?つ星公演 エリカ嬢はご所望です。―こんなにこんなにいいんですかぁ!?③
「いらっしゃいませー」
店内に入ると、笑顔も素敵な看板娘が歓迎してくれた。盛況だった。多くの客で賑わっていた。絶品のスイーツに舌鼓を打つ。
「さあさ、とっとと作りなさいな!私は引っ込んでいるわ」
「へいへーい……」
「まあ、なんてだらしない返事でしょう。ふふ、まあいいわ」
女主人が雇われ調理人に命ずる。説明口調だった。言うだけ言うと、彼女は本当に姿を消した。取り残された調理人は、ただ一人、厨房で作り続けていた。その健気な姿に、観客達の同情を買っていた。そう、観客達は知る由もない。
「……」
尊大な女主人が、舞台袖でこそこそと食材を切り続けているなど。レオンが用意したテーブルに積み上げていく。それを隙見てレオンが取りにきていた。それにしても、とアマリアは思った。
「はー、大変大変」
とのたまっているレオンの手際が良かったこと。レオンもフィリーナ同様、まともに調理しているところは見たことない。それであの包丁捌きだ。自分の周りはセンスの塊ばかりか、とアマリアは思わずにいられなかった。
「ああ、ここは楽園だよ……」
「本当にな。最後のサンクチュアリだ……」
店内の客は口々にそう言う。エリカの襲撃は今も続いているようだ。まともに店として成立しているのは、もはやこの店くらいなのだろう。
「……」
表向き営業しながら、エリカの来訪を待っている。じきに来るはずだと信じて。それからだった。
「ごめんくださいなぁぁぁ!」
―来た。
エリカが扉を勢いよく開いた。さらに体格の良くなったエリカは、ドシドシと豪快に足音を立ててやって来た。
「あら、美味しそうな料理達。わたくしがいただきますわねぇ」
別の客の料理を歩きながら、どんどん口の中に放り込んでいく。
「ご安心なさって?料金はきちんと払いますから。わたくし持ちですわよぉ」
口に含みながら、エリカはそう語った。
「あああ……」
もう食べ物のことも、料金のこともどうでもいい。客たちは一目散に店から逃げ出していった。
「……」
ついにエリカがやってきた。ここが正念場だ。他の客たちが残した料理に夢中になっている間に、三人は作戦を練る。時間は正直、無い。
「んー、ヨルク先輩辺りに抑えてもらう?まあ、探している時間ないか。それかお仲間とか」
レオンは提案する。カンナが慕っている生徒達の力を借りてはどうかと。
「……難しいわね。先程、カンナ様にも相手してもらえなかったもの」
「それもそっか。みんなで食べるがヒントかと思った」
「ええ、それも確かね。ヨルク様方に力になってもらえれば、違ったかもしれないわね。……体質や病気ではない。エリカ様は精神次第では、克服なさっていたのよ。それが例の茶葉だったのかもしれないし。……ヨルク派の皆様もあってかとは思うわ」
第三者の介入は難しかった。カンナ達も、彼女らが主演だった時とは違う。今の彼女は『舞台に用意された』カンナだった。アマリアのことも最初は女学生、今となっては悪どい女主人としか認識してもらえないだろう。
「食べ物を振る舞うしかなさそうね。言葉は悪いけれど、正気に戻ってさえくだされば。何か衝撃的な食べ物が必要かしら」
「あー、極端に辛かったり、痛かったり?口は止まるだろうけど。……止まるかあ?」
レオンは自分で言っていて、疑問に思ってしまった。止まるかもしれない。だが、それも束の間のこと。また再開するだろう。
「……エリカ様が、思い留まってくださるような」
フィリーナが呟いて、何かを思い出しているようだ。
「……おやおやぁ?感心しませんわねぇ!お客様放置で雑談ですってぇ?」
もう食べ終わったようだ。エリカは目をぎらつかせていた。
「おお、まじか……」
