衣装係の正体
「強引な幕切れね。おかげ様で助かったけれど」
アマリアの心臓は未だにバクバクいっていた。迫りくるクロエに未だに恐怖心を抱いていた。同時に解放されたレオンも頷いた。
「まじそれな。クロエ先輩てわりとビビられてるじゃん?それ、過剰じゃね?って思ってた。でもさ、いや理解したわ。……こええー」
「もちろん優しくて素敵な先輩よ。……でも、否定は出来ないわ」
二人はトラウマを残しつつも、舞台をやり終えた。舞台袖で待っているであろうフィリーナ達と合流することにした。
「―あひゃ、あひゃひゃひゃ!」
「……なんと」
どこからともなく笑い声が聞こえてきた。アマリアは今しがた笑われたことを思い出す。そりゃ観客席、安全圏なら笑い事で済むだろう。これはもう実際身をもって体感した者にしかわからない。あの恐ろしさは。
「あははははは、ちょ、あははは、ま、まって」
奥に進めば進むほど笑い声は大きくなっていく。慎重に前に進むアマリア。後退しようとするレオン。
いや、それはおかしかった。
「レオ君?」
「い、いや、急に笑い声とかなにっていうか?フィーの声とかじゃないし。つか、フィー一人で笑っているのもなんでってなるし?となると、ノア様かな?ノア様ならやりかねない。うん、ノア様だ。いや、それはそれでなんでなん?ってなるけど」
「腕、好きに掴んでもいいわよ?」
「……うん。ありがと」
素直が過ぎたレオンは、アマリアの腕を掴んだ。声が大きくなるにつれ、レオンの腕の力も強まっていく。
「も、もう、にげない、にげないから、あは、あはははははは」
「本当?でもまだ駄目。アマリア達戻ってきてないから」
「ふぃ、ふぃりーなさん、か、かわいいかおして、お、おにかな?あはははは」
目を疑うような光景が繰り広げられていた。先に戻っていたのはフィリーナだ。そのフィリーナが、羽交い絞めしていた。クロエを。逃がさないといわんばかりに拘束していた。クロエを。くすぐり責めをしていた。―あのクロエを。
「あ、アマリアにレオン。お疲れ様。えっと、ノア様からの伝言。わたしに任せて行っちゃったから。エディの様子見に行ってくれるんだって」
「あははははは」
「あとノア様ね。うさぎの着ぐるみさん、一体お連れしていった。わたし達もいざとなったら便乗しようね」
「ひ、ひぃぃぃ。ふふふ、あははは」
「えっと、この状況?うん、クロエ様を逃がさないようにしているの。わたしを見たらすぐ逃げようとしたから。これは怪しいかなと」
「ひぃ……、ふふ、ふふふ……」
にこにこと説明しながらも、フィリーナは攻める手は止まることはない。ずっとくすぐり地獄を受け続けてきたクロエは、笑い過ぎて涙目になっていた。
「あの、フィー……?そのへんで良いのでは……?」
「フィー、こえぇ。笑顔でこわいわー、……この子」
見てるだけのアマリア達までも辛くなっていた。レオンも新たな恐怖に引いていた。
「はーい。でもまだぎゅっとしてます」
「ぜえぜえ、やっと……」
さすがにくすぐりは止めたものの、フィリーナは抱きしめたままだった。クロエは呼吸を整え、ようやく落ち着いたようだ。
「よろしいでしょうか、クロエ先輩。―クロエ先輩ご本人でお間違いないのですよね?」
アマリアは心配しつつも、尋ねる。
「……うん、まあ。ここにいるのが何よりの証拠っていうか」
クロエは誤魔化すこともなく認めた。こうして舞台袖にいて、生身のやりとりをしている。隠しようがなかった。
「…んーと、いつもお世話になってまーす。今回もまた、ピンポイントっすね」
「素敵なお衣装ありがとうございまーす。着心地最高」
レオンとフィリーナが畳みかける。どうしたことか、確信を得ているようだ。
―衣装を提供してくれていたのはクロエ。エリカの公演の時に現れなかったのもそうだ。徹夜、夜通しで動いてくれていたのだろう。それで、劇場街に訪れていなかった。フィリーナを偏愛している衣装もそうだ。色々とそう考えた方が辻褄があっていた。
「……なんのこと?私はただ観に来ただけだし。ここにいるのもたまたまだし?」
クロエはそれだけ。視線はそらしたままだ。
「……衣装。つまり、人魚の姿も。あのスリットドレスも」
「……さあ?」
「―あの革靴も。そうして、支えてくださってきたのですね。クロエ先輩」
「……」
「ありがとうございます。いつだってお力になってくださっていたのですね。クロエ先輩」
「……」
「クロエ先輩」
アマリアはまっすぐな目で見る。クロエはそらし続けたままだ。アマリアはひたむきに眼差しを向ける。クロエは返すことはない。なかったが。
「……はあ。そうです。はいそうですー!クロエ先輩の仕業ですー!フィリーナさんの衣装俄然張り切っていたのもー!レオン君の衣装なにげにチラリズム狙ってるのもー!全部クロエ先輩の仕業ですー!」
ついには認めた。げろった。開き直っていた。
「まじか。ほんとだ」
レオンは背中を屈めると、背中がチラリと見えた。呑気に確認しているレオンはさておき。
「あ、そうそう。アマリアさんは衣装映えの為なら。それが相応しいのなら!露出させたろの方針。異論は認めません」
「な、なんということでしょう!」
わなわな震えているアマリアもさておき。
「―ここで話すより、かな。帰りながら話そうか。逃げない。本当に逃げないから。こっち」
クロエの言葉を信じ、フィリーナは拘束を解いた。その言葉通り、クロエは逃げることもなく。一行をある場所へと誘導した。