?つ星公演 エリカ嬢はご所望です。―こんなにこんなにいいんですかぁ!?②
「!」
舞台は引き戻された。大道具も何もない、舞台だ。現在のエリカの姿に戻っていた。
「そう、わたくしは幸せなのです!学園に入学することになり、ヨルク様に助けていただいて、お姉さま達にも出逢えて!ああ、なんて果報者なのでしょう!」
スポットライトを浴びたエリカは、声高々に観客席に訴えていた。
「……この学園に来たからこそ、優しい方々と出逢えました。本当に優しくて、素敵な人達」
エリカの背景に映し出されるのは、この学園だった。過去のエリカだろうか。ふくよかで今より幼い彼女が、ヨルクと話していた。アマリアは覚えがあった。以前の公演だ。エリカはこう話していた。
冴えなかった自分が、ヨルク達との出会いによって変わっていったのだと。アマリアもそれが実感していた。映像がそれを語ってくれたかのようだ。根気強く体型改善に付き合ってくれたヨルクや、楽しそうにお茶会に誘ってくれる乙女達。エリカにいかに寄り添ってくれたのか。そうして優しくしてくれたことが―。
「……さーて。ようやく訪れるのは、エリカの時間!です!」
エリカが大きく手を広げると、背後の映像は消失する。代わりに出てきたのは、大型の縦割りだ。それはやがて、実際の建物と変貌していく。街並みは首都そのものだった。歴史を感じられる荘厳な建物群と、花々で彩られた街。多くの人で賑わう。地面も舗装されたレンガ道となった。
「さあ!今夜も食べ放題ですよー!」
エリカはドレスをたくし上げながら、爆走していった。
「……」
アマリアは、口を挟む暇がなかった。一方のエリカは、ある店の前で立ち止まる。
「ああ!季節の果物といったら、こちらの店ですね!」
ドアベルを盛大に鳴らし、突入していった。騒音が鳴り響いている。人が走り回る音や、食器が割れる音だ。外観からはわかりづらいが、店内は慌ただしいことになっているのだろう。しばらくして。
「あー、美味しかった!さ、次の店はっと」
食べかすだらけの口のまま、エリカは出てきた。次の店に目星をつけた彼女は、またしても乱入していく。そして、食べきったあと、店から出てきて。そして、また新たな店に入って。その度に。
「いやぁ、どの店も素晴らしいですわぁ」
エリカの体型が、ふくよかになっていく。そして、食べつくされた店は損傷を与えらえれていった。破壊されたといってもいい。
「……エリカ様」
アマリアは傍観するしか出来ずにいた。勢いに圧されていたといっていい。それは観客達も同様だった。大抵の生徒は固唾を飲んでいた。
「このままじゃまずいわね」
声を掛けようとはした。だが、エリカには声が届いてないようだ。追いつこうにも、アマリアが駆け付けた頃には、すでにエリカによって破壊されたあとだった。
「……すごい勢いじゃないの、あの子」
「!」
ぞろぞろとやってきたのは、カンナ筆頭のヨルク派の乙女達だった。エリカの同志達だ。舞台に出てきてもおかしくはない。また、アマリアも転機だと思った。カンナ達に協力してもらえれば、進展があるだろうと考える。
「素晴らしい頃合いよ、カンナ様!お力を借りたいと思ったの」
「……」
浮足立ったアマリアに対して、カンナは眉をひそめていた。むしろ、足を一歩引いている。
「カンナ様?」
「……失礼ですが、どなた?どうして?私の名前をご存じなのよっ!?」
「!」
カンナも他の乙女達も警戒しだした。アマリアははっとする。この目の前の少女はカンナ本人ではなく、あくまで『舞台上のキャスト』のカンナに過ぎないとしたら。それもそうだろう。ここはカンナが主役の舞台ではないのだから。
「失礼しました。お知り合いに似ていたものですから」
アマリアは取り繕って笑んでみせた。カンナ達も不審者を見る眼差しはそのままながらも、それ以上糾弾することはなかった。乙女の一人が、早く店に入ろうと誘導する。そのまま、カンナ達は店に向かうことにしたようだ。
「そうそう、あなた。寄り道は感心しないわよ。制服のままなんてっ」
「……ええ、肝に銘じておくわ」
アマリアは改めて自身の恰好を見直す。紛れもなく女子生徒の制服姿だ。ここ最近ではあるが、舞台に上がると衣装が変わっていたりした。その衣装こそが。
「……今になって実感するわ」
後押しをしてくれたのだと。どこまでかはわからない。目的もわからない。初めて与えてくれた軍用の靴も。レオンが提供してくれたドレスを、着られるように調整してくれたのも。人魚姫のような装いも。
「……まあ、あの衣装は」
アマリアは思わず胸元を抑えた。条件反射だった。少しの時間ながらも、考えていた。アマリアは立ち止まってしまっていた。それをおかしく思ったのは観客達だ。
―あそこにいる生徒。なんなんだろうな。さっきから。
―圧倒されてるんじゃない?エリカ様、すご過ぎて。
―といってもなぁ。何のためにいんの?
