たのしい楽しいお茶会②
温室の中枢にて、既に準備は整えられていた。長机には真っ新なクロスがかかっている。見事な茶器や食器が並べられており、生けられた花々が彩りを与える。かつてのお茶会のトラウマを払拭してくれるかのようだった。
「アマリアー。毒見終わらせてきてって」
「毒見……?」
開口一番に告げてきたフィリーナ。
「ええと、私が口にすれば良いという事……?」
「ううん。コンシェルジェさんに。ヨルク様が口にするものだからって言われた」
「そ、そう……」
「堂々と渡せば良いと思うの」
得意そうなフィリーナ。アマリアも毒など決して入れてないが、食当たりを起こす可能性もあるかもしれない。
そう、ヨルクは他国からの留学生であり、何より王族だ。
「はは、そんないいのに……。君達を信頼しているし」
ヨルクは笑いかける。学園の制服を来て、学生として過ごしている。それでもれっきとした王族なのだ。
「毒だって人より耐性あるのに。あはは」
「……」
「……」
王族である。ちなみに笑っているのはヨルクだけである。アマリア達は凍り付いていた。
「あらやだ。私達より早いなんて、やるじゃないっ」
ヨルク派の代表格ともいえる少女、カンナがやってきた。彼女によって、空気が元に戻った。助かった。
それからは続々と少女達が集ってくる。持参のお菓子を持って、瞳を輝かせていた。さぞ、ヨルクに食べてもらうことを楽しみにしていたのだろう。
毒見の下りは無しとして、持ち寄ったお茶菓子が並べられていく。紅茶の芳しい香りも漂う。茶葉はヨルクが提供してくれたものだ。コンシェルジェ達が折を見て注いでくれるという。
「わあぁ……。美味しそうなお菓子がたくさーん……」
人一倍、瞳を煌めかせているのはエリカだった。今にも涎をたらしそうでもあった。
「アマリア様のはどちらへ?」
着席せず、エリカはアマリアの近くまでやってきた。
「私の?ここから離れた位置ね。焼き菓子が主で、果物がゴロゴロしている。それがわかりやすいかしら」
「わあっ!ヨルク様から分けていただいたという!ぜひとも食べたいですー」
「ええ、嬉しいわ。是非」
アマリアが用いた果物はヨルクから提供してもらった。この温室で育てているというそれは、故郷でも馴染み深いものだった。これだけ楽しみにしてもらえるなら、アマリアも嬉しいものだった。
「……私も分けていただいてます。貴女だけではありませんので」
「ええ……」
ヨルク派の一人が言い放つ。気まずい雰囲気になると思われたが。
「わあ、楽しみっ。絶対美味しいに決まってますもん。ぜひとも味わせてくださいね!」
「それは、構いませんが……。調子狂います……」
何てことなく。エリカが朗らかに振る舞うことにより、杞憂となった。
「もう、エリカ。一旦座りなさいよ」
「えへへ、ごめんなさーい」
満面の笑みを浮かべながら、エリカは促されるまま着席した。
―うららかな昼下がりのお茶会が今、始まる。
互いのお茶菓子に舌鼓を打ちつつ、会話に花を咲かせていく。特に、いつものお茶会にいない面子がいることは新鮮のようだ。あれこれ質問をされることとなった。楽しい時間は過ぎていく。
「ああー、美味しいですねぇ。幸せですぅ」
エリカは嗜みの範囲内で、菓子を味わっていた。彼女は弁えてはいた。今ここは、お茶会の最中。それも令嬢達の中でのでもある。
本音はいくらでも食べられるし、もっと食らいつきたいくらい。それでも人の目があるので、あくまで常識の範囲内で。
「ああ、本当に美味しい……」
実に幸せそうに。噛み締めるかのように。
「……っと」
次に手にとったクッキー。口に含むとすぐに咀嚼はしない。
「……」
エリカは口元に手をあてて、何かを考え込んでいるようだ。いや、考えているというよりは。
「あ……」
何かを懐かしむような、思いに浸っているかのようだ。
「―ね?美味しいね、そちらのクッキーも。わたし、クルミとナツメヤシの食感も好き」
「……え。は、はいっ。美味しいですよね!」
フィリーナに笑いかけられ、慌ててエリカは返事した。にこやかなこの令嬢だけではない。他の面々からも視線が集まっていた。
「あ……。わ、私すみません!抑えていたつもりでしたが」
エリカは顔を真っ赤にする。彼女なりに抑えていたつもりでも、周りからしたらかなりの勢いで食していたと思われていたのか。そう考えると、彼女の顔はますます真っ赤になってしまう。
「なによっ。いつものことじゃない。いいじゃない、好きに食べれば」
