エリカ嬢の暴走、再再来
昨日の再現のようだ。食堂前にはまたしても人だかりが出来ていた。アマリアは人の合間から様子を窺おうとする。
「やだやだぁ!せっかく食べにきたのにぃぃぃ!」
食堂のカウンターの近くで喚いているのは、エリカだった。いつものまとめられた髪型ではない。長い髪はボサボサ垂らされており、寝間着姿のままだった。目は血走っている。
そんな彼女を強引に抱きかかえているのはヨルクだ。急いで食堂までやってきたのだろう。ここまでも再現性の高いものだった。
「戻ろう、エリカちゃん」
「離して、離してぇぇぇ!」
だが、暴れ狂いぶりは昨日の比ではない。尋常ではない力で暴れるので、ヨルクも俵抱きで抑え込んでいた。
「エリカ!あなた、どうしたっていうのよっ!部屋だって鍵をかけられていたでしょ!?寮の職員の方だって側にいたはずよ!?」
「エリカお姉さま、落ち着いてくださいー!」
カンナを始めとしたヨルク派の乙女達も駆けつけていた。カンナが言った通り、ヨルクは無策で置いていったということはなかった。外側からかけるというのは、特殊なことをしたのか。寮の職員にも監視をお願いしていた。
非道かもしれないが、今のエリカの状態からいって、それが間違っているとは言い切れなかった。
「そんなもの、窓から下りたに決まってるじゃないですかあ!ドアは壊せなかったんだから!」
壊せたら壊す気だったのか。
「なっ!高さどれだけあると思ってるの!?危ないことしないでよっ!」
「あんなの大したことないです!」
アマリアは満月寮には詳しくないが、建物自体は高さがある。大半の生徒が暮らしているのだ。エリカの自室も高い位置にある。ぞっとせずにはいられない。エリカはこうして無事であったが、大惨事の可能性は十分にあった。
そんな危険を思いをしてでも、エリカは食堂にやってきたかったのか。
「お腹すいたぁぁぁ!飢えはやだ……。飢えたくないぃぃぃ!」
泣き叫び続けていたエリカだったが。
「……食べたい、食べたいですぅ」
暴れる気は無くなったのか、エリカはすすり泣いていた。
「もうやだ……。たくさん、食べたい……。そうでなくちゃ、私は……」
「うん……。エリカちゃん、今だけだから。今だけ。また、たくさん食べられるようになるよ」
「ヨルク様、また私……」
ヨルクはあやすように、エリカの背中をぽんぽんと叩いた。
「大丈夫、大丈夫。お腹空いたら、また半分こしよう?俺の分あげた時、嫌な顔したの。覚えてるからね。君はこう言ってくれた。―独り占めしたいわけじゃないって。君はそういう子なんだ」
「はい……」
「あと、みんなとおしゃべりしながら食べたり。楽しく食べればいい。それであっという間に一週間だ」
「はい……」
泣きじゃくっていたエリカは、そのままヨルクに体を預けて眠りに着いた。緊迫した空気の中、生徒達は見守っていた。アマリアもそうだ。
「昨日に続いて、ごめんね。それじゃ、俺達は行くから」
ヨルクに続いて、他の乙女達も頭を下げて食堂をあとにしていく。一旦は落ち着いたと思っていたが。
「……」
アマリアはヨルク達と目が合った。というより、アマリアの存在に相手側が気づいたというべきか。軽く頭だけ下げて、彼らは去っていった。
「……カンナちゃん、頼みがあるんだ。温室へ行って、休憩室の机の上に小袋があるから。それ、持ってきてほしい。生徒会にはうまく話を通してくれるかな?」
「は、はいっ。それは構いません。ちなみにですが、ヨルク様?その小袋の中身はお伺いしても良いですか?」
「―睡眠薬。使わないで済めばいいけど」
「ヨルク様、それはっ!……いいえ、非常事態ですからね」
騒ぎの中、繰り出されていたやりとり。アマリアは聞こえてしまった。他にも聞こえていたかもしれない。
エリカに圧倒されていた生徒達だったが、我に返る。一斉にカウンターへと向かっていた。その様子はというと、興奮もしており、また怯えているかのようだった。
―まずい。絶対まずい。あいつに全部食べられる。
―だって、前例あるもの。
―俺だって飢えはやだ。
―私だって、我慢しているのに。
ありつけた食事を暗い表情をしながら食べている。彼らもまた、かなり思い詰めていた。
「……ええ、まずいわ」
あの後、アマリアは教室に戻ってきていた。売れ残りのサンドイッチを食した。魚介類にはレモンソースがたっぷりかけられ、ポテトサラダに混ぜられたオレンジといったものだった。
「……」
アマリアが好むものだった。こんなにも美味しいのに。売れ残っていた。
あらゆる意味で悲しくなっていた。