「!」
痛い言葉があったが、アマリアは認める。それは事実であった。今の自分は、棒立ちしている謎の女子生徒に過ぎない。アマリアは天井辺りに視線をよこす。そこにいるのは支配者だ。
『あとはぼくに任せたら?』
と、支配者は口だけ動かしてきた。
「……なんとまあ」
確かに今の自分は何も出来ない。舞台袖に引っ込むことにしたのだ。
アマリアは舞台袖までやってきた。先客がいた。フィリーナとレオンだった。自分と同じ制服姿だった。彼らも彼らで成り行きを見守っていたようだ。その上で困ってもいた。表情からしてそうだった。
「アマリア。わたし達どうしよう」
「いつもみたく、衣装サービスもないしね。まあ、いくつか見繕ってはきたけど」
レオンはまたしても、強奪してきたようだ。どこからかはレオンのみぞ知る。アマリアはお礼を言いつつも、床に広がった衣装達を見る。
「……」
横目で舞台を見る。エリカの暴走は続いたままだ。次々と店が崩壊していく。刻々と迫ってきている終演の時。
「出迎えるしか、なさそうね」
アマリアは手にする。ブラウスに、腰に巻くエプロン。調理人の服装だった。アマリアは考えた。―店側の人間として、エリカを迎え入れようと。
「それな」
レオンも同じ衣装を取る。彼の方がサイズは大きかった。身長の高さ、体格、そうしたことから自然とそう判断したのだろう。レオンに続いて、フィリーナも調理服を取ろうとするが。
「フィーはこっちのが良くない?『応用』ききそう」
「うん、わかった」
フィリーナが受け取ったのは給仕服だった。パフスリーブのシャツにエプロンドレス。なんとも可愛らしい看板娘だろうか。容易に想像が出来た。
「じゃ、二人とも。いいってまで後ろ向いてて」
アマリアもフィリーナも言われた通りに後ろを向く。レオンは今、着替えるのだろう。その場で気にせず着替えそうなところだが、彼は気を遣ったようだ。
「ええ、わかったわ」
後ろでは異性が着替えている。妙な緊張が―。
「はい、オッケー。お待たせ」
「!?」
一瞬といえるほどだった。レオンは見事に着こなしていた。衣装もぴったりだった。
「じゃあ、オレ軽く『交渉』してくるから。その間、着替えといて」
「……ええ、お願いね」
交渉とはいってくれる。どこかの店を抑えてくれるようだ。乗っ取りだ。荒事だろうと想像ついた。それでもアマリアは看過することにした。
「……っと。なんかひらひらする」
レオンが去った後、二人も着替える。フィリーナもまた、見事な着こなしだった。細身のデザインだったが、スリムなフィリーナには取るに足らないことだ。短めなスカートから、彼女の美脚がのぞく。激レアなツインテールも有難みが増す。
「あまりこういう恰好したことなかったから。新鮮。うん、滅多にない機会。人生経験。うん、何事も挑戦」
フィリーナ本人も恥ずかしいと思いつつも、開き直ってもいた。思い込んでいる感も否めなかったが、フィリーナは納得していた。そして、アマリアはというと。
「ふっ!はっ!」
「……大変だね、アマリア」
アマリアは今、戦っていた。ブラウスのサイズがきつかったのだ。掛け声をかけながら頑張っているが、どうにもならなかった。上の方のボタンが留まらない。
「わたし、先行ってるね。時間稼ぐから」
「ああ、申し訳ないわ……」
「気にしないで。お互い様お互い様」
じゃ、とフィリーナは片手を上げた。そのまま舞台に飛び出すと、客席から歓声が上がった。突然、可憐なウェイトレスが現れたのだ。それも当然といえた。
「……」
アマリアは、諦めることにした。何もかもにだ。愛らしいウェイトレスの後に登場することも。だらしない姿で出ることも。
「そうよ、今更じゃない」
思い出すのは、あの人魚姫の姿だ。胸元は貝殻でのみ覆われ、腹部も露わにしていた。下半身は、いや下半身は魚の鱗だからセーフなのだと、アマリアは謎理論で言い聞かせる。
「いざ!」
勢い任せに、アマリアも舞台上に舞い戻った。歓声というよりは、動揺の声でざわついていた。釘付けになる生徒や、気まずそうに目をそらしている生徒達。
「……!?」
気まずそうな生徒筆頭はレオンだった。このシャツを用意した張本人である。アマリアを見たのは一瞬のこと、すぐに目をそらした。思いっきりである。
「つか、ごめん。本当にごめん。そうだ、オレので良かったら!こっちのがサイズ大きいし。つか、ごめんなさいとしか……!」
赤面しきったレオンは、耳まで赤く染まっていた。動揺した彼は、早口でまくし立てながらも自身のシャツを脱ごうとしていた。交換したところで、次に見た目が大変なことになるのはレオンの方だ。
「レオン、落ち着いて」
隣にいたフィリーナが宥めようとする。レオンは脱ぐのを止めたものの、まだアマリアを見られずにいた。
「そうよ、レオ君。何を慌てることがあるというの」
「いや、慌てるというか……」
「ふふ」
アマリアは笑った。それも不敵にだ。
「改めて、持ってきてくれてありがとう。ちょうどいいわ。何を気にすることなどあるかしら」
アマリアは堂々と立っていた。腰に巻いたエプロンは緩く結ばれ、シャツは谷間全開だった。舞台袖での恥じらいはどこへいったのか、隠すことなどしない。
「―この方が『らしい』じゃない」
ようやく、スイッチが入った。
「……アマリア先輩。うん、ごめん。それどころじゃないよね」
レオンは顔の赤さは残るものの、自身を落ち着かせていた。視線はまだ泳いだままだが。
「―さあ!今日もびしばし行くわよ!さあさ、私の為に働いてちょうだい!」
「おお……」
「うわぁ、そうきたかぁ……」
ふんぞり返ったアマリアに、仕方なく二人は従うことにした。そこには学生の姿はない。偉そうな女主人。愛らしい看板娘。雇われ調理人。三者の姿があった。
街の奥まった細道の先にある、隠れた名店。本日も開店―。