「ふふ、そうねぇ。楽しそうに食べてくれた方が、こちらも気分が良いもの」
カンナが気にすることないと告げてきた。他の乙女達も賛同する。
「は、はい。ありがとうございます……」
エリカはほっとした。そして、噛み締めるかのように言う。
「皆さんは本当に素敵です。美しくて、優しくて。―前よりもっと」
「……」
アマリアもそう思っていた。エリカみたく美味しい美味しいと食べてくれた方が嬉しいと。そんな彼女を温かく見守ってくれる彼女達。雰囲気は柔らかいものだった。
「えへへ、すみません!しんみりしちゃいました。あ、こちらもいただきますね」
それからエリカは元のペースに戻って、あれこれお茶菓子を口にしていく。
「なによ、もうっ」
「えへへ。うん、美味しいですぅ」
一瞬、いつもと雰囲気が違えて思えた。だが、食欲旺盛なカンナは普段の姿であった。それからは何事もなかったかのように、また会話が盛り上がっていく。
近づいてきた学期末試験に杞憂したり。
最近効果があった美容法の話をしたり。
新月寮のことを訊かれたり。特にフィリーナの入寮には、皆驚いていたようだ。それはもう気になっていたことだろう。
最後の方だと、誰のお茶菓子が一番美味しかったか。それをヨルクにそれとなく迫ったり。ヨルクは上手く濁してはいた。
あっという間にお茶会はお開きとなった。
ヨルクも、ヨルク派の少女達も帰り支度を始めていた。コンシェルジェ達が後片付けをしている。支度を終え、温室の入り口まで彼らはやってきた。
「……」
アマリアは落ち着かなかった。片付けのお礼は告げた。だが、いつもだったら自ら
やる作業を人にやってもらっているのだ。そわそわしながらも見守っている。
「わたしたちも帰ろう、アマリア」
「え、ええ」
フィリーナに声を掛けられたので、再度お礼を告げて帰ることにしたようだ。
「アマリア様、フィリーナ様」
「あら、エリカ様」
「さっきお姉様達もおっしゃっていた通り、またいらしてくださいね。楽しみにしてますから!」
エリカは嬉しい事をいってくれる。二人はぜひ、と頷いた。
「はい!―っと、お姉様達が呼んでる。私、行きますね」
「ええ、お気をつけて。本日はお招きありがとうございました」
「はい。……やっぱり」
アマリアを見て、次に手招きをしているカンナ達を見る。エリカはそうして何かを考えていた。やっぱりそうだ、と続ける。
「……あなたが、アマリア様が転入してきてから」
「……?」
「―変わった気がします」
エリカはどこか遠くを見ているようだった。その目に映っているのは。
「エリカ様?」
アマリアは心配になった。普段は溌剌としたエリカの様子が、今はどこか違ってみえたからだ。エリカは続ける。
「もちろん、良い意味でですよ?良い意味で、です」
心から言っているようには思える。と同時に、どこか引っかかりもあるような。そう口にしながらエリカが見つめる先。
「元々素敵ではあったのですけど。なんでしょうね、―自然体になったような」
それは仲間の少女達だった。談笑している彼女達は、エリカの言う通り、自然体。柔らかい表情をすることが多くなった。
「……」
「……」
隣にいたフィリーナと顔を見合わせる。そう、二人は思い当たるところがあったからだ。
「もう、エリカ。帰るわよっ。アマリア様もフィリーナ様も本日はありがとう。またご一緒できたら」
「は、はい。お待たせしてすみません、お姉さま!それではまたー」
リーダー格の一人、カンナがやってきた。微笑んだ彼女は、エリカも連れていった。視線の先では、会釈する少女達と手を振るヨルク。
二手に分かれたあと、アマリアは振り返った。和気あいあいと帰る彼らは、確かにエリカの言う通りかもしれない。
かつての緊迫感は減った。穏やかな雰囲気のものとなった。
「うん、変わったね。……うん、わたしもそう思う」
フィリーナは感慨深そうに言った。
「そうね、穏やかに過ごせるなら良い事ね」
かつてのヨルク派の乙女達を思い返す。ヨルクに選ばれたとされる彼女達は、気負っていた。側にいようとしていた努力や実力は認められていたものの、選民意識もあったのだろう。高圧的な態度や他者による牽制は、周囲からも良くは思われていなかった。
それが、今となっては変わった。いや、本来の彼女達に戻ったともいえた。
「うん。『あちら』でのことがあったから。そう思う」
「あちら……」
フィリーナが指す場所、すぐさま見当がついてしまった。アマリアはだからこそ険しい表情となる。
そこはアマリアにとって因縁の場所でもあったから。