表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
196/230

支配者様の不機嫌な質問タイム

「どうかしたのかしら?」

 それが気になったアマリアは質問を一旦止める。

「……はああ」

 先程よりさらに長い溜息を吐かれた。

「……きみ、駆け引き上手くないね」

「……なんと」

「色恋に疎いのもあるけど」

「い、色恋など今は関係あるかしら?」

「はあ……」

 ため息で返された。アマリアは腹が立ってならない。

「こんなの尋問じゃないか。きみ、にこりともしないし」

 いきなりの指摘を受け、アマリアは面白くはない。だが、支配者の機嫌は一気に底に落ちていた。これはやらかしてしまったかもしれないと、彼女は思ったようだ。

「……はあ。まあ、こんなものかな。まあ、ぼくとしてはきみを独り占めできたからいいけどね」

 何度目かのため息かわからないが、支配者はこのへんにしておくようだ。チャンスタイム終了を告げられたも同然である。

「そう、ここまでというわけね。困ったわ、進捗がない」

「ぼくに言われてもね。譲歩した方だし」

「譲歩とは言ってくれるじゃない。……そうね」

 もっと質問内容を考えれば良かったのだろうか。それこそ駆け引きが上手ければ、もっと。

「……いえ、いわば終了直前なのよ、今は」

「……アマリア?」

「答えてもらうわ。いえ、あなたの反応からも答えを見出してみせるわ。どうせ機嫌が底尽きたというのならば!ふふ、この際ですもの。機嫌をどん底に叩きつけるまで。私はあなたが答えたくない質問をするまでよ!」

「……え、なに?」

 支配者が困惑している。人間性を疑うような目も向けてくる。

「さあ、どんなボロでも見逃さないわ。そう、先ほどの『彼』絡みの話でもあるわ。あなた、どうして彼の公演には来なかったの?あなたはどうして」

「……なんなの、もう。アマリアって、ほんとにもう何?」

 支配者は面倒な気配を察知しながらも、立ち去らず残っているようだ。律儀といえた。それにである。彼女が言った通り、答えたくない質問なら答えない。それで良いだろうと考えることにした。

「―ヨルク様の公演に出向いたのかしら」

「……ヨルク。ああ、砂漠の王子様の」

「ええ、そうよ」

「……ヨルク、か」

 支配者は呟く。それだけである。だが、アマリアの質問はこれだけではない。

「それも聞けばあなた。誰しもがヨルク様の公演を観ていないというじゃない。つまり、注目が集まったわけでもない。そもそも、ヨルク様があなたの気に障るようなことをしたわけでもないわ。……少なくとも、処罰の対象になるようなことはないはずよ」

「……確かに。うん、そうだね」

 支配者はやけに神妙な顔つきをしていた。

「でしょう?あれだけ多くの婦人を虜になさっているもの。あなたが駆け付けたくなったのでしょうけど。……まあ、あなたは答えないでしょう?ヨルク様の公演内容」

「それは言わない」

 アマリアが思った通りの回答だった。

「……ええ、むしろほっとしたわ。本当は知るに越したことないのでしょうけど。おいそれと触れるものではないもの。ヨルク様に限らず」

「……」

「あなたが考えもなく、ヨルク様の方に向かったわけではないと。たとえ、観客がいなかろうと。―私がかつて経験した四つ星の公演。それを超えるとあなたは考えた故なのね」

「……否定しない」

 あくまでも最低限の答えだった。アマリアはその答えに満足そうにする。

「そう、十分だわ。まあ、ヨルク様が矢面に立たなければよね。その点は安心ででしょう」

 ヨルクともなると、どうしても注目は避けられないのだろう。それでも彼は最終学年まで劇場で晒されることもなかった。浮ついた噂は絶えないものの、彼自体は問題を起こしていなかったのだろう。

 アマリアも入学当初はつい、構えてしまった。だが接していく内に気づいていく。彼は優しくもあり、そして本当の一線は越えてこない。過去に故郷にやってきたヨルクと仲良くしていたこともある。今ではすっかり信頼していた。

 ヨルクを信頼しきっていた。

「―きみ、あの男に騙されているよ」

「……え?」

 アマリアは信頼しきっていたからこそ、支配者の言葉に耳を疑ってしまった。

「まあ、答えられる範囲内って話だし。アマリアがあまりにも信じきっているから」

「な、なにを」

「きみは、あの男の真実を知らないままなんだなって。……いい、アマリア?」

 顔を近づけてきた支配者は、諭すように語りかける。アマリアは距離を保つことも忘れ、支配者から目が離せなくなってしまう。

「あの男はね。自身の抱えてきた秘密を頑丈に閉じ込めている。誰にも知られないようにってね。だから、あの男は偽り続ける。……特にきみに対してはね」

「私に……?」

「きみには偽りの姿しか見せないよ。これからもずっとそう。ずっと、きみを騙し続けるんだ。そうでもしないと。―何もかもか、崩壊するからね。きみから培った信頼も。思い出も何もかもね」

「!」

 何が偽りというのだろうか。ヨルクが優しい先輩が嘘だとでも言いたいのか。支配者はこの手の嘘をつくような人ではない。アマリアはそれはわかってはいる。

「そんなとこ。まあね、ぎくしゃくさせちゃうかもだから。そこはごめん。でも忠告せずにはいられなかった」

 殊勝な態度を見せた支配者は、アマリアから離れる。今度こそ彼への質問タイムはおしまいのようだ。

「……」

 考え込んだアマリアだったが、支配者に言葉を向ける。

「……ええ、ご忠告は感謝するわ。でもね、心配無用よ。私は」

 アマリアは胸元に手を当てる。そして、はっきりと答えた。

「私は、自分の感情に従う。ヨルク様はよくしてくれたし、優しくしてくださった。たとえ、本当の姿を見せてくれないとしても、それはそれ。私は単純に、優しい方だと思うことにするわ。私の感情に従うまで」

「……そう。勝手にすればいいんじゃない。じゃあね、アマリア」

 なんの為の忠告だったのか。支配者はそう思うわけではないが、アマリアが頑固なのも承知の上であった。彼はそれ以上言う事もなく、立ち去っていった。

「……そうよ、優しい方。私は、これまでの思い出を信じたい」

 支配者の言葉にアマリアが揺らがないわけではない。確かに、ぎくしゃくした面は見せてしまうかもしれないが、それでもヨルクには普通に接したいと決意した。

「……はっ」

 アマリアはこうも考える。姉から借りた恋愛小説でも目にしたものだ。―そう、本当は本命の相手がいるのに、他の相手を好きな振りをする。

「い、いけない。決めつけはよくないわ」

 自身を窘めたあと、アマリアは帰ることにした。劇場街の入り口まで、顔見知りに会う事もなかった。モヤモヤを抱えたまま現実に帰ることとなってしまった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