今宵も訪れるは。―満たされた歌姫―
新月寮に帰ってきたアマリアは、やはりというかホッとしていた。自分が思っていた以上に、お茶会に緊張していたかもしれない。
外出していた面々も続々と帰寮してきた。思い思いの休日を過ごしたようだ。
「……眠い」
「山やばいわー……」
重装備の集団も帰ってきた。初の洗礼を受けたエディとレオンはくたくただった。一人は眠そうにしているだけなので、違うかもしれないが。
「甘い甘い。次はもっと奥まで攻めるぜ?まあ、お前ら?十分ついていけただろうがよ」
強面な先輩達はけらけら笑う。レオンは苦笑しつつも、楽しみにしていると返した。エディはうつらうつらしていた。寝落ち寸前だった。
「……」
楽しそうな彼らを見守りつつも、アマリアは気がかりがあった。
寮に帰ってきて、一休みして。談話室で今日あった事をおしゃべりして。大浴場でさっぱりした後、夕飯をとって。就寝の準備を済まして、あとは眠りにつくのみ。
その間、クロエの姿がなかったのだ。どうやら自室にこもっているとのことだった。寮の先輩の話によると、夕飯も部屋で済ましたらしい。
「……クロエ先輩」
本当は忙しかったのだろうか。クロエの言葉を額面通り受け取ってしまった事を、アマリアは悔やんだ。
『んっとね。お嬢、集中モードだから。大丈夫、大丈夫。ああなると、逆に手伝ったりしない方がいいと思うよ?』
『はい、承知しました……』
寮の先輩が言う通り、アマリアの出る幕はなかったようだ。せめて早朝の仕事は手伝おう、そう思いながらアマリアはベッドで横になる。
クロエの事や、楽しかったお茶会の事。山への探検談を聞いた事。
「……」
これから落ちるかもしれない、『夢の中』での事。
アマリアは瞳を閉じ、眠りに落ちていった。
「……はあ、訪れてしまったわね」
アマリアが立つのは喧噪の最中。いくつもの特徴的な建物が建ち並ぶ。ネオンがぎらぎらと輝いている。いつ来ても眩しい場所だ。天井にあるのは、人工の空。今は真夜中なので夜空が瞬いている。
この学園に来てから眠りと共に訪れるようになった。建物はいわば、劇場であり。この学園の生徒を象徴しているかのようだった。閉まっている所もあれば、人で賑わっている所もある。
―ねえねえ、今日は誰のところいく?
―今んところは、決めてないかなー。いやぁ、ヨルク様の劇場ほんとどこ?
行き交うのは学園の生徒だ。皆、制服を纏っている。誰それの劇場と口にしていた。
彼らはあくまで、観劇者であるのだ。『劇場』に『観劇』しにいくに過ぎない。
「……」
アマリアは辟易していた。訪れた生徒達は、興味のある劇場に訪れては、囃し立てていくのだ。劇場の舞台の主役は、―学園の生徒もあるのだから。
ここはアマリアの因縁の場所でもある、劇場街だ。
「……参りましょうか」
今日も夜な夜な劇場街へと溶け込んでいく。
先ほどの女生徒達ではないが、アマリアも特に今は目的の場所はなかった。自身がミーハーでないわけではないが、悪趣味に覗きたいわけでもない。
好まない場所ではあるが、アマリアには目的があって劇場街を回っていた。
―婚約者を取り戻す為。
公演を経ることに、彼の記憶を断片的に取り戻していた。それがいつかは彼へとつながっていくと、アマリアはそう信じていた。
それだけではなかった。
公演を通して、人に触れること。自分が舞台の上で気ままに振る舞えること。誰かの力になれること。
姉と比べて、冴えない自分を嘆いていた。けれど、舞台を通して自身も変わったこと。
それもまた、アマリアの原動力となっていた。
「……ふふ、人のこと言えないのね。私も」
自分とて舞台を楽しんでいるのではないか。アマリアは否定しない。
いつもの巡回ルートの途中、アマリアは足を止める。ここはフィリーナの劇場だった。相変わらず手書きで『自主公演中』と表記されていた。
「……」
フィリーナもかつて、舞台で晒され苦しんでいた少女だった。だが、共に乗り越え、彼女は存在し続けることができた。
本来は休演中である扱いだが、彼女が勝手に劇場を使っているようだ。勝手にというと、語弊があった。当人の劇場である。
「そうね、寄っていきましょうか」
以前はぽつりぽつりと人がいたくらいだったが、最近はそれなりの賑わいを見せていた。目当ては当然、フィリーナだ。アマリアはうんうん、と頷く。
劇場の扉を開け、おどろおどろしい内装のエントランスを抜ける。既に始まっていたようなので、アマリアはこっそりとホールへと入っていく。
「――」
舞台の中央で歌い上げる少女は、フィリーナだった。彼女の歌声は劇場内に響き渡った。よく通り、力強くもある。包み込むような優しさもある。アマリアはすっかり魅入られていた。
当初は、フィリーナ自身のトラウマ克服目的で行っていたものだった。今や堂々としたものだった。
最前列にスタンバっているフィリーナの親友である少女。彼女は肩を震わせていた。おそらく感涙しているのだろう。他の観客達も似たようなものだろう。最初は冷やかし目当てで来ていた彼らもまた、そう。
「!」
舞台にいるフィリーナと目が合ったので、アマリアは微笑んだ。目を細めたフィリーナは、肩の力が抜けたようだ。より歌声が伸びやかものとなった。
歌い終えたフィリーアは頭を下げてお礼を言う。観客達は盛大な拍手で返した。舞台から下りたフィリーナは取り囲まれていた。彼女は中心で照れくさそうにしていた。
アマリアも拍手を送る。今日は特に人が多い。容易に近づけそうになかった。もう一度拍手をしたあと、劇場をあとにすることにした。