「時間切れね。成り行き任せでいくしかないのかしら」
レオンもアマリアも憂いはするも、腹を括る。エリカはしっかりと彼らを見据えている。さらさら逃げる気などもない。
「うん、成り行き任せ。それだ!」
唯一、自信満々なのがフィリーナだった。彼女は胸を張っていた。
「レオン。まずは―」
フィリーナはこっそりと耳打ちをした。指示を受けたレオン首を縦に振る。今はフィリーナを信じて、店を抜け出していった。
「なんですの?調理人がいなくなるなんて。あり得ませんわよ?」
エリカはお腹をさすりながら、口を尖らせた。不満げに近くの椅子に座り込む。
「ふふん、わたしの衣装をご覧あれ。わたしだって調理人……!」
と、エプロンドレス姿の彼女はさらにふんぞり返った。
「あら、そうですの?ですが、たった一人でわたくしを満足させられると?」
「一人じゃないよ」
「そうなりますと、あちらの方が……?」
フィリーナははっきりと肯定した。アマリアは自分の事かと前に出ようとするが、立ち止まる。今の自分の立ち位置を省みた。尊大な態度の女主人だ。
「……」
アマリアは腕を組んでフィリーナを見る。完全に斜に構えた態度だった。フィリーナはそれでいい、と頷いた。
「どうせなら、楽しい方がいい!さあ、ご覧あそばせ!」
フィリーナが高らかに言うと、調理場に多くの照明が当てられた。軽快に口ずさみながら、食材を切っていったり、泡立てていく。時折、ダンスも挟み。そして、観客にも手拍子を要求する。乗せられた彼らは、フィリーナの歌に合わせてリズムを刻んでいく。
「……フィー、すげぇ度胸」
レオンはこっそりと食材を置いていく。フィリーナが頼んでいたのは、食材の調達だったようだ。まだまだあるようなので、レオンは退場していった。
「ええ、すごいわ……」
アマリアもつられて浮かれそうになるも、そこは顔を引き締めた。ポジション的に高みの見物を決め込まなくてはならない。
「……ああ、なんて」
そわそわしているのは、アマリアだけではない。食べ物に夢中だったエリカもだ。エリカもまた魅入られていた。
「ほら、みんなもおいで!」
フィリーナが手招きしていたのは、なんとうさぎの着ぐるみ達だった。調理をしていたこともあり、腕は確かということだろう。端っこで待機していた着ぐるみ達は戸惑っていた。
「は……?あの子達を……?」
一番対応に困っていたのは、支配者だった。アマリアもこの時ばかりは彼の心情を理解出来た。
「……はぁ」
着ぐるみ達は、困りながらも体はリズムに乗っていた。支配者は手を上げて、参入の許可を出した。着ぐるみ達は待ってましたと言わんばかりに、舞台に乗り出す。
舞台の進行を邪魔するものではない。賛成はしない。かといって、反対はしない。それが支配者の下した結論だった。
「うん、一緒にね!」
フィリーナのさながらショーに加わった着ぐるみ達は、共に踊る。観客達は熱狂した。そうして、出来上がったのが見た目も味も一級品のデザート達だ。盛大な拍手が起こる。
「……」
着ぐるみ達は舞台から下りて、各々の持ち場に戻る。フィリーナもお辞儀をし、そのまま舞台袖へと引っ込んでいった。
「フィー……?」
アマリアは違和感を覚えた。彼女のことならば、そのまま残っていてもおかしくないだろうに。
残されたのは、静まり返る舞台。楽しいミュージカルの時間とは違い、緊張が走る。
「……」
フィリーナの謎の退場と、最後の食材を届けたあと戻って来ないレオン。アマリアは一人、残された。そうであろうとも。
「……まあ、いただきますわねぇ。一瞬でしょうけれど」
「ええ、召し上がれ」
アマリアは顔を上げる。フィリーナ、そしてレオンが繋いでくれた舞台だ。何としても無事結末まで導いてみせる。アマリアは覚悟を決めた