支配者様の不機嫌な質問タイム
「どうかしたのかしら?」
それが気になったアマリアは質問を一旦止める。
「……はああ」
先程よりさらに長い溜息を吐かれた。
「……きみ、駆け引き上手くないね」
「……なんと」
「色恋に疎いのもあるけど」
「い、色恋など今は関係あるかしら?」
「はあ……」
ため息で返された。アマリアは腹が立ってならない。
「こんなの尋問じゃないか。きみ、にこりともしないし」
いきなりの指摘を受け、アマリアは面白くはない。だが、支配者の機嫌は一気に底に落ちていた。これはやらかしてしまったかもしれないと、彼女は思ったようだ。
「……はあ。まあ、こんなものかな。まあ、ぼくとしてはきみを独り占めできたからいいけどね」
何度目かのため息かわからないが、支配者はこのへんにしておくようだ。チャンスタイム終了を告げられたも同然である。
「そう、ここまでというわけね。困ったわ、進捗がない」
「ぼくに言われてもね。譲歩した方だし」
「譲歩とは言ってくれるじゃない。……そうね」
もっと質問内容を考えれば良かったのだろうか。それこそ駆け引きが上手ければ、もっと。
「……いえ、いわば終了直前なのよ、今は」
「……アマリア?」
「答えてもらうわ。いえ、あなたの反応からも答えを見出してみせるわ。どうせ機嫌が底尽きたというのならば!ふふ、この際ですもの。機嫌をどん底に叩きつけるまで。私はあなたが答えたくない質問をするまでよ!」
「……え、なに?」
支配者が困惑している。人間性を疑うような目も向けてくる。
「さあ、どんなボロでも見逃さないわ。そう、先ほどの『彼』絡みの話でもあるわ。あなた、どうして彼の公演には来なかったの?あなたはどうして」
「……なんなの、もう。アマリアって、ほんとにもう何?」
支配者は面倒な気配を察知しながらも、立ち去らず残っているようだ。律儀といえた。それにである。彼女が言った通り、答えたくない質問なら答えない。それで良いだろうと考えることにした。
「―ヨルク様の公演に出向いたのかしら」
「……ヨルク。ああ、砂漠の王子様の」
「ええ、そうよ」
「……ヨルク、か」
支配者は呟く。それだけである。だが、アマリアの質問はこれだけではない。
「それも聞けばあなた。誰しもがヨルク様の公演を観ていないというじゃない。つまり、注目が集まったわけでもない。そもそも、ヨルク様があなたの気に障るようなことをしたわけでもないわ。……少なくとも、処罰の対象になるようなことはないはずよ」
「……確かに。うん、そうだね」
支配者はやけに神妙な顔つきをしていた。
「でしょう?あれだけ多くの婦人を虜になさっているもの。あなたが駆け付けたくなったのでしょうけど。……まあ、あなたは答えないでしょう?ヨルク様の公演内容」
「それは言わない」
アマリアが思った通りの回答だった。
「……ええ、むしろほっとしたわ。本当は知るに越したことないのでしょうけど。おいそれと触れるものではないもの。ヨルク様に限らず」
「……」
「あなたが考えもなく、ヨルク様の方に向かったわけではないと。たとえ、観客がいなかろうと。―私がかつて経験した四つ星の公演。それを超えるとあなたは考えた故なのね」
「……否定しない」
あくまでも最低限の答えだった。アマリアはその答えに満足そうにする。
「そう、十分だわ。まあ、ヨルク様が矢面に立たなければよね。その点は安心ででしょう」
ヨルクともなると、どうしても注目は避けられないのだろう。それでも彼は最終学年まで劇場で晒されることもなかった。浮ついた噂は絶えないものの、彼自体は問題を起こしていなかったのだろう。
アマリアも入学当初はつい、構えてしまった。だが接していく内に気づいていく。彼は優しくもあり、そして本当の一線は越えてこない。過去に故郷にやってきたヨルクと仲良くしていたこともある。今ではすっかり信頼していた。
ヨルクを信頼しきっていた。
「―きみ、あの男に騙されているよ」
「……え?」
アマリアは信頼しきっていたからこそ、支配者の言葉に耳を疑ってしまった。
「まあ、答えられる範囲内って話だし。アマリアがあまりにも信じきっているから」
「な、なにを」
「きみは、あの男の真実を知らないままなんだなって。……いい、アマリア?」
顔を近づけてきた支配者は、諭すように語りかける。アマリアは距離を保つことも忘れ、支配者から目が離せなくなってしまう。
「あの男はね。自身の抱えてきた秘密を頑丈に閉じ込めている。誰にも知られないようにってね。だから、あの男は偽り続ける。……特にきみに対してはね」
「私に……?」
「きみには偽りの姿しか見せないよ。これからもずっとそう。ずっと、きみを騙し続けるんだ。そうでもしないと。―何もかもか、崩壊するからね。きみから培った信頼も。思い出も何もかもね」
「!」
何が偽りというのだろうか。ヨルクが優しい先輩が嘘だとでも言いたいのか。支配者はこの手の嘘をつくような人ではない。アマリアはそれはわかってはいる。
「そんなとこ。まあね、ぎくしゃくさせちゃうかもだから。そこはごめん。でも忠告せずにはいられなかった」
殊勝な態度を見せた支配者は、アマリアから離れる。今度こそ彼への質問タイムはおしまいのようだ。
「……」
考え込んだアマリアだったが、支配者に言葉を向ける。
「……ええ、ご忠告は感謝するわ。でもね、心配無用よ。私は」
アマリアは胸元に手を当てる。そして、はっきりと答えた。
「私は、自分の感情に従う。ヨルク様はよくしてくれたし、優しくしてくださった。たとえ、本当の姿を見せてくれないとしても、それはそれ。私は単純に、優しい方だと思うことにするわ。私の感情に従うまで」
「……そう。勝手にすればいいんじゃない。じゃあね、アマリア」
なんの為の忠告だったのか。支配者はそう思うわけではないが、アマリアが頑固なのも承知の上であった。彼はそれ以上言う事もなく、立ち去っていった。
「……そうよ、優しい方。私は、これまでの思い出を信じたい」
支配者の言葉にアマリアが揺らがないわけではない。確かに、ぎくしゃくした面は見せてしまうかもしれないが、それでもヨルクには普通に接したいと決意した。
「……はっ」
アマリアはこうも考える。姉から借りた恋愛小説でも目にしたものだ。―そう、本当は本命の相手がいるのに、他の相手を好きな振りをする。
「い、いけない。決めつけはよくないわ」
自身を窘めたあと、アマリアは帰ることにした。劇場街の入り口まで、顔見知りに会う事もなかった。モヤモヤを抱えたまま現実に帰ることとなってしまった。