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出発前のひととき②

 これだけ話をしていてもだった。エディは眠ったままだ。元々、レオンはもしかしたら参加できないかも、とは伝えてはいる。ゆっくりする、そんな休日も悪くないとレオンは開き直っている。

「まあ、二人はお茶会楽しんできてよ」

「ええ、ありがとう。……ええ」

 レオンはこのままお留守番コースだろう。かといって、レオンをお茶会に招くかというとそれも難しい話だった。

 せめてもの。アマリアとフィリーナは目を合わせると互いに頷く。

「こちら。本当に小さめなのだけれど、二人で召し上がって欲しいの」

「わたしたちでこっそり用意しました」

 言葉通り、小さめの包みの中にあるもの。それは小型のカップケーキだった。彼女達の共同作業によるものである。今の二人が用意できる、精一杯のものだった。

「まじで?いいの?大丈夫?」

 レオンもそれとなく事情を察している。

「ええ、大丈夫だと思うわ。……そ、そうよ。試作品なの。試作品」

「味見、という体でお願いします。エディにもそう伝えておいて」

 目を泳がせながら、二人はレオンにそう伝えた。レオンは押されつつも、しっかりと受け取った。

「うん、まあ、あれだ。ありがと、二人とも。……大変だったもんね」

「……ええ。本音を言えばね、もっと沢山作れたらと思うわ。贅沢とはわかっているけれど」

 レオンもそうだが、エディもそうだ。お世話になっている寮生達もそう。自分達が作ったお菓子をもっとふるまえたらと。アマリアはそう考えていた。フィリーナもきっとそうだろう。

