彼らなりのお食事
「おはよう、お嬢!アマリア様!」
アマリアはクロエと共に食堂に到着した。食欲をそそる匂いが漂っている。笑顔で迎えてくれたのはシモンだ。お馴染みの面々は既に食べ始めていた。来ていないのはエディくらいだ。彼はまだ寝ているのだろう。
「ふぅ……。心に染み渡る……。たまりませんなぁ……。わたし、ぽかぽかしてきた」
「うっま。これ、うっま。先輩、おかわりいいすかー?」
シモンは宣言通り、朝食作りに加わっていた。アルブルモンドの郷土料理だ。以前振る舞ってくれたスープとは味付けと素材が異なるようだ。シモンの手料理は寮生からも大評判であるので、アマリアも楽しみにしていた。
「ありがとう、シモン君。昨日のこともね?」
「ああ、お嬢!」
クロエは相手の耳元でお礼を告げた。シモンは感極まっていた。微笑ましい光景だ。
「お嬢、いいんだって!お嬢の為なら、なんだって!俺、なんだって出来るんだ!お嬢の一人や二人、抱えられるし!なんならお嬢が十人でも!……ああ、お嬢が十人いたら、かぁ。……ああ、囲まれたいなあ」
シモンは一人で興奮して盛り上がっていた。勝手な想像までもひけらかしていた。
「……朝からこれだし。少しは抑えてくれないかなぁ?」
クロエは冷たく言い放つ。といっても、彼女的にはこれでも容赦しているようだった。
「……ああ、お嬢に冷たくされた」
塩対応されたのに、シモンはこの上なく嬉しそうだった。寮の生徒達は、いつものことだと流す。新入り側のアマリアでさえも、慣れつつあった。
「つきあいきれないね。ね、アマリアさん?」
「はい……、いいえ!?」
アマリアは素直に答えそうになった。慌てて訂正する。クロエはくすりと笑った。
「どっちなんだか。ほら、私達も食べよう?食べられる時には食べておかないと」
「はい、鉄則ですね」
「そうそう、鉄則だね」
アマリアとクロエは笑い合いながら、席に着いた。平和な朝食を迎えることが出来そうだ。そうアマリアが考えていた矢先。
「あ、そうだ。エドュアール様の分。どっちでもいいから渡しといてくれないかな?お嬢かアマリア様の方が渡しやすいでしょ?」
シモンがにこやかに渡してきたのは、保存容器に入れられたスープだった。アマリアはびくっとなる。クロエは笑顔のままだ。
「わ、私でなくても……」
クロエとエディ。そしてアマリア自身。アマリアは妙に居心地が悪くてならなかった。自分が無粋な横入りをしている気がしてならないからだ。そして、何とも言えないモヤモヤも抱えてしまっている。
「なんで?アマリアさん、今日もエディ君の様子見に行くんでしょ?」
「今日も、とは」
「毎日だね?」
「お言葉ですが、さすがに毎日は」
「うん、言い過ぎたかも。ほぼ毎日だね」
「なんということでしょう……」
アマリアとしては自然に行っているだけだったが、ほぼ毎日と言われれば、それだけ出向いているのかと自覚してしまった。アマリアとしてはあくまで意識せず行っていただけなのだ。
「うん、昨日の今日でだけどさっ。俺、リベンジしたくてさ。前、反応薄かったわけだから。今度こそってね!」
「はい……」
シモンに期待を込めた目で見られてしまった。それでも、シモン本人が渡せばいいとアマリアは思ったままだ。それを察知したのはシモンだ。彼はひそひそ声で話す。「……俺さぁ、彼と接するとなんだろ、すごい緊張するんだよ。なんでかわからないけどね」
それはシモン当人にもわかっていないという。あれだけ誰とでも自然と接しており、変わっているのはクロエ相手くらいである。アマリアもこう言われるまでは、そのように思っていたとは気づかなかった。
「善処しますね。私としましても、エディにも味わって欲しいです」
「助かるっ。ありがとう、アマリア様!うん、やっぱアマリア様に頼んで良かった。……アマリア様で良かった」
心からの感謝をされ、アマリアは何としてでも届けてあげたいと決意した。
毎日のルーティーンに組み込まれているかのように、アマリアはエディの部屋の前に立っていた。
「ほぼ、とは。私はそれほどまで訪れていたというのね……」
アマリアは愕然としていた。とはいえ、今回はちゃんとした用事があってやってきたのだ。約束を守る為だ。あれこれ言い立てて、扉をノックする。
『……はい、起きてます。ご心配なく』
