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エリカ嬢の暴走、再来

 朝食を済ませた後、エディは二度寝した。起きる気配は一向にない。気持ちよさそうに眠っているエディ。アマリアは観念し、一人登校することにした。

 昼までの授業を終え、待ち遠しかった昼食の時間となった。本日はフィリーナと食堂で食べる約束もしていた。アマリアは机の上を片付けると、ウキウキな様子で教室を出ようとする。

「あれ、アマリア様。今日は食堂?」

 その前にクラスメイトから話しかけられた。アマリアも返事する。

「ええ、そうよ。約束しているの」

「そうなんだ、楽しんできてね」

「ありがとう」

 以前のように、クラスの雰囲気が陰湿めいたことはなくなった。アマリアも気軽に話しかけられるようになり、たまにだが昼食も誘われることになった。お互い手を振って別れた。


 アマリアは浮かれ気分のまま、学園の食堂まで辿り着いた。フィリーナの姿はなかったので、入口の前で待つことにした。が。

「今日は混んでいるのかしら」

 やたらと入口付近で生徒が集っていたのだ。珍しかった。平時ならば、食堂に座れないということはない。生徒達は思い思いの場所で昼食をとっているからだ。アマリアは中の様子を見ている。

「?」

 中は空席が目立った。となると、入り口にだけ生徒が集中していることになる。彼らの視線が集中しているのは。―一人の女生徒だった。

「……っぐ、もぐっ。もぐもぐ」

 受付カウンターの近くで陣取って座っている女生徒。彼女の目の前にあるのは。―たくさんの食べ物達だった。

「ごくん。あー、米も小麦粉もいくらでもいける!」

 ライスやパンを主食とし。

「もぐもぐ。お肉がなければ始まりませんから!もぐもぐ。いえいえ、お魚も負けてませんけどね!ああ、このムニエル!バターとのマリアージュ!ああ、おいしおいし」 

 数多の肉料理や魚料理を平らげていく。

「お野菜もきちんと採らないと!むしゃむしゃむしゃ」

 その合間合間にサラダも食し。

「食べたい時に食べるんですよ、甘い物だって!ああ、たまりませんねぇ。むしろデザートこそ至宝ですねぇ……」

 食後といわずにデザートも織り交ぜていた。

「ああ、幸せ……。こんなにたくさん、エリカは幸せ者ですぅ……」

 陶酔しきった表情で言うのはエリカだった。今も食事を止めることなく、その勢いが衰えることもない。次々と口に食物を運んでいく。

 彼女は幸せだという。あくまで彼女の口から紡ぐ言葉は、幸せというもの。

「……エリカ、様?」

 アマリアは動揺しながらも、彼女の名を呼ぶ。だが、アマリアの声は届きやしない。外野の話し声、騒ぎ声すらも耳に届いてないようだ。ただひたすら、一心不乱に。エリカは食べ物を貪っていた。

「……失礼します。恐縮ではございますが、他の生徒さんのこともありますので」

 学園の食堂の責任者が出てきた。エリカは構わず食べ続けている。お腹が膨らんできても、構わずだ。

「……まじか。まーた、再発かよ」

「あー、昔もあったな。あの時の再来かっつうの」

 周囲の生徒達が噂していた。学園に来たばかりのアマリアにはわからない話だが、以前もこのようなことがあったのか。

「……はあ、『個数制限』。厳しくなんのかな。―『また』」

「また、さらに制限かけられるとか。すげぇ、シビアだったんだよなぁ。生徒会長が仕切っていたから」

 盗み聞きではない、聞こえてきただけだとアマリアは前提する。それはさておき。

 いつからか、それかもとからか。学園における食事において、制限がかけられているという。他の生徒の分、というのもそうだが、制限に達したから、エリカに声がかかったようだ。

 だが。一時期、生徒会主導でさらに制限をかけれられていたようだ。あの生徒会長のことだ、かなりきっちりとやったのだと、アマリアは考え、納得した。周囲の生徒達の辟易具合からして、相当のものだったのだろう。

「―お下げしますね。そして、これ以上の提供は」

「な、な、な、なんでですか!?まだ食べられますし!?ほら、つけあわせのソースまで味わないと!」

 自分の料理が片付けられようとしている。そのことによって、エリカは他者の存在に気がつく。今になってであった。

 食堂の担当者が強硬手段に出ようとしていた。現に、テーブルの上の料理はエリカよって綺麗に平らげられていた。あとは、飾りとしての野菜。彼女が申した通り、ソースなどいった、皿にうっすらと残っているものだった。

「まだまだ食べられるのに……っ!」

 エリカが皿を両手で持つと、口元に持っていく。これは、直に舐めようとしているのか。

「うわ……」

「え、まじ……?」

「同じ令嬢として有り得ないわ……」

 周囲はどよめく。引いてもいた。いつもの悪口がすぐ出ることもなく、ただ驚愕していたのだ。と、同時にエリカの行動を奇行として、観察もしているようだった。

「うう……」

「エリカ様……」

 エリカ本人は、皿を口元寸前で止めていた。呻いてもいる。彼女とて、周りからの視線は気づいているようだ。

「それでも私は、私は……」

 口元を汚しきろうと。目の前の食事を食べつくそうと。令嬢としてあるまじき、そう言われても。―エリカ本人には止めることが出来ないのだ。

「……!」

 見ていられなくなったアマリアは飛び出した。エリカの傍に躍り出る。悪名高いアマリアの登場に、場のざわつきは増す。アマリアにとっては煩わしいものだが、今はエリカのことだと向き直る。