 これもまた、難しい話だった。今回の材料は善意でもらったものもあれば、『代償』を支払ったものもある。好きなだけというわけにはいかなかったのだ。

 この学園はいたってそうだ。制限下のなか、日々を過ごしていかなくてはならない。

「たくさん、ね。ぜいたく、ねぇ」

 レオンは思わせぶりな言い方をしてくる。けれども、彼はもったいつけるだけつけて、今のなしと言ってきた。まだタイミングではないとも言う。

「すうすう……」

「うん、起きないね!ほーら、焼き立てだー。アマリア先輩とフィーの手作りなんだけどなー?起きろー、起きるんだー」

 あくまでエディは起きない。レオンは何気なくもらいたての焼き菓子をエディの顔に近づける。

「ん……?」

「え、まじで?これで目、覚めちゃう?」

「んん……」

 エディは身をよじろかせた。それからゆっくりと瞳を開く。長い睫毛の下にあるのは、透き通るような緑色の瞳だった。

「まあ、エディ」

「やっと起きた、エディ」

 アマリアとフィリーナも近づいていく。

「ん……。おはよ……?あれ、なんか三人いる……?」

 エディはとことん眠そうだった。どこか遠くを見ている。

「へーえ、やっぱり起きるんだ。ねーえ、アマリア先輩?」

「な、なにがかしら」

 レオンはにやにやしている。なんとフィリーナもだ。

「またまた。エディは反応したんだねぇ。アマリアがらみだものねぇ」

「なっ」

 彼女はレオンに追従して、にやついている。アマリアはというと狼狽えていた。頬も若干ではあるが、赤くなっている。

「そ、そんな私のことで……」

 そんなわけない、とアマリアはエディの方を見る。彼はまだぼうっとしている。完全に目覚めていないようだ。そんな中、エディは口を開いた。

「……悪い、待たせた」

 喋りながらでようやくエディの意識ははっきりしてきたようだ。

「いいって。今からガチれば追いつくから」

 レオンは笑って受け入れた。だが、目だけ笑ってない。今から追いつくとなると、かなり走る必要があるからだ。

「ガチる……」

「そうそう、走るよ?寝起きだろうと関係ないんで。はい、嫌な顔しない」

「……まあ、これ以上待たせたくないし」

 話は決まったようで、防寒具を着込んだ二人組は揃って立ち上がった。ふと、エディはアマリア達に視線を向ける。

「……先輩にフィリーナ?用事は?」

「そろそろ出かけるつもり。丁度良い頃合いだから」

 フィリーナが答えた。エディも頷く。

「菓子もありがとう。それじゃ、悪いけど。……急ぐぞ、レオン」

「いやいや、エディ君待ちだったんすけどね。まあ、やっと起きたからヨシ!」

 慌ただしく二人は去ろうとしている。重装備で全力疾走するのは容易ではない。

「お二人とも、気を付けてね?ほら、道中滑るでしょう?危ないと思うのよ。急ぐ気持ちもわかるけれど、安全第一よ。やっぱり大事なのは怪我をしないことよ?」

 アマリアは心配するあまり、話しかけずにはいられなかった。急ぐ二人相手だからこそ、手短に。そう、彼女なりに手短にしたつもりだった。

「はいはーい。じゃあ、そういうことでっ」

「……レオ君」

 返事だけは良いレオン。適当に流されたようだ。

「はい」

「……エディ」

 エディもだけ返事はしてくれるも、最低限の返事だ。エディもか。エディまでも流そうとしているのかと、アマリアは青筋が浮かびかけた。察したのか、去ろうとしていたエディが振り返った。

「……先輩、心配してくれてる気持ちは伝わっているから」

「ええ、まあ、私も長く呼び止めてしまったわね」

「それはそう」

「……」

 正直な返答だ。アマリアはモヤモヤとした。何はともあれ、これ以上彼らを引き止めるわけにもいかない。そうして見送ろうとしていたのに、エディの方が何か気になっているようだ。

「……先輩」

「なにかしら?」

「茶会、やっぱり行くんだ」

「ええ……?」

「……そうか。それじゃ」

 気になる態度だけ残して、エディはそれ以上言及することもなかった。

「まあ、エディ君起きたわけだし。今から合流するわ。お互い休み楽しも―」

 深刻そうなエディに対して、レオンはあまりにも軽かった。

「それじゃっ。―つか、エディくーん?ちょ、速っ!速いってー」

 いつの間にか先行していたエディを追いかけ、レオンの声が遠ざかっていく。先行くエディを追いかけていった。なぜか彼らが走って行ったのは裏口の方だった。玄関口ではない。レオンは追いかけながら、突っ込んでいたことだろう。アマリア達にとっては謎を残されたままだった。

「嵐のように去っていった」

 フィリーナが情景を語る。アマリアも確かに、と頷いた。だが、本当の嵐がやってくること、近づいてきていたことを知る事になる。今、この時をもって。

「―あれ?エディ君やレオン君、いたと思ったんだけど?声、したような」

「そのお声は!」

 アマリアは即座に反応する。その声の持ち主は、アマリアが日々敬愛している人物だったからだ。

「ごきげんよう、クロエ様」

 フィリーナは立ち上がって来訪者に声掛けた。制服の裾をつまんでご挨拶をした。怪訝そうにしていた少女の顔は一気に華やいだ。

「ああっ、フィリーナさんだっ!朝から可愛いなぁぁぁ」

 彼女がクロエ・リゲル。愛らしい風貌からは思えないほど、寮生から恐れられている女生徒である。いや、真っ当に過ごしている分には、優しい先輩なのだ。アマリアにとってもそうだ。誰がクロエを鬼のようだと例えているのかと、アマリアは憤慨していた。

「ああー……、憂鬱な朝も吹き飛ぶぅ……。いつもの制服姿も可愛いぃ……」

 威厳あると伝わりし寮長は、フィリーナの周りをウロウロしていた。デレデレしきってもいた。

「クロエ様……」

 日頃もてはやされているフィリーナは慣れてはいる。とはいえ、反応に困るには困る、そんなクロエの奇行だった。

「制服姿も―。……なんだぁ、制服だぁ。もう、アマリアさんまで制服じゃない」

「は、はいっ。私も制服です。おはようございます、クロエ先輩」

「おはよ。そうだね、制服だね。……はあ、休日なのにねー」

 アマリアの事も一応は視認していたようだ。互いに朝の挨拶を済ます。クロエはすっかり落ち着いたようだ。何だったのだ。

「―で。エディ君とレオン君なんだけど。さっきまでいたよね?声、聞き間違えるはずないし」

「!」

 アマリアは強く反応してしまう。そう、クロエが恍惚の眼差しを向けるのはフィリーナだけではない。フィリーナ相手だと、見た目がストライクだからこうも興奮しているのだろう。さらに、フィリーナのやることなすことにもときめいているようだ。