「えーえ、いつも通りね」
アマリアは学習していた。これはエディが寝ている時に返す言葉だった。定型文だ。
「……待って」
やけに声が近い。またか、とアマリアは思い出す。前にもこういったことがあった。その時のエディは扉の近くで寝ていたのだ。危うくぶつけそうになったことに、アマリアは顔を赤くし。その後のことでさらに赤面したのだ。
「いえ、開かなければよいのよ。ドアさえ開かなければ。―なんと」
アマリアが軽くドアノブを回すと。開いてしまった。レオンがいたら、『あくんかーい』と突っ込みが入っていただろう。それはさておき、今回はエディが玄関先で寝ていることはなかった。
「あら?」
靴の収納箱の上に謎の物体がある。アマリアは見慣れないものだ。硬質の素材の何か。アマリアは首を傾げる。
「ひとまず、内側になってしまうけれど。掛けておけばよいかしら。シモン先輩食べ方のメモを同封してくださったそうね。送り主はわかることでしょう」
ご丁寧にも紐付きの紙袋に入れてくれた。保存容器一つ入れるにしては大きいものであり、あれこれ一緒に入れてくれたようだ。アマリアはドアの取っ手に引っ掛け、そのまま部屋を出ようとした。その時、ドアにぶつかってしまい、音を立ててしまった。コツン、と。
『……はい、起きてます。ご心配なく』
「……」
アマリアは黙ったまま、ドアを叩く。
『……はい、起きてます。ご心配なく』
「な、なんということなの」
アマリアはわなわなと体を震わした。声の主はエディで間違いない。だが、声の元はこの謎の物体。白い硬質の丸っこいものからだ。手に収まるくらいである。
「エディ、よくないわ。まだ、あなた自身から発するのならわかるの。眠りの中ながらも、応えようとするからよ。けれども、こちらの道具?そのようなものに委ねるなんて、いかがかと思うのよ」
アマリアはまたしても扉を叩く。律儀に音声を出す物体。アマリアはもう一度叩く。物体は毎度エディの声で返してくる。
「……どういった仕組みかしら」
「さあ?レオンがくれたものだから、俺もよくわからない。結局教えてくれなかったし」
「!?」
制服姿のエディが壁によりかかっていた。これもいつもの事でもある。制服を着用など朝の準備を終えたのに、そのまま眠りの誘惑に負けてしまうという。これもお決まりのパターンだった。
「エディ、いつからかしら。まあ、私も無断で入ってきてしまったわね。ごめんなさい」
「別にいい。あと、あんたが部屋に入ってきたタイミングでちょうど。……いつまでもやりそうだなって見てた。俺はそれでも良かったけど、つい」
つい、エディは疑問に答えてしまったようだ。
「いえ、声かけてくれて良かったわ。そうそう、こちら。シモン先輩から預かってきたのよ。あなたにって」
アマリアが紙袋を手にとると、エディの方からやってきた。エディに受け取る気があってアマリアは安心した。
「あとでお礼言っておく。先輩もありがとう」
「いえ、いいの。顔出しも兼ねてだったもの。それに、すごく美味しかったわよ。エディも味わった方がいいわ」
「うん、わかった。……けど、これ重くない?」
「重かったかしら?」
「うん、思ったより。スープだけじゃないような」
エディはその場で中身を確認するも、彼の手が止まる。あることに気がついたようだ。
「……まずは、二人分ある」
「まあ。エディ、食べられるかしら?もう一人分はお昼にでも良さそうね」
「……」
「どうかしたの?」
エディは不服そうだったので、アマリアは問いかける。
「すぐそういう発想に至る」
「まあ。困ったわね、私はそうとしか」
「……ふう」
真顔で答えるアマリアに、エディはため息をついた。
「……なんと」
ついさっき見た夢での話だ。アマリアの天敵もまた、やたらとため息をついてきた。どうしたものか重なってしまう。エディと、よりにもよってあの支配者と。
「……」
アマリアはその考えを打ち消すかのように首を振った。
「いえ、それはないわね。ただ被ったばかりに。―さて。この際、遅刻は仕方ないわ。朝食も大事ですもの」
「へえ、寛容」
「ええ、そうよ。たまにはね。ゆっくり味わったらよいと思うの」
「……うん」
