突然すぎる加入、嵐の予感
「さあ、ここだよ」
ノアの誘導のままに、入り組んだ道を歩いてきた。進めば進むほど、劇場街の喧噪から離れていき、うら汚れた道となっていく。自力で歩いた末、彼らは目的地まで到着した。
「こちらは……?」
アマリアは声に出してしまう。この建物もまた、誰かの劇場なのだろう。にしては、何とも形容し難い劇場だった。―端的に言うならばボロ小屋。ちぐはぐな木の板でつなぎ合わされており、申し訳程度の藁が屋根部分に被さっていた。
「ああ、ボクの劇場さ」
ノアはさらりと言った。学園の麗人、いかにも良家のお嬢様といった風貌の人物の劇場であるという。
「ノア様の!?……いえ、失礼。驚きすぎたわ」
アマリアは驚愕した。エディでさえ目を見開いているので、さぞかし驚いていたのだろう。
「ほら、キミの劇場だと内部に入れないだろう?ああ、ゆっくりと歩いておくれよ?床が抜け落ちたりするから」
「ええ、わかったわ……」
今にも崩れ落ちそうなズタボロな小屋、それがノアの劇場だという。立て看板は休演中。
「先輩」
「ええ、今行くわ」
ノアはすたすたと歩いていってる。置いてかれそうだったので、待っていてくれたエディと共についていく。
建物内も例にもれず、ボロついていた。舞台の近くでノアが待機していた。
「ああ、すまない。置いてしまっていたね」
「いえ、ごめんなさい。こちらが待たせてしまったわ。エディも巻き添えを」
「いや、シャルロワ氏は役得だろう。……ああ、怖い怖い」
ちらりと視線を寄越すエディに対し、ノアはわざとらしく怖がる。
「……はあ。で、ここ?」
「そう、キミたちの方がよくご存知だろう?」
見かねたエディが話を戻す。ノアが指すのはある通路口のことだ。そこは、アマリア達が舞台に乱入する際に、使用している通路である。あの支配者の目も掻い潜ることが出来るという。ノアが手招きするので、アマリア達も続く。
「まあ……」
いつもは急いで走っているので、ゆっくりと内部を見ていることはなかった。それぞれの扉には、『道具倉庫』、『衣裳部屋』、『楽屋』など。掠れがかった文字の札が掛けられていた。
「ここ。うん、ボクだと開かないね」
ノアがある部屋の前で立ち止まる。扉のドアノブを回すも開くことがない。
「でも、シャルロワ氏?キミならいけるんだろう?」
「……」
エディは無言で部屋の前に立つ。逡巡しているようだが、そっと扉に触れた。
「まあ。……なんでかわかんないけど」
「なんと!」
扉にあった札は『舞台操作室』。その扉がエディの手によって消滅した。
「大丈夫、先輩。また元に戻るから」
「え、ええ……。安心ね?」
そうだがそうではない。アマリアは複雑な思いを抱えながらも、足を踏み込んでいった。
奥の壁には、舞台の様子を映し出す枠のようなもの。そして、辺り一面にはボタンやらスイッチならが乱立している。加えては見慣れない言語も記されている。
「ここで舞台の演出いじっていた。―それが、俺に出来ること」
エディはずっと模索していたのだ。舞台に拒まれる彼が、自分に出来る事はないのかと必死に考え、そして辿り着いたのだ。
「ありがとう、エディ……」
アマリアは尊敬せずにはいられなかった。フェルスの公演を乗り切れたのは、エディの力もあったのだ。感謝の眼差しを向けていた。
「……今、解読中。次こそはもっとうまくやるから」
いたたまれなくなったのか、エディは弁明する。
「ああ……」
「ああ、って」
アマリアは思い当たってしまった。先日の公演における演出についてだ。エディにも指摘される。
「いいえ!ともかく、すごい事だと思うのよ。嬉しいわ、エディ!」
アマリアは興奮しながら伝える。
「あなたと舞台の上で。共にいられるんだわ!」
「……先輩」
「っと、興奮しすぎね。これからもよろしくお願いね」
「……うん」
エディは、はにかんだ。アマリアの心臓はとくんと高鳴る。
「……で、ノア先輩の話って結局何?ここまで連れてきて」
エディは照れくさくなったのか、話の矛先を変える。
「キミたちを連れてきたのはね、仕組みを知りたかったからさ」
「は……?」
「好奇心の赴くままにってね。いやあ、興味深い」
ノアは好奇心のまま、部屋を見渡している。エディは脱力した。そのような理由で連れてこられたのかと。
「そ、そうね。私も良い機会だったと思うわ。私の話もこの件でもあったから」
「ほら、アマリア君も知れただろう?良かったじゃないか」
しれっと言うノアに、エディはため息をついた。
「―じゃあ、他に気になることはある?この際、一気に解説済ませる」
「おやおや、シャルロワ氏。ボクの気になることはやっぱりね?」
「……はあ、『アマリア君』とか言うんだろ」
どうせ、とエディはさらに深い溜息をついた。ノアは素晴らしいと拍手をしていた。
「ちょっとエディ。いえ、ノア様も!ノア様のいつもの冗談でしょうし、それに私に限らずだと思うのよ!」
