食べてみなければ。そうは言うけれど。
今回、虫のちょっとした描写が入ります。
極端な事は書いてませんが、昆虫そのものが苦手な方は
飛ばしていただたいた方がよいかもしれません。
その後の授業も集中が出来ず。アマリアは重い足取りで帰寮することとなった。玄関先で誰かが話し込んでいる。クロエや寮の先輩達だ。シモンはいなかった。
「……ああ、いいぜ。こんな時だからな。『大放出』してやるからよぉ。―だから、早まるなよ。寮長よぉ」
「そうそう。私らも節制するから。……だから、それは最終手段でね!?」
先輩らは、何かを必死に止めているようだ。クロエはクロエでさっきから、『でも』、『やっぱり』を繰り返している。
「でも、やっぱりね!こういう時だからこそ、皆に提供したいの!うん、私寮母さんに打診してくる!」
クロエのはやる気持ちは止まらない。そんな彼女を先輩方は必死に止めていた。
「あの……。ただいま戻りました」
アマリアは非常に声が掛けづらかった。それでも、ここは玄関前。避けては通れない。気まずそうに挨拶をする。
「おう、アマリア!お前からも止めてくれ!?」
「なんと、私がクロエ先輩をですか?」
それは難しいものだった。
「あ、アマリアさん!アマリアさんならわかってくれるよね?ねっ?」
クロエは上目遣いでアマリアにすり寄ってきた。アマリアはどぎまぎしてしまった。
「はいっ!……とは、言い切れないものですが。内容にもよるといいますか」
「……ちぇ、惜しい。まあいいか。あのね―」
クロエは拗ねつつも、アマリアにも説明していた。
「なんと!」
それは先輩方も体感したこと。アマリアにも今、衝撃が走った。
その日の夕食の場は静かなものだった。平素、満月寮より質素なのはいつものこと。さらに量が減らされていた。おかわりも当然、禁止である。
「栄養面も心配なんだよね。やっぱり、皆の為にも―」
時折つぶやくのはクロエ寮長。それを止める先輩方。奇妙な構図だった。
いつもより少ない夕食をとり終え、いつもの四人で談話室に集まった。
「―で、なんなん?先輩ら、変だったけど」
「うん。クロエ様が何かお考えみたい」
「……すうすう」
レオンもフィリーナも当然、気になっていた。何か隠し事をされている気がしてならなかったのだ。談話室に入って椅子に座った直後、眠ったエディもそのはずだ。
「……そうね。特に止められているわけでもないし。話すわね」
アマリアが浮かべた表情は悲痛さが極まっていた。余程、深刻で良くない話なのだろうか。クロエの提案だという。苦渋の決断というのか。二人は息を呑む。エディは寝たままだ。
「……そうなのよ。私達は、日頃犠牲の上で成り立っているのよ。お肉やお魚、お野菜類もそう。命の上、私達は彼らの犠牲があって生きていけるの。だから、例外なんて有り得ないわ。でもね、私にとって虫は愛すべきものなのよ。よく親しんできたもの。だからこそ、食すなんて発想なんてなかったの。でも、それもおかしな話よね。馬や牛にも親しみを覚えていても、食べてきたのよ?たくさん、食べてきた。虫だって、その対象になり得るのにね。私、かなり衝撃が走ったわ。私はまだまだ、学ぶことが多いって気づかされたのよ」
ここまで途切れることなく、アマリアは言い切った。そして、深い溜息をついた。彼女は心を痛めたままだ。
「……あのね、アマリア。うん、わたし察してはいるの」
「……いつもみたく。話長いなー、で流すところだった。これかー。先輩らがざわついてたのって」
アマリアの長々とした話の中でも、フィリーナとレオンは言わんとしていることに気がついた。
「あら、失礼。また長くなってしまったわね。中々直せないものね」
「ううん、わたし達は大丈夫。それもアマリアだから」
「ああ、フィー!」
にこりと笑いかけてくれたフィリーナ。アマリアはたまらなくなり、抱きしめるところだった。そこは理性が踏みとどまって止まりはした。抱きしめられ待ちだったフィリーナは頬を膨らませて拗ねていた。
「達、て。まあ、いいけど。そんで、話は伝わった。つまりさ」
一緒にされたのはさておき、想像ついたレオンは真顔になる。フィリーナもごくりと唾を飲んだ。
「ええ。クロエ先輩は、こうおっしゃったの。―昆虫食を解放する時がきたと。どうやら、たくさん保管されているようよ」
「え!?」
アマリアは叫び声の主を見る。フィリーナも相手を見る。レオンもだ。つまり。
「え、虫を食べる……?クロエ先輩、本気か……?」
叫び声の主は、飛び起きたエディによるものだった。正気を疑う眼差しを向けてきた。
「ええ、クロエ先輩は本気でしょうね。私達のことを考えてくださってのことよ」
「いや、そういう本気じゃ……」
心なしかエディの顔色が悪い。冷や汗もかいてきているようだ。
