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一つ星公演 〇〇をぶっつぶせ!―〇〇が在るべき意味⑤


 舞台を走り走り抜け辿り着いた場所、そこは。街の外れにある小運河だった。ここは幼い二人が語らった場所。クロエが笑顔や優しさを教えてくれた場所。シモンにとってはかけがえのない場所だ。

 あれだけ眩しかったのに、今は淀んだ空の下で影を落としている。

「……お嬢」

 虚ろな瞳のシモンが橋の上で佇んでいた。ただ流れる河を眺めている。

「どうしてこうなっちゃったかな……。俺が、弱かったからかな……。俺はもう君の傍にいられないのかな……」

 水面に問うも、答えはない。今のシモンに答えを出してくれるのは、クロエのみか。しかし。

「お嬢は俺の前には現れてくれない。俺には会いたくないんだ!……くっ!」

 シモンは欄干に強く手を叩きつけた。

「ここで終わりなんてあんまりだ。お嬢を悲しませて、迷惑かけて。……こんな。……こんな!……こんなところで終わってしまうなんて」

 シモンは暗い顔で笑う。

「―そんなのごめんだ」

 突如、水が渦巻いていく。高笑いするのはシモンだ。それに呼応するかのように、川の氾濫は激しくなっていく。水は沸き立ち、人の姿を形成していく。

『ああ、シモンよ―』

 声は女のもの。おぞましいそれは、シモンの母そのものだった。

「はは、あはははは!」

 このシモンに怖れなどなかった。かつては恐怖でしかなかった母も、今のシモンにとってはそうはならない。高揚しているのもあるが、それだけではない。彼はかつては母親に反撃も出来ていたのだ。腕力ならとうに勝っていたのだ。

「見てて、お嬢!こいつに勝てば、証明になる!」

『生意気言ってくれるねぇ!!』

 液状の母親は、鋭い爪先を象った。対するシモンは護身用のナイフのみだ。シモンの分が悪いと思われたが。

「ははははは!」

 シモンに攻撃があたることなく、身軽に距離を詰めていく。そして、―切り裂いた。

『ぐはっ!』

「……痛い?痛いよな!?そりゃそうだよ!!」

『こ、この……。得物使っておいていい気になるんじゃないよ!』

 シモンの攻撃は続く。圧された母親は喚くのが限度だった。

「……お母さん、いや。お前だって!!そこらの固いモノで殴ってきただろ!!」

『それはっ!お前が、お前が言う事を聞かないからだろう!?』

 会場内が騒然となる。過去の映像よりも更に酷い暴力が行われていたというのだ。シモンの痛みも恨みも想像以上に根深い。シモンの手は止まらない。

「―っと、危なっ!お嬢様、こっち」

「ふむ」

「ふむときたか……」

 今は守られるしかないクロエ?を、レオンは安全な場所へと誘導する。シモンは周りが見えておらず、こちら側も危害を加えられかねなかった。

 アマリアも距離をとりながらも、割り込むタイミングを見計らう。激化しつつあるシモンの攻撃に、それは難しいものとなっていた。

「……シモン先輩」

 アマリアは密かに彼の名を呼ぶ。痛みつけるのはシモンだ。痛めつけられてきたのもシモンだ。これは彼の復讐だ。そして、証明でもあった。こうすることで。かつての恐怖を克服することで、乗り越えられるのだと。―それをクロエに示す為に。

「ねえ、お嬢!俺、強くなったんだよ!賢くもなった!だから、もうあんな、あんなミスはしないから!お嬢に迷惑かけたりしないから!」

『ぐふ……』

「俺は強くなったから……!俺は強くなったんだ!」

 シモンは狂ったように笑う。攻撃は止まない。相手が悲痛な叫びをあげようと、懇願しようとだ。

 切り刻まれたのは母親だ。水そのものだから血は水飛沫となって現れる。赤い血が流れているわけでもない。それでも。

―うわ……。

 流れているのは血ではない。でも、実際に流れているかのように。それは。

「……痛々しいわ」

 アマリアは言葉にせずにはいられなかった。傷を負ったシモンの母親もそうだ。そうだが、一番に向けたかった相手は。

「―あなたがよ。見ていられないの」

「……は?」

 シモンはようやく第三者の存在に気がつく。地面に着地すると、アマリアと対峙する。憎き母親と似たような恰好の女だ。直前までは怖気ついていたのに、今となっては顔を顰めるだけだ。

