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一つ星公演 〇〇をぶっつぶせ!―〇〇が在るべき意味 開幕

 アマリアが舞台袖に着くと、二人は座り込んで待機していた。アマリアがやってきた事にレオンが先に気づき、フィリーナも続いて振り返る。

「遅い、遅いっす。アマリアパイセン」

「ええ、待たせたわね。それと、パイセンとは。前から思っていたのだけれど」

「……お、いつもの感じ。ま、それならいいか。あと、パイセンはパイセンね」

「?」

 開演を告げるブザーが鳴る。座っていた二人も立ち上がり、息を潜めた。

 シモン。寮生としては付き合いがあるものの、アマリア達は新月寮に来たばかりである。正直なところ、シモンのことはよくわからないのだ。彼が起こした問題は、クロエの業務用ファイルを荒らしたこと。順番をめちゃくちゃにしたこと。それを起こしたきっかけはなんだったのか。それもわからない。

「……わたし達、シモン様のこと存じてないね」

「ええ、フィー。そうね」

 あとは、リゲル商会の人間であること。クロエに付き添うかのように入学してきたこと。知らないことばかりだ。

「……あ、シモン先輩来た」

 レオンが告げる。舞台の上にて、シモンが姿を現わした。一身にスポットライトを浴びている。ちなみにスポットライトは微動だにしない。

 例え、知らないことばかりだろうと。それは今に始まったことではない。―そうであろうと、舞台に挑むまでである。

「ああ……。あああ……」

 制服姿のシモンはふらつきながら歩いていた。呻き声もあげている。顔は青褪めており、頬もこけているかのようで。シモンはやつれきっていた。

「ああ、お嬢……。クロエお嬢様がいない……。俺は、俺は……」

 シモンはひたすら彷徨っていた。無機質な舞台の上で、クロエを求めながら、ただひたすらであった。

「お嬢、ああ、お嬢……」

 クロエが姿を現わすことはない。それはシモンもわかっていた。それでも、彼は追い縋るかのように、クロエの名を呼び続けていた。

「俺が、俺が悪いんだ……。全て、俺のせいなんだ……。お嬢、俺と出逢わなければ良かったんだ!」

 ああ!とシモンは叫ぶ。頭を掻きむしった。

「俺が、俺達が……!やってこなければ……!!うわぁぁぁぁぁ!」

 ついには大粒の涙を流しながら、泣き叫んでしまった。

「ううう……」

 ひとしきり泣いたあと、彼は鼻水をすする。

「ああ……。俺はもうだめだぁ……。お嬢にあれだけのことをして、ああ……」

 いつものが来るかと、舞台袖のアマリア達も観客の生徒達も構える。

「ああ、たまらない……!お嬢に糾弾されて、軽蔑されて!ああ、もっと、もっと、俺を……!」

 絶叫するシモンに、やはりと誰しもが思った。だが、すぐにそうではないと思い知らされることになる。

「……ああ、違った。お嬢は俺を責めもしなかったんだ。怒りもせず。罰することもせず。ただただ」

 シモンは無表情で無感情に喋り通す。能面のような顔に、誰しもがぞっとした。

「……何もなかったんだ。あったとしたら、無関心だけ。……それだけ」

 シモンはそう言うと、両手を天井にかざした。救いを懇願しているかのようだ。

「……頼むよ、お嬢!俺を怒ってくれよ!俺を責めてくれ!!」

 シモンの叫びに対し、劇場内は静まり返るだけだ。シモンは卑屈に笑うと、どこか諦めたようになった。

「……お嬢は無理か。無理だよなぁ。なら誰でもいい!俺を、俺を罰してくれ!こんな俺を!!頼むよぉぉぉ!」

「な、なにを」

 アマリア達は仰天する。シモンの異常な様に驚きを隠せない。そんな彼女達をよそにシモンは懇願し続けていた。

「……もう、こんな俺は嫌だ。早く、俺を罰して!誰でもいい、誰でもいいから!」

「!」

 アマリアはさすがにまずいと思った。自分から罰を望むイレギュラーさもそうだ。これだけ連呼されると。もし、支配者に聞き届けられていたとすると。―最悪な結末になりかねない。

「早まってはなりません、シモン先輩!」

「え、アマリア様……?なんで……?」

 これはもう、不可抗力だった。アマリアは舞台を飛び出さずにはいられなかった。予想がついたフィリーナとレオンも体勢を整える。アマリアは二人に悪いと思いつつも、シモンと向き合う。

「シモン先輩。お気持ちはわかります。……何も咎められないのもお辛いですよね。あなたがお望みならば、機会を授けるまでです」

「君は何言って……」

 唖然としているシモンをよそに、アマリアは続ける。

「―その為にも始めましょうか。あなたの物語を」

「……アマリア様?」

「私は知らなくてはならないのです。何があなたをそこまで。……駆り立ててしまったのか」

 アマリアは覚悟を決めた。―突如、アマリアは白い光に包まれる。

「これは……」

 婚約者による力。それとはまた違うものだ。体全体が温かなものに包まれるような。どちらにせよ、覚えのある感覚だ。後にこの身に起こることもアマリアは知っている。

 会場内が騒然となる。アマリアの姿は制服姿から異なるものとなっていた。

 煽情的な赤のスリットドレスに、毛皮のファーコート。足元は高めのピンヒールだ。アマリアは社交の場でヒールを履くことはあれど、ここまで高く不安定なものは履いたことがなかった。

「この姿は。……いいえ」

 恥ずかしがったのは一瞬のこと、アマリアはすぐに気持ちを切り替える。堂々とその場に立つ。

「あああ……」

 アマリアの姿は変わっていた。それを緑色の瞳で捉えたシモンは動揺していた。先程とは、比ではない。シモンは大量な油汗ををかき、がくがくと体が震え出す。

「……あ。あああ!!」

 シモンは自身の胸元を抑えつけた。悲痛な叫び声と共に告げられたのは、タイトルロールだった。

―一つ星公演。『リゲル商会をぶっつぶせ!―シモン・アデールが在るべき意味』。開演。

「え……」

 アマリアは耳を疑った。リゲル商会をぶっつぶせ。これがシモンの公演名だというのだ。だが、そうこう考えている内に舞台は転換していく。アマリアは今は様子見することにした。

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