一つ星公演 〇〇をぶっつぶせ!―〇〇が在るべき意味④
「さあさあ!」
「はいはい、どいてどいてー」
道のど真ん中を闊歩するのは、肌を露わにした派手めの美女と化したアマリア。その背後に控えるは三下のレオンだ。ガラの悪い二人がそこを歩くと、通行人達は避けるように開けてくれる。ひそひそ話も添えてだ。
「……」
アマリアとレオンは歩きながらも、気持ちは焦ってはいた。ただ、二人は偉そうに歩いているわけではない。彼らは探していた。
人混みの中消えていったシモンのことを。あれからシモンは一向に姿を現わさなくなったのだ。肝心の主役が消えしまっては進行が滞ってしまう。さすがに存在自体が消えたわけではないと信じ、探し続けている。
「あっ!ようこそおこしくださいました!」
本店の前で注目を集めている少女がいる。商会トップを争う看板娘であり、どの客も我先にと話しかけようとしている。満面の笑みを見せたのはフィリーナだ。身内にみせる親しげな笑顔から、澄ましたものへと変えていっていた。
「あら、人だかりだこと」
「はいはい、人探してますよっとー」
アマリア達は乱雑に割り込んでいく。訝しげに客達に見られようと、ここは気にしてはいられない。
「えっと、そちらのお嬢さん?私達、人を探して―」
「そこまでだ!」
愛らしい店員、つまりフィリーナに話しかけようとした時だった。遮るように入ってきたのは、店の警備員達だった。リゲル特注の制服を纏っている。彼らはフィリーナの前に立ち、守りに入った。
「あら、どういうことかしら。私はそちらのお嬢さんに話しかけようとしただけよ」
何も乱暴をしたわけでも暴言を吐いたわけでもない。アマリアは不服を申し立てた。
「そちらの主張はわかった。だが、いくつもの通報を受けている。さあ、あとは別室で話を聞かせてもらおうか」
が、警備員達は聞き入れはしない。不審者扱いのアマリアとレオンを取り囲む。
「待っ―」
待って、とフィリーナが助け船を出そうとした。だが、今の彼女は一店員。この問題客との関係性を疑われても困る。フィリーナは唇を噛む。今は様子見するしかないのだ。
「お待ちなさい。そちらの件、私の方で預かります」
堂々とした物言いだった。とある少女の来訪に、警備員達は目を見張る。
「あ、あなたはっ!……はっ、承知仕りました」
警備員一同、頭を下げた。
「……やはり、おいでになるわよね」
アマリアもその人物を確認した。一見小柄で庇護欲を駆り立てるような美少女、その実、貫禄があって怖れも抱かれている少女。アマリアの憧れでもある寮長。
クロエ・リゲルが今、登場した。
「ああ、でも……」
アマリアはさすがにクロエ本人が登場するとは思ってはいなかった。おそらく、このクロエは『舞台上のクロエ・リゲル』。舞台にて造られたキャストに過ぎないのだろうと。
「―ただ、私一人だと不安ではあります。一、二名。警護をお願いできますか?」
クロエ?はその様を見届けつつも、一つ提案をする。
「「はっ」」
「ありがとうございます。そちらの二人もご同行願えますか?」
選り抜きの警備員達が敬礼した。クロエ?はお辞儀をし、行く先を示す。事務所は本店の裏側を回らなくてはならない。そこまでついてきてほしいとの事だ。
「えっ?同行、でしょうか???」
クロエ?に急に話しかけられたアマリア、彼女は素に戻ってしまった。レオンに小声で『しっかり』と言われ、アマリアは気を取り直す。出で立ちはクロエそのものでも、クロエご本人ではない。敬愛すべき先輩相手ではない。商会の責任者にあたる相手だ。
「こ、困るわね。私達は普通に話しかけただけです、だもの」
相手はクロエ先輩本人ではない。本人ではない。そう何度も念押ししながら。アマリアは装う。
「あなた達の都合は聞いていません。すみません、強引にでも連れていってください」
「なっ!」
クロエ?はぴしゃりと言い捨てると、警備員達に命じた。アマリアもレオンも拘束されてしまう。抵抗しようにも強めに拘束されていた為、ままならなかった。
「そのままお連れして。―お客様方、お騒がせ致しました。ごゆるりとお楽しみくださいませ」
クロエ?は笑顔でごり押しをし、場を治めた。騒動が終わったのかと買い物客らは散っていく。残されたフィリーナはいよいよ助けようにも、客に話しかけられてそれが難しくなっていた。
「……」
フィリーナを残していくのもそうだが、体が自由にならないことにもアマリアは不安に思っていた。シモンを追いかけている最中、思わぬ妨害にあってしまったのだ。
「大丈夫、ここは流れに乗っておこう」
レオンがこっそりと話しかけてきた。最初はアマリアを見て、次に本人でないだろうクロエを見る。
「いざとなったらさ、撒いてでも―」
「……」