「……今、君の相手をしている暇ないんだ。邪魔しないでくれるかな」

 吐き捨てるかのように言うと、シモンはナイフを持ち直す。

「俺が強くなったって、お嬢に知ってもらうんだ。もう、こんな女に、こんな女なんかに……!」

「あなた……」

「こんな奴に、俺は今まで、……今までずっと!!お嬢にまで迷惑をかけて!!……こんな、こんな奴なんか!」

 シモンは恨み言を綴る。さらに、さらにナイフを握る手は強くなる。

「迷っているのかしら」

「なっ!……そんなことは、ないよ」

 アマリアは端的に指摘した。動揺したのはシモンだ。動揺したのは事実だが、揺さぶりはさほど聞かなかったようだ。シモンは顔を引き締める。

「今、大事な時なんだ。邪魔をしたら許さないから!」

 次の一撃がとどめの一撃だ。シモンの呼吸が荒くなっている。今にも斬りかかろうと、体勢を立てている時だった。

「……くっ、させないわよ」

「……!?」

 シモンの持つナイフの切っ先。そこに生々しい感触があった。ナイフをつたうのは、赤々とした。―本物の血だった。

「悪いけれど、邪魔をさせてもらったわ」

 痛みに耐えながらナイフを掴んでいるのは、アマリアだった。彼女は意地でもナイフを離そうとしない。

「な、なにしてるの!?」

 シモンはうろたえている。アマリアはナイフを離さないままだ。たとえ、痛みで悲鳴を上げたくなろうとだ。今は何が何でも離すわけにはいかなかった。

 目を見開いているレオンやクロエ?にも目で訴える。止めないで欲しいと。

「非情になりきれてないじゃない……。そんな人が実の親を手にかけられるのかしら」

「……馬鹿にされているのかな」

「呆れは……、しているわ……。私、持論があるのよ……。夢の中ならやりたい放題は許される。夢の中くらい、心のままにあってよいと」

「……?」

「……はあ、はあ」

 アマリアは激痛で喋るのも辛い。アマリアは格好よく武器を弾き飛ばすなどできない。こうして、不格好に相手の武器を掴むことしかできない。『夢の中』という言葉を用いることはよくない。そう指摘を受けたとしても、用いてしまう不器用さ。

 そのサマであっても、アマリアはシモンに語り続ける。

「あなたのは、それは良くないようね……。あなたが、本当に望んでいないから……。そして、夢の中だけでも救われるものでもなくて……。本当に、本当に救われてはいないのよ。あなたの受けた傷は、あなたが相手に仕返したとしても、それは……」

 シモンの傷が癒えるわけではない。

「もっとこうだったら良かったわね……。酷い事をしてきた相手。されてきた、あなた。復讐してすっきりするなら、私が言えることはない。私は部外者だもの。ただ、そうするには、あなたが……。―弱くて、そして優しいから」

「……!」

 シモンは優しすぎたのだ。母親への情や情けも消し去ることもできない。こうして、邪魔をしてきた相手の怪我も心配せずにはいられないほどに。

「……俺は、弱い?」

「ええ……、強者とは言えないわね……」

 シモンの手の力が緩む。アマリアは察してナイフから手を離した。その血は流れたままだ。

「……はは、そうだ。俺は強がったって、結局は。―弱いままなんだ」

 項垂れたシモンはその場で崩れ落ちる。狂暴さはなくなったが、泣きじゃくる。涙も何もかも止まらなくなってしまっていた。

「……そうね」

 アマリアはそう答えるしかなかった。これが、『悪役』として出来る限界だった。目に見えて救う役割ではない。

「ああ、いっそ……」

 アマリアは観客席を見渡す。見知った先輩達は心配そうに見守ってくれている。ただ、やはり『彼女』の姿は見当たらなかった。

「―このまま見捨てるつもりなの、『あなた』は」

 舞台はそうだろうとも、観客席にさえいない。『彼女』に向かってアマリアは投げかけた。

「……なんてね」

 アマリアは目を瞑って首を振った。他力本願だと自身を律した。それに相手に対してきつい言葉だったと自省もした。

 そういえば、とアマリアは思う。変装したクロエ?も今ここにいるが、シモンは視界に入っていなかったのだろうが。気づくのは時間の問題である。身長がかなり違えど瓜二つのクロエ?を見たら、シモンはどう反応を示すのか―。

「混乱するわって、……え!?」

 アマリアはまたしても二度見をしてしまった。クロエ?がいつの間にかいなくなっていたのだ。レオンに守られて立っていたはずだ。ロープだけ残されたレオンが苦笑していた。

「なんと……?」

 混乱してしまったのはアマリアの方だった。

 ノアがいなくなってしまったのは、仕方ない。アマリアはアプローチを変えて、シモンを説得しようとしたところだった。

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