エディは素直に返事した。そして、受け取った紙袋を中央にある机の上に置く。備え付けの小さな椅子もあり、、普段は食卓として扱っているようだ。アマリアはこのまま食べる気になったのだと一安心した。役目を終えたと退室しようとしていたが。
「ゆっくり。そういうなら、先輩もだと。……そう思う」
「……ええ?まあ、私もそうね。落ち着いた振る舞いをするべきではあるわね」
「それな。……いや、そうだけど、そうじゃなくて」
「今、なんと」
某友人の影響を受けてしまっているのか。エディ当人はたまたま移っただけだと主張していた。
「……。一緒に、食べよう」
一呼吸置いてから、エディは提案をした。アマリアはもちろん快諾した。
「あら、いいのかしら。ご相伴に預かって良いのなら、嬉しいわ」
「……うん」
エディはそれだけ返事をすると、寝室から椅子を一脚持ってきた。これで二席となった。お互いに向かい合って座る。
「取り分けなくて良いのかしら?そのまま食べられるようだけれど」
部屋主のエディに食器類はあるか確認した。無ければ、とアマリアは食堂に戻ることも考えていたが。
「多分、そのままいける」
「そうなのね。へえ、便利なのね」
「リゲルの商品。って、書いてある」
エディは何やらメモを見ながら言っている。アマリアはふと、思い出す。確か、送り主のシモンがメモを同封してくれた。シモン本人はこう言っていた。
『そっか、アマリア様の方かー。お嬢、良かったのかなぁ?……まあ、いいか!それじゃ、アマリア様!このメモもちゃんと渡しといてねー』
そう、シモンは言っていた。
『どんな反応か楽しみだなぁ。どっちに転んでも可愛い女の子と二人きり。悪い気はしないよなー?』
にまにましながらだった。アマリアは『可愛い』という言葉に気をとられており、シモンのしたり顔には気づいてなかったのだ。そう、シモンから渡されたメモには何かあるのだと、気づけなかったのだ。単なる食べ方のメモではないのだろうか。
「確か食べ方のメモだと―」
「食べ方のメモ?」
アマリアが口にした疑問を、エディも疑問で返す。要は違うということだ。
「……エディ?差し障りがなければで良いの、そちらのメモ、食べ方についてよね?」
「……え」
エディの反応が遅れた。しかも躊躇っているようだ。それでも答えはする。
「差し障りがあるから。俺個人にくれたものだし、内容もそう」
「それを言われてしまっては、引き下がるしかないわね。ねえ、エディ?本当に食べ方のメモかどうかだけ。いかが?」
アマリアは引き下がったといえるのか。エディは難色を示すが。
「……。間違ってはいない。美味しく食べる。そんな内容」
「そう、それなら良いの。良いと言う事で」
「そうそう。第一関門は……」
エディはメモをこっそりと見るが、難しいものを見ているような。そういった様子だった。こそこそしていることもあり、カンニングでもしているようでもあった。
「……」
ひとしきりメモを見たあと、エディは目の前のアマリアを見る。エディは黙ったままだ。黙りこくったまま、アマリアを見つめていた。が、すぐにそらす。
「……やっぱり無理だ、今は。ハードル高すぎ。つか、全体的に」
「エディ?」
「―お待たせ、先輩。普通に食べよう」
「ええ……?」
エディはズボンのポケットにメモを仕舞った。何かを参考にしていたが、それを止めたようだ。温かいうちにと、二人は手を合わせていただくことにした。
「……うん、美味しい」
表情の変化は乏しいが、口に運ぶペースは速い。その感想に偽りはないようだ。大半はエディが食べることとなった。そこは若者、胃袋の大きさはかなりのものだった。エディも例外ではない。
以前も、エディは故郷のスープをご馳走になったことがあった。彼は故郷の記憶がない。このスープによって懐かしさをもたらされることもなかった。―今回もそのようだった。
「確かに故郷、って言われても。それはある。けど、温まるんだ。何かを思い出すわけじゃないけど、それは確か」
エディは穏やかな顔をしていた。アマリアも深く頷いた。
「ええ、そうね。ええ……」
アマリアもゆっくりと味わうことにした。それはエディもだ。
―静かで、満ち足りた時間が流れる。
ふと、エディと目が合ったので、アマリアは笑んだ。それは自然なことだった。エディの方はというと、彼の表情は変わることはない。それでも、発する声は柔らかだった。
「……うん、今はこれで十分」
「?」