「……アマリア、様?ご、ごめんなさい!ちゃんとしなくちゃ、って。わかってはいますから!」

 エリカは顔を上げる。顔を上げた先には険しい顔をしていたアマリアが。エリカは震えあがっていた。

「……いえ、違うのよ。あなたじゃないわ、周りよ」

 アマリアは周囲を見渡す。自分やエリカを取り囲むかのように、物珍しさを隠そうとしない存在達。奇異の目を向けてくる彼ら。

「エリカ様。ひとまず、こちらから離れましょう。食べるにしろ、彼らの前で続けることもないわ」

 不本意ではあるが、アマリアは怖がらせてしまったこともある。極力優しくエリカに語りかけることにした。エリカもその様をみて、気を許したようだ。が、これで安心することはできなかった。それならそれで、とエリカは我を通してきたのだ。

「……いやですぅ」

「……え?」

「まだ、食べ物が残ってます。アマリア様、お気遣いありがとうございます。でも、私、気にしてませんから。周りがじろじろみてこようと。……私は、私は食べ続けたいです」

 アマリアをよそに、エリカは食事を続行しようとしていた。

「どうしたものかしら……」

 エリカ本人が構わないというのなら、アマリアは何が出来るだろうか。

「……」

 いや、とアマリアは考え直す。エリカ本人が辛そうにしている表情を、確かに目にしていたのだ。そして何より、―衆目に晒し続けること。それはアマリアとしても望まないことだった。

 多少、強引にでもいこう。アマリアが決意した時だった。入口付近が騒々しくなる。

「きゃああっ」

「まあ……!」

 食堂に現れた人物に対し、主に女生徒達が色めきだった。

「……遅くなってごめん、エリカちゃん」

 現れたのは、ヨルクだった。騒動をききつけて、急いでやってきたようだ。駆け足でやってきたこともあり、彼の額に汗がつたっていた。そのことが余計に興奮させたようだ。主に女子生徒を対象に。

「ヨルク様……」

「―ありがとう、アマリアちゃん。あとは俺に任せていいから」

 アマリアの近くまでやってきたヨルクは、こっそりと話しかけてきた。

「エリカちゃん、失礼」

「え、え、ええっ!?」

 驚くエリカに構わず、ヨルクは抱き上げた。アマリアも驚いたが、それ以上の女子生徒による悲鳴が響き渡る。

「みんな、ごめん。お騒がせしました。彼女のことはあとはこちらで」

「ヨルク様、まだ、私は!」

 ヨルクの突然の行為に驚きはしたものの、エリカはまだ食事に執着していた。ヨルクはうんうん、と頷きはするも解放する気はないようだ。人の波を割って、そのままエリカを連れていった。

 食堂は静まり返る。が、それも一瞬。生徒達は口々にする。エリカのこと、そしてヨルクのこと。一応、アマリアのことも。話をしながらも、生徒達とてお腹は空いていた。それぞれ食事をとることにしたようだ。食堂の従業員達も、エリカの食べた皿を片付け、他の生徒達に向けて食事を提供していく。

「……」

 アマリアは黙ってその様を見ていた。そして、考える。ヨルクが来てくれたのだから、場は収まったのだと信じたかった。

「エリカ様、大丈夫かしら……」

 いつか、エリカが公演で話してくれたことがある。―ヨルクの温室の果物や茶葉が目当てだったと。だから何か秘策があるのだと、思いたかった。

「……大変なことになってたね」

「ええ、そうね。……って、フィー!?」

 いつの間にかフィリーナが背後に立っていた。待ち人がようやく来た。

「ごめんなさい、アマリア。わたしたちのクラス、授業が遅れていたの」

「あら、それは災難だったわね」

「うん、きっとお互い様」

「……いえ、私はそんな」

 フィリーナはあれこれ察しがついてきた。急ぎ足ながらも、周囲の話は聞こえてきたのもある。エリカのことはすぐに学園中に広まっていた。それに、この悪名高いと謳われる令嬢も、放っておきはしなかったのだろうと。フィリーナは確信していた。

「遅れてきたわたしが言うのもだけれど、食堂はやめておこう?」

「ええ、そうね……」

 こうして話している間も、アマリアにも視線は送られていた。当事者コンビほどではないにしろ、アマリアも話題に事欠かないようだ。主な話題は、『ヨルク様にそっぽむかれ、目の前でエリカ嬢に出し抜かれた』だった。

「……はぁ」

 アマリアは呆れを通り越していた。もう何とでも言えばよい、という領域に達していた。

 このような環境では落ち着いて食事もとれないだろう。二人は購買で軽食を手に入れて、旧校舎にある中庭で食事をとることにした。某同級生から教えてもらった場所だ。

 ここなら人の目につくこともなく、かといって一人でもない。ある騒動が治まったので、単独行動は出来るようにはなった。といっても、アマリアは一人で行くには旧校舎は怖かったりもしていた。

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