食糧危機は終わらない
学園の玄関前に到着した。案の定、生徒はいない。昼食前の授業の最中だった。いつもなら、それでもとアマリアは参加しようとするのだが。彼女は掲示板を目にし、そこで立ち止まってしまった。
主に催しの案内や、学園側からの連絡事項。そして、生徒会からの規則の明文化、注意事項といったもの。その生徒会からの知らせがデカデカと書かれていた。それも複数枚であった。
「なんとまあ……」
『―現状を踏まえた上で、制限を行うこととする。食堂、購買部、各寮の昼食時。主食は一皿、おかわり不可。菜食は小皿一皿。肉類・魚類はどちらかのみ、通常より少なめ。朝食、夕食時に至っては、各寮の判断基準による。ただし、こちらで過剰と判断した際には、指導を行うこととする。なお、甘味類は控えること』
こと細かく、生徒会は指定してきたのだ。アマリアは間違っているわけではないとは思った。細かい、とも思ったが。
「……」
アマリアはある少女のことが頭に浮かんだ。昨日、食堂にて爆食いを繰り広げたエリカのことだ。エリカは学園に来ているのだろうか。
「厳しいなぁ、今の生徒会は。この状況だと仕方ないけどね」
悠長に話す男子生徒の声がした。彼は、アマリアの背後までやってきた。やたらと甘い低音声は、聞き覚えのあるものだ。
「おはよう。君が遅いなんて珍しいね。俺も人のこと言えないけど」
「ヨルク様……」
アマリアは振り返って会釈する。ヨルクも手を振って返した。―すっかり普段の彼だった。あの温室の出来事が幻だったと思えるほど。
「……」
今はエリカの方だと、アマリアは向き直る。
「ごきげんよう、ヨルク様。その、エリカ様のご容態はいかがでしょうか?」
「……ああ、うん。まあ、体調は問題ないよ。落ち着かせもしてきた。うん、学園に来られる状況じゃないかな」
「それはまあ……」
ヨルクはつきっきりだったのだろう。あの特製のお茶を振る舞ったり、色々手を尽くしてはきたようだ。心なしかやつれている気さえしてきた。相当疲れきっているには違いない。
「温室を封鎖されたけど、茶葉の持ち出しは許可してくれた。それだけが幸いかな」
「封鎖……。生徒会がでしょうか」
「その通り。これも仕方にないよね、彼らの管理下に置いた方がいいかもね」
「そうではありますが、いかんせん厳しいかと」
「ねえ、厳しいよねぇ」
ヨルクは深くため息を吐くも、アマリアに笑いかけた。
「……前にも、こういうことあったんだ。ああ、エリカちゃんの方ね。でも、長引くものじゃなかったし。俺も、あの子達も側についてるから」
「はい」
ヨルク派の同志達も、エリカのフォローに回ってくれることだろう。
「私も何らかの形でお力になれたら。食材でしたら、色々と伝手が出来ましたので!」
アマリアもこの学園で日々を過ごし、コネクションが出来つつあった。菓子を作った時の材料も、『ある特殊ルート』によるものだ。
「ははっ、得意そう。アマリアちゃんは頼もしいな」
ヨルクの顔が緩んだ。笑い声を上げていたが、昼休憩のチャイムが鳴ると真顔に戻る。
「あの子達、質問責めされると思うから。俺、行ってくるよ。そうしたら、またエリカちゃんの様子も見てくる。ここは任せて」
「ヨルク様……」
ヨルクが指すのは、ヨルク派の乙女達のことだ。エリカのことを訊かれるのは明白だった。ヨルクはこれから、弁明に回るのだろう。エリカの現状を確認出来ていないアマリアは何を説明できるだろうか。ここはヨルク達に委ねることにした。
「いただきましょう。食べられるだけでも、有難いじゃないの」
生徒会の締め付けは厳しいものの、最低限の食事はとれる。そのことに感謝してアマリアは食堂に向かうことにした。いや、食堂は人の目があるのだと考え直す。
アマリアは購買部で手配して、教室で食べることにした。今となっては教室の方が気が楽なのだ。
購買部へ向かう途中、事務局があった。そこから騒ぎ声が聞こえてきた。
「そんな馬鹿な話があるか!何故だ、何故なんだ!」
わめき散らしているのは、あの男か。昨夜、率先してクロエを問い詰めていた職員か。扉が締められているので、声で判断するしか出来ない。
「落ち着いてください、事務局長!」
宥めようとしている職員の声は辛うじて聞き取れるくらいだ。それもそうだ。扉越しなのだ。それだけ、興奮している男の声が大きいのだ。
「何故、届かないのかね!?」
「!」
この男は得意げに言っていた。自分が管轄している商会から、定期的に届けられると言っていたのだ。本来ならば、今朝に届いているはずなのだ。原因は不明である。―届いてないのだろう。だからなのか、生徒会も厳しくせざるを得なかったのか。
「来週まで食いもの来ないのかよ……」
「嘘でしょ……。だからあんなに生徒会も……」
いつの間にか生徒達が集まっていたようだ。彼らもまた、購買部に向かっている途中だった。誰もが不安を増していく。
―新月寮の寮長はちゃんとやっていたみたいだけど。でも、あのリゲルがやらかしたって。
―こんなこと、今までなかったよな。あのリゲルが、だぜ?
クロエに落ち度が無かったこと。それは伝わってくれたようだ。朗報ではある。だが、朗報はそれだけであった。
―でも、備えはたくさんあるはずですよ?管理まで杜撰とは。
―蓄えはあるだろうね。さすがに一週間くらいは。あると信じたいところだ。
学園側もそこはちゃんとしているだろう。生徒会主導で制限も行っている。一週間、普段よりは贅沢は出来ないが、それさえ乗り切ればと。
「……食らいつくしさえ、なければな」
生徒の一人がボソっと言った。その場にいた全員が凍りつく。―食堂にて、何もかも食らい尽くす勢いだった女生徒の存在。記憶に新しいものだった。この現状で、それをやられてしまったなら、相当まずいことになる。
騒々しい足音聞こえてきた。この場に乱入してきた男子生徒は知り合いを見つけると、相手に駆け寄ってきた。そして、こう騒ぎ立てる。
「お、おい!食堂にアイツきたぞ!『エリカ嬢』!!今の内にこっちでゲットしとこうぜ!」
食堂にいた彼は、信じられないものを見たと興奮気味に語っていた。彼は今、はっきりとこう語ったのだ。―エリカが、学園にやってきたのだと。そして食堂にいるのだと。
「は?マジで?ヨルク様何してんだよ!」
ヨルクは確かにエリカの傍を離れた。他の乙女達のフォローに回る為だろう。だが、すぐに戻ろうとはしていた。その隙をエリカにやられたのだ。
大変なことになってしまった。昨日の様子からして、エリカが大人しくしてくれるかなど、信じられるものではない。これだけ男子生徒が騒いでいるのだ。彼は逃げてきたようなものともいえた。只事ではない。
「……!」
アマリアは青褪める。憎悪の矛先が一気に向いてしまう。―相手はエリカだ。
アマリアはたまらなくなり、駆けだしていく。