プロローグ⑨愛の妄執者の公演を終えて
この世界の中枢にあるのは大樹だった。大樹がもたらす恩恵により、世界には安寧をもたらされ、繁栄を極めていた。大樹を要する国に隣接するのが、新生した国『ノーヴァ』。
その国の南方に、寂びれた港町がある。軟弱な子爵が治めている。子爵の息女、アマリア・グラナト・ペタイゴイツァはそこで生まれ育った。農業に家業にと日々を忙しく過ごしていた。
アマリアには婚約者がいた。だが、その彼が通う学園にて消息を絶ったという。ただ連絡が途絶えただけではない。―彼の存在自体が消失しつつあったという。婚約者を追って、アマリアは学園への編入を果たす。
あたたかな故郷から離れ、北端にある寒冷地へと旅立つ。辿り着いたのは名門校と謳われている『プレヤーデン』学園。一方、事情がある生徒を受け入れ先ともいわれていた。訳有りの子息や息女、それこそ隕石症を患っている青少年もだ。
編入したアマリアは、多くの価値観を目の当たりにしつつも、不思議な現象に出くわすことになる。眠りに落ちると訪れられる場所。―『劇場街』。劇場が連なる街である。
公演内容は、学園の生徒にまつわるものだ。そして、悪意に満ちたものだった。学園にそぐわぬ生徒を見せしめ、公開処刑にして断罪するといったものだった。それを超展開で執行するのが、学園の支配者と名乗る少年だった。
アマリアは成長した婚約者の姿を目にする。物語の体をなした上で、観客である生徒達を納得させられなければならない。もし、支配者による結末を迎えてしまったなら。学園が望まない生徒として、処罰されてしまう。そうして、存在が消滅してしまうのだ。
アマリアは婚約者を救う為にと奮起する。だが、迎えた結末は支配者による超解決。―すなわち、アマリアの敗北だった。だが、アマリアは諦めてはいなかった。彼女は生来諦めが悪かったという事もある。それだけではなかった。
自身の生い立ちや学園での振る舞いにより、周囲から孤立しつつあったアマリア。舞台においても、実に滑稽だっただろう。それを笑う事もなく、彼女と向き合ってくれた存在がいた。
緑色の目が特徴的な異国の少年だった。アマリアが立ち直れたのも、彼の存在があったからだ。
処罰の対象になった生徒がまた現れた時もそうだった。アマリアは迷い惑う。自身や大事な人達を悩ませ苦しませてきた。そのような生徒だからだ。対象の生徒に負の感情を抱きつつも、彼は何を思っての行動だったのか。それを知る為に。―アマリアは舞台に臨む事にした。
物語を通じて。彼が育んできた歪で、それでいて一途な想いを知ることになる。彼の物語は、アマリアが思い描く結末を迎えることができた。
アマリアの中に渦巻いていたのは、姉への嫉妬。素晴らしい姉であればあるほど、それは深く根付いてきたものだった。奇しくも今回の事で、姉の存在をより大きく感じてしまうことになる。だとしても。
アマリアはこの学園に来て心境の変化があったのだ。夜な夜な舞台に立ち続ける事もそう。そして、学園での出逢いが彼女に多くのものをもたらしてくれた。
弱い自分。醜い自分。さらけ出したアマリアを仲間達は受け入れてくれた。
姉への羨望は簡単に消えることはないだろうが、アマリアは前を向くことが出来たのだ。自分らしくやっていこうと―。
まるで劇のようだ。人の生は時に残酷で滑稽で、それでいて心を打つものもある。
この物語は、いわば劇のようなものだろう。それらの劇を通して、少女は人々の心に触れていく。
そうして辿り着く先には、きっと『彼』がいる。
少女にとってかけがえのない『彼』を取り戻していく。それがこの物語である。