね」

「ええ、ご一緒です。……ねえ、ノア様?」

 クロエは素早い動きでノアとの距離を詰めた。でもって、ノアを見上げていた。凄みながらも見上げているのだ。その気迫にも怯まないのはノアだ。

「おっと、急に距離を詰めてきたね?」

「お見事だったねぇ、ノア様?まさか、私を演じるとか?ねえ、本人が来るかもしれないってのに?」

「おっと。花のかんばせがこんなにも近く。ふふ、ボクも夢のような時間だったよ。君のような妖精を演じられるなんてね」

「開き直りときたかー」

 どれだけクロエに詰められても、ノアは調子を崩すことはなかった。

「ふふ、ノア様もクロエも楽しそう」

「オレら先に帰るよー?よいしょっと」

「うう、早く、早く……。早く、終わらせないと、先輩とレオンが……。迫りくるあの人に……。うう……」

 微笑ましそうにみているフィリーナも。エディを回収したレオンも。

「え、なに。エディ君の寝言なに。私のことじゃないよね?違うよね?」

「ふふ、クロエ嬢は心当たりでもあるのかな?何はともあれ、無事に終わって何よりだね」

 必死なクロエも。その様子を楽しそうに見ているノアも。

「ええ。帰りましょうか。英気を養いましょう!」

 帰ることに張り切るアマリアも。

 日常へと帰っていく。

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