レオンは言いかけて、言い止めた。この時にクロエ?と目が合ったようだ。クロエ?は目配せをしてきた。
「……?……あー。うん、大丈夫。ここは流れに乗っとこ」
「ええ?そうね?」
それはさっき聞いたと言ってはならなさそうだ。レオンは何か確信を得ている。それならばアマリアも乗るまでだった。
裏手にある事務所まで向かっている途中だった。クロエ?が首を傾げる。
「―うーん。今思ったんだけど、その人達話しかけただけでしょ?」
「……と、おっしゃいますと?」
「確かにクロエ様の仰る通りです。ただ、その者達は店の品位を貶める可能性もあり、また、従業員に危害を加える必要もあったかと」
今更過ぎる質問に、警備員も聞き返さずにはいられなかった。提言せずにもいられなかった。
「うーん。でも『まだ』でしょ?もし、ただガラが悪いだけだったなら、この対応も問題あるわけで。よし、わかった!一旦、解放しましょうか!」
クロエ?は手を叩くと、警備員達に命令をした。それは警備員達には信じがたいものだった。拘束を解くようにと命じてきたのだ。
「はっ。かしこまりました」
「はっ。ただちに。ほら、大人しくしてろ―」
警備員達も渋々といった感じでアマリア達の拘束を解いた。いざとなったら手を出せば良いと考え直したようだ。いっそ、暴れてくれればいい。ひっ捕まえる正当な理由になると―。
「ふぐっ!」
「ぐはっ!」
自由になったレオンはまず、膝蹴りをくらわす。体勢を崩した警備員達の頭に蹴りを入れて一気に対処した。警備員達はその場に倒れ込む。気絶しているようだ。
「……」
アマリアはあんぐりしていた。拘束が無くなったと同時、レオンはすぐ動いたのだ。元々拘束なんてあってないものだったのかもしれない。
「―っと。これでいい?『クロエ様』?」
「……いいわけないでしょ。何てことしてくれたの。普通ここまでする?」
笑顔で訊いてくるレオンに、クロエ?は厳しい反応だった。レオンの不自然な質問に対し、もっともな反応であったが。
「だってさ。どうする?この人、人質にする?」
「な、なんてことを!そんな恐れ多いことを―」
とんでもない提案だった。アマリアは首をかぶり振って反対する。だが。
「はっ!」
それではいけないのだ。アマリアが舞台上で振る舞えるのは『悪役』。ここでクロエ?を人質にしない方がおかしい。それはわかっているが。
「……」
クロエ相手となると、非常にやりづらかった。どうしても抵抗が出てしまうのだ。それでもやらないわけにはいかない。また念じながらアマリアはクロエ?に近づく。
「……そうね。私達、進まなくてはならないのよ。一緒に来てもらうわよ」
腕でも掴んでおいたようがいいだろう。そう考えたアマリアはクロエ?に近づくことにした。
「……え?」
近づくにつれて、違和感が芽生えてくる。アマリアは相手を二度見した。
「……えっ?」
いや、もう一回まじまじと見た。三度見だった。どうしたことか。
「ふふ」
「!?」
相手は小さく笑った。アマリアはまさか、と思った。だが、そのまさかだった。
前例があるから気がつけたこともある。クロエの姿をしているが、これは。
―ノアによる変装だと。よりにもよってクロエに化けたのだ。
「なんと……」
アマリアはこっそりと観客席を見る。生徒達はおかしいとは思っていない。実際にアマリアも今となって気がついたくらいだ。近寄って並び立ってようやくである。
「―さてと」
「!」
ノア、いや。変装しているクロエ?はそう言うと、アマリアの手をとった。アマリアが気づくと同時に、拘束されていたのはクロエ?の腕である。彼女はロープによって腕が縛られていたのだ。あたかも、アマリアの仕業かのように。
「……ああ。酷い事するんだから。今は大人しくしとくけど、あとで目に物言わすからね?」
「っ!?」
クロエ?に凄まれ、アマリアはびくっとなってしまう。といっても、いつまでもびくついてはいられない。アマリアは自身に言い聞かす。何回目かはもうわからない。相手はクロエ本人ではない。偽物である。しかも中身はノアだ。そう、何度も何度も。
「い、いいから、ついて、来なさい!」
「あっ」
棒読みだ。アマリアは語気を強めに言うと、ロープを引っ張って手綱をとる。その拍子にクロエ?はよろめいてしまうが、今は気にするわけにもいかない。身長差に不自然さを思わせるだろうが、それでもアマリアは堂々と立つ。押し通すようだ。
「やった。この人盾にやりたい放題じゃん」
「え、ええ!そうね!?こちらの令嬢の命は我々が握っているのよ!」
悪い顔をしている手下に倣うように、棒読み混じりにニヒルに笑う女。その背後で恨めしそうにしている商会長の孫娘。奇妙な三人は警備員を蹴散らし、舞台を駆け抜けていく。