「エディ、味とか体への影響を心配している?そこは問題なかったよ。前に分けていただいたことがあったの。普通に美味しかった」
「……フィリーナ、食べたのか?」
「うん。色々食べやすい味つけされてるの。甘いのもしょっぱいのも。チョコとか」
「いや、いい。説明とか、本当に」
エディは心の底から遠慮しているようだ。彼の顔色はますます悪くなっていく。
「ま、エディ君とか先輩らのリアクションも当然だよなl。でもさ、食用なだけまだよくない?ちゃんと食べやすいようにしているわけじゃん?そこらにいる虫でも全然いけるわけだし」
「……レオン。いや、そうなんだろうけど。いや、いけるのか?」
レオンはまさに経験者は語るといったものだった。エディは今にも意識がもっていかれそうになっていた。アマリアは心配せずにはいられなくなり、優しく語りかけることにした。
「エディ?具合良くないのね。もしかしてあなた、虫は好まないのかしら。もちろん、苦手な方もいるでしょうし。強要することなんてしないわ」
「……いや、苦手とかじゃ」
「そうなの?体調が優れないのは確かなよう。早めに休んだ方が良さそうね」
こうしてみると、エディがここまで具合が悪そうなこともなかった。元々、体調でも良くなかったのかとアマリアは思い始めていた。
「別に苦手なら苦手でいいじゃん。オレもゴキとかは無理だし」
「ゴキ?噂だけは聞いたことはあるけれど」
「フィーは見たことない?いや、食べないでよ?つか、見た目アレ過ぎるのとか、さすがにオレでもためらうからね?」
「どんな味なんだろう?」
「いや、フィー……?冗談だよねー……?」
いつもの二人が軽口を叩きあっている間、エディは椅子にもたれかかって瞳を閉じた。何かに集中しているようだ。そんなエディが気になったのか、二人の話の先はエディに向いた。
「エディ、心配しないで。虫が苦手な方、たくさんいるよ。アマリアは好きみたいだけど」
「……そう」
フィリーナはフォローをする。エディはそれだけ返事した。のっかってきたのはレオンだ。ここぞとばかりに。
「そうそう、いかにも好きそう。だから、温室にもよく顔出すんじゃない?虫の宝庫でしょ、あそこ」
「ええ、そうね。綺麗な蝶々をお勧めするわ。あと、テントウムシも可愛いわよ」
「当然、ヨルク先輩も好きだろうしー?アマリア先輩誘い放題だろうなー。虫でおびき寄せて」
「まあ、なんたる言い方。……けれども、正直楽園だと思ったわ。いつまでもいたいくらいですもの」
「おっとぉ。距離縮まりそうな感じ?」
「そ、それは!?……ちょっと、レオ君。そういうの、困るのよ。ええ、本当に困るわ」
アマリアは今になって揶揄われていることに気がついた。レオンがおちょくっているのはアマリアだけではない。ずっと静かなエディに対してもだった。
「……虫くらい、平気」
エディはぼそりと言う。レオンはやり過ぎたかと考え込む。
「いやいや、無理せんでも。逆に親しみもてるし」
「全然平気。初めはびびったけど、今は全然平気。だから、いくらでも温室行ける」
いじり過ぎたかと反省したレオンに対し、エディは何てこともないといった体だ。
顔色の悪さもどこへ行ったやら、いつもの仏頂面に戻っていた。アマリア達は目をぱちくりとさせた。あれだけ調子が悪そうだった彼が、なんてことなさそうにしていたのだ。
「だから、先輩。突然あの人に呼び出されたら、俺もつきそうから。心配だし」
「そんな、心配もなにも。……ええ、なにも」
思い当たることがないわけではないが、アマリアは考え過ぎかとも思った。その様子にエディの眉がぴくりとなった。
「ついてく。……温室にも虫にも興味あるから」
「え、ああ、そうよね。ええ、歓迎してくださると思うわ。一緒に行きましょうか」
「うん」
すっかり普段通りだった。
「うーんと。エディは平気なんだね?なら、明日クロエ様のところいってみよう?お試しで色々食べさせてくれるから!」
「ばっちこい」
「……エディ?」
「悪い、今の無し」
今のはなんだったのか。昆虫食の話はこれきりとなった。思ったより長くなってしまったが、ここからが今回の集まりの目的ともいえた。レオンが質問する。
「―エリカちゃん、あれから大丈夫だった?」
「……エリカ様ね。ヨルク様方にお任せしているけれど。ただ、どう申したらいいのかしら」
連日のエリカによる騒動は、すっかり学園中に広まっていた。前例がある彼女のこともそうだ。今回の食糧問題もある。タイミングが悪い意味で重なってしまったのだ。
学園の生徒達が不安になるのも、致し方がないこともあった。
「……今夜、ね?」
フィリーナが同意を求めた。三人は頷く。彼らにはそれで通じるのだ。親しみのある新月寮でも、出来る話は限られている。いつ、どう聞かれているのかわからないからだ。だが、あの場所ならば。
―今宵、劇場街へと。彼らは繰り出すことにした。