「おお、アマリア君。キミこそ正解だよ!」
ノアはさらに強く手を叩く。ひとしきり拍手を終えると、ノアは微笑んだ。
「アマリア君もそうだけど。―ボクはね、キミ達に興味が沸いたんだ」
「……何それ」
「そんな警戒心の塊のシャルロワ氏も!フィリーナ嬢も、シュルツ氏もそうさ!……君達の舞台を観て、ボクは考えさせられたのさ」
ノアはくるりと一回転する。制服のスカートがふわりと踊った。そして両手を広げる。
「キミ達がボクの心を揺さぶってくれたのさ!そして、ボクは決意した。―ボクも舞台に加わりたいとね!」
「なんと!?」
「……まじで?」
アマリアとエディに衝撃が走る。ノアの語尾がエコーしている、そんな錯覚に陥っていた。
「なんとも驚きだろうし、マジもマジさ。ボクはきっと舞台の上でお役に立てる。悪い話ではないはずだよ」
ノアは目を輝かせながら、二人に近づいていく。アマリアもエディも圧倒されていた。アマリアは呼吸を落ち着かせると、ノアに話しかける。
「……ええと、そうね?ノア様なら舞台映えもするでしょうし、優雅でもあるわ。それでもね?」
何も好き好んで参加することもない。アマリアは思っていた。単なる好奇心だけで加わるのは勧めたくないのだ。
「おや、アマリア君。キミが気乗りしないのは承知の上さ。ボクを思ってのことだろうからね」
「……ええ、まあ、そうね。それで納得してくださるなら、それでいいわ」
「おやおやアマリア君!」
「!?」
アマリアは両肩を掴まれる。さらに近づいたノアは耳元で囁く。
「……僕には僕の目的があるんだ」
「……ノア様?」
「心配しなくていい。僕にも利があるってことさ。それに約束するよ。―君達の邪魔立てはしないとね」
それだけ言い残すと、ノアは体を離した。エディの怪訝そうな視線にも、ウインクで返す。エディは胡散臭さしかない、と不機嫌そうだ。
「……普通の舞台じゃないことは、わかってると思うけど。あんたの上品な振る舞いも通用はすると思う。でも、そのポジションはすでに埋まってる」
「ええ、そうよね。多いに越したことはないけれど。それでもこちらにはすでにフィーという可憐なヒロインがいるのよ!」
「まあ、そういうこと。フィリーナがいることもあるけど。……それだけじゃない、他に何か突出したものがあった方がいい。そう思う」
こちらには令嬢の中の令嬢がいる。ポジション被りだ。
「おやおや、アマリア君。やっぱり乗り気ではないのかい?」
「ええ、そうよ。エディの発言にも便乗するまでよ!」
「やれやれだね……。そして、シャルロワ氏の発言、ね」
「うん。いくら上品に振る舞えても、結局は観客の反応次第だから。そういうの求められてないってなると。フィリーナには歌があるからいいけど」
エディは現実的に指摘する。そうよ!と便乗し続けるアマリアはさておいて、ノアは考える。その答えを出すのは容易だったようだ。さして時間はかからなかった。ノアはにんまりと笑う。
「!?」
アマリアは悪寒がした。嫌な予感もしたのだ。
「ノア様……?」
「ふふふ。ボクに突出したものかい?御覧にみせましょうか?」
「い、いえ、ノア様?私、何だか―」
「ふふふ、さて。『おや、学生さん?風邪でも引いたんですかー?せんぱーい!ほら、あれですよ!あの時先輩のコート拒否ったからですよねー?』」
なんてね、とノアはいたずらっ子のように笑った。
「な、ななななななな」
アマリアはわなわなと体を震わせたままだ。蘇る、蘇る。アマリアの中で思い出とともに様々な感情がこみ上げてくる。入学初日で持ち物検査と称して、家族からの品を没収されたこと。それから、月初の市で不審者を追いかけた際に合流したのは。
「……こんなとこかな。すまないね、アマリア君。ご家族からの贈り物は、どうしても規則上厳しくてね」
「いえ、深いご事情もあるのでしょうから。……って、そうじゃないのよ!」
―門番兵だった。その一人が今、夢である劇場街にいるのだ。
「ああ、ボクはれっきとした学生さ。あちらが仮初というべきかな。……本物の彼女、門番兵のご婦人はそうだね。心配しなくていい。承知済みさ」
「なんということ……」
これもまた、事情があって門番兵に化けていたようだ。悩ましいアマリアに対してもノアは平然としていた。
「見事なものだろう?」
しかも得意そうにしている。アマリアはさらに頭を抱える。
「……確かに。文句のつけようがない」
「エディ!?」
変装の見事さにエディの心はすっかり傾いていた。
「な、なんということなの……」
「これからもよろしくね?まあ、ボクはボクで自由にやらせてもらうけど」
「なんと!」
突然だった。突如、ノアが加わることになった。アマリアはまたしても予感する。日常も、そして夢の中でも。さらにノアに振り回されることになるのだと。
今回もお読みくださりありがとうございました!
一区切りとなります。