 エディ相手ならどうだったか。アマリアは思い返す。

 確かにエディの風貌もクロエにとっては堪らないものなのだろう。だが、それだけではない。それだけではないのだ、とアマリアの直感は告げていた。

―決して軽い思いではないような。

「……」

 アマリアはここまで、と思考を止めた。エディとクロエ。同郷の二人に、つり合いがとれているお似合いの二人。いつもながら、気にせずにはいられず。そんな自分を咎める。いつものこと。

 婚約者がいる自分が何を気にするというのか。―アマリアのいつもの堂々巡りだった。毎度毎度と、アマリアは自分に嫌気がさしていた。

「―ええ、先程まで二人がいたのは確かです。けれども出かけました」

 エディとレオンがいたのは明白だ。けれどアマリアは決して山に行ったことは言わない。

「二人でお散歩だと思う」

 フィリーナもそうだ。あの二人の重装備を見られたわけではない、誤魔化せるまで誤魔化しきることにしたようだ。

「へえー……」

 クロエはまじまじとアマリア達を見るも。

「ま、頼りになる先輩達がついてるなら。……かな?」

 あっさりと引き下がったのかと思いきや、そこは違った。誘導尋問をかけてきた。

「ええ―。……いいえ!?ふ、二人で仲良く親密にお出かけしたかと?」

 アマリアは肯定しかけるも、笑ってしらを切った。ごのまま先輩達と出かけたことを肯定してしまったら、ずるずると山へ行ったことも引き出されかねない。

「うう……」

 人に嘘をつくのは心が痛む。アマリアは特にそういう所があった。ましてや相手は尊敬する相手でもあった。それでも嘘をつくしかない状況ではあった。

「へー?すっかりあの二人は仲良しだね」

「ええ、喜ばしいことです」

 クロエは笑顔のままだ。どこまでどう思っているのか計り知れない。アマリアはただ頷く。

「―さて、アマリアさんもフィリーナさんもお出かけかな?行ってらっしゃい」

 クロエは体を伸ばすと、自室に戻ろうとしていた。

「クロエ様、お仕事?」

 フィリーナが尋ねると、クロエはうんうんと頷いた。

「そう。そうなのー。午前中までにね?嫌味ーなとこに返事しないといけないのー。でも、量はそうでもないから。……だからね、『帰ってきてからで恐縮でございますが、必ずやお力に!』は、無くて大丈夫」

「はっ!」

 アマリアがこれから言おうとしていたことを、一言一句違わずに言われてしまった。

「基本、お仕事は自分でやらないと、だし。私もまだまだだから。もっと頑張らないと」

 クロエは奮起していた。彼女にとって学園の休日だろうと関係ない。むしろ、学業が休みだからこそ、より仕事に精出せると来たものだ。

「……クロエ先輩。やはり、帰寮後にはなってしまいます。ですが、雑用なりなんなりと。ご遠慮などなさらないでくださいね」

 アマリアにとってクロエは、素敵過ぎる先輩である。十分に頑張っているとも、なにが『まだまだ』なのかとも思えていた。それでも、クロエが頑張りたいというのなら、微力ながらも力になりたいと考えていた。

「……。いつもありがと。それじゃね」

 微笑んだクロエは、今度こそ自身の部屋と歩いていった。間はあったものの、社交辞令と思われ、社交辞令でそのまま返されたのかもしれない。アマリアは肩を落とした。また、力になれそうにないのだと。

「……クロエ様、お疲れだね」

 フィリーナがぽつりと言う。いつもは精力的に動いているクロエだが、どことなく疲労感がみてとれた。

「ええ、そうね……。せめて労いが出来ればいいわね」

「うん。考えておくね」

 そうこうしている内に、出かける時間となった。 

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